第23話 Wデート
一ヶ月ぶりにきてくれた男は、今日も私を膝抱っこしながら、酒を一本だけ飲む。
何回、こうしてただまったり過ごすだけの時間を過ごしただろうか。
男の手はただがっしりと私を抱きしめるだけで、不埒な動きをするでもなく、布団に横になることがあっても、私を軽く抱き寄せるだけ。
解せない……。
ここはいわゆる娼館。女を買う場所で、私はこの男に一晩買われている筈なのに。
夢の中の私は一ヶ月に一回まったりとした幸せを噛み締めていたけれど、日頃のモヤモヤもあるせいか、何故男が夢の中の私に手を出さないのか考え込んでしまう。
男の衣服は決して裕福な物ではない。一ヶ月の稼ぎを注ぎ込んでいるのだろう。それなのに、ただ抱きしめるだけでいいのか? と思わなくない。
どうしても男と尚武君を重ねてしまう私は、男の動向が気になってしょうがなかった。
★★★
あのカラオケから、一ヶ月たった。梅雨になり、尚武君とは少し進展があったような……なかったような。
今までわずかにあった空間がなくなり、手をつないで歩くようになった。ほんの十センチほど近くなっただけなのに、気持ちがホッコリしてついニマニマしてしまう。
それに二人っきりの時限定だけど、尚武君の言動が甘いのだ。可愛い、好きだと口にしてくれるし、たまに頬を撫でたり軽いハグもしてくれる。私を見る視線も、いつもは厳つい表情も、明らかに弛んでいる。それを見ると、尚武君の愛情を感じて安心できちゃう。
でも、未だにそこ止まりなのだ。
カラオケボックスのキス未遂事件(良い雰囲気になり、あと一歩で唇が触れる……というところで時間切れになった)以来、ハグ以上には進まない。
なぜだァァァッ!
確かにね、夢の中の男もハグ以上はしてなかった。でも、そんなとこまで似なくてもよくない?
あの男は、それなりに年齢いってるように見えたよ。尚武君もそこそこ大人びて見えるけど、そうじゃなくて本物の大人の男の人だと思うわけ。三十代くらい? 夢の中の私は私と同じくらいだし、大人のあの男が私に性的な感情がわかなくてもしょうがないかなって。でも尚武君は私と同じ十代。十代って、性に貪欲なんじゃないの? お猿さんなんじゃないの?
今日も今日とて健全なお付き合いです。
「どこに行きます? カラオケ? マック?」
今日は放課後四人でプラプラしていた。
眼の前を歩く花ちゃん花岡君は、しっかり恋人つなぎで寄り添っていて、たまに花岡君を大好きって視線で見上げている花ちゃんは凄く可愛らしい。花岡君は春休みからぐんぐん身長が伸び始め、知り合った時は美少年っぽかった見た目も、すでに少年っぽさはなく爽やかイケメン(見た目だけは)になっていた。
つまりは、誰が見てもお似合いの二人で、一見私と尚武君がお邪魔虫しているようだ。実際は私達のデートに、前の二人が乱入しているんだけどね。
「カラオケ~? うちらはいいよ。花ちゃん達だけで行ってきたら? 」
暗に、別行動がしたいと訴える。だって、四人でいると尚武君は手をつないでくれないんだもん。
「カラオケは昨日行ったしな~。映画でも行く? 僕、割引券というか株主優待券持ってる。これさ、差額出せばカップルシートにも代えれるんだよ」
花岡君が財布から優待券を出す。
「あ、今見たい映画ありますの。これ、使えますかしら? ほら、琴ちゃんも見たいって言っていたのですわ」
確かに、昼休みに花ちゃんと映画の話はした。でもあれ、アニメだよ? しかもがっつり恋愛系の。
「いやぁ、私と花ちゃんはいいけど男子にはあれはどうだろう。コテコテの恋愛アニメだよ」
「僕は大丈夫だよ。花のお勧め漫画とか借りて読んでるし。けっこう漫画のストライクゾーン広めだから」
「ウェッ……」
王道の少女漫画からTLから果てはBLまで幅広く愛読している花ちゃんなんだけど……、いったい花岡君に何読ませてるの?
