第21話 カラオケボックス

 最近、寝る前に心臓がバクバクする。

 頻脈じゃないよ。

 今まで、お仕事してる夢は見たことないけど、もしまたあの人が来て私のお客さんになったら。現実の尚武君と私はまだ手すら繋いだことないのに、夢の中であの人と……。


 ★★★


 ブラックアウト


 ★★★


 ここ一ヶ月、夢を見ておりません。毎晩ドキドキして、朝起きたらホッとする。いつあの人がでてくるのか。まだ現実は手すら繋いでいないのに、夢の中でそれ以上のことをしてしまうのか……。いや、やっぱり初めては夢よりも現実の方が良いよね。


「琴ちゃん、テスト終わりましたわよ」


 中間テスト最終日、三時間目が終了した。つまり、中間テスト最終科目が終わり、明日から三連休。

 終礼が終われば開放的なお休みに突入する。(ちなみに月曜日の休みは国民の休日じゃなくて、うちの学校の創立記念日だ)


「和人も今日中間テスト終わりましたし、久しぶりに勉強会じゃなくてダブルデートも良いのではなくて」


 気がつくと終礼は終わっており、帰り支度を終えた花ちゃんが私の目の前に立っていた。


「いや、今日は……」


 勉強に勤しみながらも、私は尚武君との関係に悩んでいたのだ。で、考えた結果。二人っきりで会う時間が少な過ぎるせいじゃないかって思った。たまに平日にお茶とかすることもあるけれど大抵花ちゃん達カップルと四人だし、土曜日は道場で稽古の後はやはり四人で勉強会。いつも帰り道は送ってくれて、唯一二人っきりの時間だけど、尚武君は自転車を押してるから接触は皆無だ。

 日曜日は、尚武君は道場で小学生達に教えてるからほとんど会えない。別に夕方からだって、午前中ちょこっとだって、会おうって言われたら来るのにな。


「何か用事がありますの? 」

「たまには尚武君と二人で遊びたいなぁとか思ったりして」


 ?な顔をしている花ちゃんに、二人で遊んだことがないことを告げると、心底驚いた顔をされた。


「二人が付き合ったのは二月か三月でしたわよね?! 」

「二月の最後の日」

「二ヶ月半、何をしていたんですの?! 」


 何って……会話?


「特には何も。手もつないだことないし」

「小学生だってもっと色々してますわよ。それは、琴ちゃんの男性恐怖症が原因だったりしますの?」

「いや、全く。尚武君限定で、男性恐怖症発動しないし。あ、でも尚武君は気にしてくれてるのかな? だから、ある程度距離あるお付き合いをしてくれてるのかも」


 一緒に帰っている時とか、尚武君が自転車を押す大きなゴツゴツした手を見て、触りたいなぁって思うのは、やっぱり彼のことが好きだからだと思う。男らしい太い首筋とか、盛り上がる腕の筋肉とか、厚みのある胸筋、逞しい僧帽筋や広背筋も、ちょっと目に入るだけでドキドキが止まらなくなる。


 抱き締めて欲しい……なんなら抱きつきたいくらい思ってるんだけど、そういう雰囲気というか、二人っきりになれる場所にすらいたことないからね。さすがに人通りのある帰り道では無理だ。ご近所さんや小学校時代の同級生に見られるかもしれないし。


「天然……な気もしますわね。あらゆる欲求を道場で発散してしまっているのかしら。見た目はザ・男で野獣みたいなのに、実際は草食獣もびっくりな草食系男子なんて、とんだ見かけ倒しですわ。女子にも性欲はありますのに。男としてどうなんですの? ただのヘタレ? 」


 なんか、花ちゃんが深刻な表情でブツブツつぶやいている。よく聞こえないから聞き返すと、花ちゃんはフンワリお嬢様スマイルを浮かべた。


「花ちゃん? 」

「あら、失礼。ちょっと考え事が口に出てしまいましたかしら。琴ちゃん、今日は別行動にしましょう。えぇ、それが良いわ。これ、駅前のカラオケボックスの優待券ですの。二人まで二時間無料。差し上げますから、尚武君と二人でいってらして。それとこれ、お守りですわ。どうしても困った時、中を開けてみてくださいな。人前で開けては駄目ですよ。役にたつことを祈っております」


 花ちゃんは、私にカラオケボックスの優待券と、小さなお守り袋を私の手に握らせ、「健闘を祈りますわ」と、手を振りながら教室を出て行ってしまった。


 カラオケボックス……密室……二人っきり。

 手をつないで……うまくすればファーストキスなんてことも!


