ご注文は俺ですか?俺は【番外編】ではサブキャラです!
鳥埜ひな(とりひな)
あの人は今〜サブキャラ番外編〜
ラブストーリーは突然に〜栗りん、本気の恋〜【本編20話のその後のお話】
(あ~、もう最悪。全部アイツのせいよ!)
『栗りん』こと栗林ナツは憤っていた。アイツとは、立花陽葵のことだ。
栗林は先日まで陽葵のことが好きだった。陽葵は栗林の同期生の中で一番顔面偏差値が高い。それは栗林以外の人間も認めている事実である。一つ上に王子様と呼ばれる美男子がいるが、彼よりも陽葵のほうがずっとずっと栗林の好みだった。
入学式で陽葵を初めて見かけたとき『理想の顔面!!』とは思ったが、ミーハー的な気持ちでしかなかった。
栗林は昔から男子にモテるので彼氏が途切れたことはない。同級生でも年下でも年上でも、甘えて上目遣いとボディタッチをすればイチコロだ。
容姿に恵まれ、幼少より蝶よ花よと褒めそやされて育ったので自分は可愛いから尽くされて当たり前だと思っている。そして美形以外は格下だとも。そうは思っていても表には出さないけれど。ただでさえ美少女は標的にされやすいのだ、表面上はうまく立ち回っておかねばならない。
その甲斐あってか、都合のいい女友達とうまくやってこれた。下に見ている相手でも適当におだてて気持ちよくさせ、自分を少しばかり卑下して見せれば、最初は反感を持たれていたとしてもそのうち収まった。
一定数の騙されてくれない人間、栗林の本性に気付いた人間もいるが、そこは放置だ。もしその層の人間が栗林を非難することがあっても、日頃の苦労の成果でオトモダチや彼氏が『くりりんがそんなことするはず、言うはずない!』とかばってくれるから問題ない。
そんな感じで栗林は男にちやほやされ、女子も騙せて充実女子大生ライフを送っていた。
たまに見かける陽葵は目の保養として眺めているだけだった。教室にいる時や実験の時の陽葵は不愛想と言うか、あまり表情が変わらない。決まった友人と話すか、連絡事項がある相手と話すだけだ。友人相手の時は口数も多く表情が少しだけ豊かになるが、それでもあまり表情を変えるところを見かけない。カッコいいのにもったいない、そんな感想を持ちつつ眺める日々だった。それがある日を境に変わった。
その日、栗林は友人たちとカラオケ向かっていた。その途中で街中を歩いていると聞き覚えのある声がした。聞き覚えはあるけれど、声音や口調が普段と全く違う。振り返ると目の保養にしている陽葵の姿があった。
「次あのカフェ行こ、ひいちゃん先輩!」
「え、もう俺腹いっぱいなんだけど」
「絶品自家焙煎コーヒーだって」
「よし、行くぞハル」
「わーい」
(うわ。あんな顔、出来るんだ……)
一瞬目を疑った。本当に同一人物なのかと言うくらい明るい口調と笑顔。彼の友人相手でもあんな姿滅多に見られない。と言うか、見たことはなかった。
(かわいいな、私の前でもこんな顔させたいな)
だから手に入れよう、と。
いくら不愛想系男子だとしても陽葵も男。今までの男ように簡単に落とせると栗林は楽観的に考えていたのだが、陽葵は手ごわかった。実験中に好意ある目線を送ってもスルー、講義で隣の席をキープして話しかけても事務的な対応が返ってくるばかり。それでもことあるごとにアピールしたので、陽葵もきっと意識しているはず。彼氏とも別れた。そろそろ頃合いだ。今までの経験を活かしありとあらゆるテクニックを使えば陽葵もいい加減落ちるはず。しかし、あっさり振られてしまった。ひどい振られ方だった。
しかもギャラリーがいる中ゆるふわ女子の仮面は剥がされてしまい、性格ブスだと噂が広がり、ちやほやしてきていた男子から距離を置かれるようになった。ヤリモクは除く。女友達は一応一緒にいてくれるけれど、今までより棘があるような気がするし、よそよそしくもなった。
(惨めだ)
昼休みに一人、中庭のベンチにペットボトルのミルクティーを手にポツンと座る。