尚武君に「大丈夫? 」と視線を向けると、大丈夫とうなづいてくれた。
駅三つ向こうの映画館なら、優待券が使えてしかもお目当てのアニメが見れることがわかった。
今から行くと帰りが夕飯ギリギリになる為、花ちゃんは家に帰りが遅くなることを電話し、私は母親に一応ラインで送った。
「夕飯、いつも琴音ちゃんが作ってるの? 」
私のメールを覗き見た花岡君が関心したように言った。というか、人のメール見たら駄目でしょ。
「うん、母親仕事だからね」
母親から了解のスタンプが届き、夕飯は各自すませることとメッセージが届く。
「あ、夕飯一緒できるじゃん」
だから、見たら駄目だって。
適当に買って帰るから、花岡君はお帰り下さい。
「ごめんなさい、うちは夕飯には帰らないとなんですの」
「花んちはそうだよね。しょうがないよ。尚武は? 駄目なら二人でもいいよね」
いやいやいや、何故花岡君と二人で夕飯を食べないとなんでしょうか?
困ったように尚武君を見ると、家に電話をいれて夕飯はいらないと言ってくれた。
「うちも大丈夫だ」
「おまえんち、道場の合間におばさん夕飯作るんだろ。もう作ってたんじゃないの? おばさんに悪くない? 」
「問題ない。俺の夜食になるだけだ」
「尚武君、一日何食食べるんですの?」
「あー、多分五〜六食」
この身体を維持しなきゃなんだから納得である。
とりあえず駅に向かい電車に乗ることにする。帰宅ラッシュには早い時間だから、座れないまでもパーソナルスペースは確保できるくらいには空いていた。
映画館につき、優待券を使い次の上映のチケット(ペアシートに変更して)を確保し、上映まで映画館の下の階にあるゲームセンターで時間をつぶした。
映画館に入れる時間になり、とりあえずペアシートに座る。一番後ろの席で二人がけのソファー席になっている。しかも、ソファーとソファーの間は少し高めの仕切りがあり、真横のカップルが見えなくなっていた。
これなら手つないでくれるかも。
映画が始まるまで、前屈みで花ちゃん達と話していたが、辺りが暗くなるとソファーに寄りかかってスクリーンに注目……できる訳ないじゃん。
狭い二人がけのソファーに、尚武君とくっついて(物理的な距離がどうしても近くなる)座っているんだよ。左側に、尚武君の体温を感じまくりなんですけど。
尚武君は……腕組んで座ってる。ってか、何で腕組むかな? せめて膝に手をのせるとか、ちょっとした拍子に触れやすい位置に置いてくれたていいじゃん。
私はモゾモゾしながら、いっこうに映画には集中できず、この際自分から尚武君に寄りかかってしまおうかとか、頭の中は邪念でいっぱいだった。
そんな時、明らかに映画の音声とは違う音を右耳が拾った。
クチュクチュという水音に、たまに混ざるリップ音。明らかにくぐもって抑えきれなかっただろう吐息混じりの甘い声。
エェッ?!
何してくれてるの? 公共の場ですけど。
隣とは仕切りがあるから、覗き込まない限り見えるのは太腿から下くらいで……。なんか、花ちゃんの足がクネクネ悶ているのは気のせいでしょうか?!
映画に集中したいのに、意識はどうしても右側に集中してしまい、恥ずかしさから膝の上で両手をギュッと握りこんだ。暗いからわからないだろうけど、顔が真っ赤になってると思う。映画の音量が大きいから、きっと尚武君までは聞こえていないだろうけど、尚武君に他の女の子のこんな声聞かせたくない。
隣はどんどんエスカレートして、スクリーンの爽やかな恋愛模様と反比例して卑猥な音と声しか聞こえなくて、握りしめ過ぎた手をカタカタ震わせていると、そんな私の両手を大きな手が包んだ。
「大丈夫か? 」
「あ……いや……うん」
私の様子を怪訝に思ったのか、尚武君が私の顔を覗き込んできて、たまたまその時花ちゃんの声が高めに響いた。尚武君にも聞こえたらしく、多分一瞬で状況を理解したんだろう、眉間に皺がグッと寄った。
「……ったく! 」
尚武君が右手を伸ばして仕切りをガンッと叩くと、その手を私の右耳を覆うようにして私の頭を尚武君の肩に押し付けた。
なんか、尚武君に包まれているような、そんな大勢なんですけど?!
尚武君が仕切りを叩いてくれたせいか、尚武の右手で耳をブロックされてるせいかわからないけど、映画以外の雑音は聞こえなくなった。
そしてヤバイくらい幸せなんですけど!
尚武君の体温と、尚武君の匂い。
安心する。
安心し過ぎて眠く……な……る。
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