 想像するだけで顔がポンッと赤くなる。

 つい手をギュッと握りしめてしまい、お守り袋を握り潰してしまう。ガサッという音と、薄い軟らかい感触。役に立つ物が入ってるって、いったい?

 まだ教室にはクラスメイトが残っており、人前で開けてはいけないという言葉を思い出して、優待券と共になくさないように鞄にしまった。


「まずは尚武君を捕まえないと」


 私は尚武君にラインを送った。


 琴音:カラオケボックスのペア優待券を貰ったから行かない?


 すぐに既読がつき、OKのスタンプが返ってくる。

 私はヨッシャと拳を握り、すぐに待ち合わせ場所(駅前本屋)をラインで送信する。

 すでに本屋にいると返信があり、私は猛スピードで帰り支度を終わらせて本屋に向かった。


 本屋の雑誌売り場に大きな背中を発見し、私はその背中をトンと叩いた。


「尚武君、お待たせ。急に誘ってごめんね」

「いや、大丈夫。テスト、どうだった? 」

「うーん、まぁまぁできたかな。尚武君は? 」

「いつもと変わらない」


 文武両道を地で行く尚武君だから、今回のテストも良くできたんだろう。テストの話はそこそこに、二人並んで本屋を後にする。私と速度を合わせて歩いてくれる尚武君だから、「ちょっと待ってよ。歩くの速い~ッ」などと言って手を繋ぐこともできず、いつもの距離感で歩きカラオケボックスに到着した。


 駅前のビルの地下にあるカラオケボックスは、実は知る人ぞ知る学生のデートスポットで、お金のない彼らがラブホ代わりに使用することが多いらしかった。

 そんなこと一ミリも知らない私と尚武君は、優待券を受付に出して地下三階の一番奥の部屋を案内された。


「飲み物はフリードリンクです。階段脇にありますからご自由にどうぞ」


 店員は、ニコニコというかニヤニヤ笑いながら空のコップを二つ置き、出て行く直前に尚武君に何やら囁いていたように見えた。


「知り合い……じゃないよね? 」

「全然知らない」

「何か言われてたよね? 」

「ほどほどに……ごゆっくりだって」


 まぁ、言われなくてもマッタリするし。ほどほどにって、カラオケの歌い過ぎに注意ってこと? カラオケ屋なのに?

 わざわざ尚武君にだけ言う意味がわからず首を傾げる。


「ジュース取りに行こっか」


 尚武君がコップを二つ持って立ち上がったので、私がドアを開けて二人で廊下に出た。

 防音でも、多少は音漏れする筈の廊下は静かだった。


「平日昼間だからお客さんいないのかな」

「いや、受付で残り一部屋って言われたぞ」


 それにしては静かだなと、通りすがりにドアについた小窓を覗いてみると……。


「どうした? 」


 思わず足を止めた私に、尚武君が私の視線の先をたどり、同じように硬直する。

 多分尚武君と同じ高校の制服の男子が、うちの学校の制服を着ている女子を膝に乗せていた。横抱きにした女子にキスしながら、男子の手は女子のスカートの中をまさぐっているようで……。


「行こう! 」


 状況を理解した尚武君が、私の制服の袖を引っ張ってドリンクコーナーまで足早にきた。いつもは私の歩くペースに合わせてくれているのが、この時ばかりは私が小走りになったくらいだから、尚武君もかなり動揺したんだろう。


「び、びっくりだね」


 しかも、一部屋だけじゃなかったんだよ。こんなに乱れてたのかって、うちの学校と尚武君の学校、近所にある女子校と男子校だから、カップル率が高いのは知っていたけれど……。


 私はチラリと尚武君を観察する。

 私達は付き合っていて、でもなんの接触もなくて、ああいうのを見て、尚武君はどう思うんだろう。

 羨ましい?

 私じゃなかったら、もっと面倒じゃなかった?


 烏龍茶をグラスに入れた尚武君は、イッキにグラスをあおり飲み干してしまう。


 あ、動揺半端ないんだね。


「彼氏のいるクラスメイトが、よくカラオケデートするって聞いたことがあったけど……。ああいう用途なんだね」

「いや、俺は純粋にカラオケをやりに来ただけだから」

「わかってるよ。第一、誘ったのは私だし。私も知らなかったんだから」

「まぁ、カラオケだし、純粋に歌歌いに来たでいいんじゃないか。とにかく部屋戻るか」

「そうだね」


 尚武君は烏龍茶、私はアイスティを入れて、なるべく他の部屋を見ないようにして部屋に戻った。





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