今まで栗林の周りにはたくさん人がいた。見下してた相手、いいように使っていた相手だったけれど離れていくと寂しい。ヒソヒソ言われるのも嫌だ。だって今までこんな仕打ちを受けたことがない。調子に乗っていたことは認める。けれど、人を馬鹿にはしてもそれを口に出したことも態度に出したこともないし、別に人を傷つけたわけじゃない。少し……いや、まあまあ……だいぶ猫を被っていただけだ。反感を持たれていた女子達にだって栗林が何かをしたわけではなく、ただその女子達の好きな人が栗林に懸想してきたから相手しただけで。その子が懸想男を好きだなんて知るはずもないし、もしその子が懸想男の彼女だったとしても栗林は知らなかったのだ。引っかかる方が悪いのだ、自分は悪くない……きっと、そんなには。だからこんな寂しくて惨めな気持ちにさせられるのはおかしい。悔しい。何故自分がこんな目に。
「うう~~~っ!」
うつむいた栗林の目からぽろぽろと涙がこぼれる。そんな栗林に送られるのは好奇の視線、蔑みの視線、憐れみの視線だ。惨めで、悲しい。遠巻きに送られるその視線が痛くて仕方がない。お気に入りの場所ではあったれど、ここで泣くのは失敗だった。立ち去ろうと思った時、誰かが近づいてきた。
「……あの、アンタ……大丈夫か?」
栗林の頭上から遠慮がちな声がかかる。若い男の声だ。
「……」
栗林が答えずにいると、目の前で声の主が近づく気配がした。そして栗林の前にスッと白いタオルハンカチが出される。ふわりと柔軟剤の香りがした。顔を上げると可愛らしい顔立ちの男子学生が芝生に膝をついて栗林の様子を窺っている。その男子学生には見覚えがある気がした。思い出せないけれど。
栗林は小さく礼を言っておずおずとタオルハンカチを受け取り、涙を拭う。タオルハンカチの柔らかさと優しい香りに少しばかりホッとした。けれど。
(この人、私の噂知らないの……? それとも……)
栗林は学内でも有名な部類だ、今は特に。それも、悪い意味で。警戒心を強め、相手を観察する。だが杞憂だった。男子学生はひたすら栗林を心配気にしているだけだ。何の含みもありそうにない。
「気分悪いのか? 保健室に連れて行こうか?」
そう訊ねられ、栗林は首を横に振った。純粋に心配されていると伝わり、心の頑なさが緩む。
善意百パーセントの優しさに、再び泣きそうになった。それを見てオロオロする男子学生に素直に大丈夫だと伝える。ただ、落ち込んでいただけだとも。すると男子学生は少し考え込んでから、甘いものは好きかとか、アレルギーはないかとかドライフルーツは平気かとか、いろいろ訊いてきた。栗林が頷くと、自分の鞄から小さな包みをとりだして栗林に渡してくる。焼き菓子のようだ。
「……?」
男子学生はぽかんとして自分の顔を見つめてくる栗林に向け、にっと笑う。
「それな、スゲェ美味い。俺のお墨付き。幸せな気分になれるから、やる」
ドクン。
(あ、あれ……?)
心臓が苦しい。頬も熱くなってきた。
(え、嘘。待って。そんな馬鹿な。私が好きなのは男らしいというかかっこいい系の男の子で、この人は全然タイプじゃないのに。ちょっと優しくされただけで、こんな、こんな、まさか! い、今ツライからそんな風に感じるだけよ!そうよ!)
栗林が葛藤している間も、男子学生はまたお菓子を取り出していた。ぺりぺりと包装紙を剥いて出てきたのはチョコレートだ。スーパーで買うような大量生産品ではなく、洋菓子店のものらしい。
「ん」
男子学生がそれを食べるのかと思いきや、それは栗林の口元に差し出された。食べろということらしいので受け取って口に入れる。
「!!」
クドすぎない甘さが、口に広がる。チョコレートに軽く歯を当てると中からとろりと濃厚な舌触りのいいナッツ風味のソースが流れ出た。控えめに言って激ウマだ。栗林の目が見開き、キラキラしたものに変わる。
「美味い?」
そう訊かれ、栗林はコクコクと首を縦に振る。
「な? 幸せになれるだろ?」
コクコク。栗林は胡桃割り人形ならぬ、首振り人形と化した。
「さっきよりは元気出たみたいだな、よかった」
男子学生から言われ、栗林はようやく自分の涙が止まっていることに気づく。下心なしの優しさがこんなに心地いいとは知らなかった。こんなに短い間なのに心が癒された気がする。
「あ、あの、ありがとうございました」
男子学生に向けぺこりと一度頭を下げ、姿勢を戻す。栗林は自然と笑顔を浮かべていた。
「あ、笑った」
「え?」
「笑ってたほうがいい」
「~~~~っ!」
男子学生に優しく微笑まれて栗林は撃沈した。もう認めざるをえない、顔が好みから外れようがなんだろうが自分はこの人に惚れてしまったのだと。
(ひえええええ! どっちかといえばかわいいっぽい顔立ちなのに中身ヤバァァァ!!! 反則ぅううう!!)
キュンキュンが止まらない。
「じゃ、俺はこれで」
男子生徒が膝を払いながら立ち上がる。身長は思っていたよりは高そうだ。
「あ、あのっ! ハ、ハンカチ!!」
「新しいし、やるよ。じゃあ」
男子生徒が鞄を肩にかける。
(ああっ! 行ってしまう!!)
「ままま待ってください!」
栗林は焦って慌てて引き留めた。
「ん?」
心の恩人を引き留めてはみたものの、どうしたらいいか分からない。栗林の頭の中はプチパニック状態を起こしていた。
「えっと、あの」
ゴニョゴニョと半泣きで口籠ってしまう。
「どうした? 大丈夫か?」
心の恩人をまたしても心配させてしまったと申し訳なく思うと同時に、その優しさに感動する。だが、感動している場合ではない。
(ウワァーン! どうしたらいい!? この人にまた会いたいよーっ! もっと話したいよーっ! でもこのままじゃ……あ! そうだ、名前っ!)
「わ、私、栗林ナツです! 一回生です! お、お礼がしたいので、お名前と学年を教えてもらえませんか」
「え? 礼を言われることもされることもしてないけど……」
ポリ、と男子生徒は困ったように頬を掻いた。男子学生に声をかけてもらって、お菓子をもらって、やさしく微笑んでもらったことでどれだけ栗林の心が癒されたか、全く理解していないようだ。
「あの、だ、だめ、ですか……」
栗林が肩を落としながら消え入るような声で言う。
「……柏木だよ、柏木柊夜。二回生。お礼は気にしなくていいよ、栗林さん」
何でそんなに不安そうなの、と笑いながら名前を教えてくれた。
「柏木、先輩……」
「うん」
「柏木先輩」
「うん。じゃあ俺行くから」
くすりと笑い、今度こそ男子学生が踵を返す。
「あ……。ほ、本当にありがとうございましたっ!!」
栗林が勢いよく叫べば、振り返って小さく手を振り男子学生――――柏木柊夜は去っていった。
「かしわぎ、しゅうや、せんぱい……」
栗林は柊夜が立ち去った後も、遠ざかっていく背中を見えなくなるまでいつまでも見送る。
(あーーっ! 何アレ何アレ! めちゃくちゃすきぃぃぃぃ~~~!!!)
こんなに強く好きだと思ったのは初めてだった。これまではファッション感覚でしか交際したことがなかったのだ。
今度会ったら連絡先をゲットする、栗林は貰ったタオルハンカチを握りしめながら決意した。
◆
柊夜が大学の正門を出ると、門柱に寄りかかってスマホを弄りながら陽葵が待っていた。拗ねた顔をしている。
「ハル、ごめん。お待たせ」
そう声をかけると陽葵が顔を上げ嬉しそうに笑った。が、直ぐに拗ねた顔に戻る。
「もー。ひいちゃん先輩遅いー! 早く行かないと遅刻だよ」
「悪い悪い、ちょっとアクシデントがあって」
柊夜が陽葵の頭をくしゃくしゃとかき混ぜてやると、陽葵の機嫌はあっさりと直ったのかフニャフニャな笑顔になった。
「アクシデント?」
「具合悪そうな女子に声掛けてた。保健室に連れていこうと思って」
「え」
その一言に陽葵の表情が固まる。
「……女子、苦手なのに?」
「苦手でも放ってはおけないだろ、普通。だって具合悪そうなんだぞ? 女子と久しぶりにまともに話したから挙動不審だったかもしれねぇけど。あ、やばい、不安になってきた」
「ひいちゃん先輩やさしいもんねー…………はぁ、変な虫つかないといいけど」
「何か言ったか?」
ぼそりと呟かれた陽葵の言葉は柊夜には届かなかった。
「何でもなーい。早くバイトいこ。暁ちゃんたち待ってるよ」
「おー」
陽葵が促し、二人は連れ立ってブラン・ド・ノワールへと向かった。
栗林はまだ知らない。恋した相手が陽葵の先輩且つ好きな人であることを。後日柊夜を見つけて話しかけよう駆け寄って、陽葵から射殺するような勢いで睨まれるはめになることも。
陽葵はまだ知らない。願いも虚しく虫が寄ってきてしまったことを。そしてその虫がつい最近自分の周りをちょろちょろしてうざったかった女であることを。
「ひいちゃん先輩に近づくな」
「ひっ! 立花!?」
(おわり)
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