第三章

第31話 千倍返し

 ルゥドの本社ビル。その最下層に位置する地下室には、二人の人物がいた。

 一人の男は苦しそうにあえぎ、重石のついた両手で自分の首を必死に掴む。その様子をもう一人の青年―――緘人はドラム缶の上で足を組み、退屈そうに眺めていた。


 突然、男はカプセルのようなものを吐き出した。

 呼吸を整え、はっとする。

「ここは……俺は…なにを?」

「やっと意識を取り戻したみたいだね」と緘人は冷ややかな声で云った。「君は真っ昼間から暴れ狂い、僕たちの縄張りを荒らしていたところを捕えられた」

 男は青ざめた表情で緘人を見る。


 緘人の云う通り、男の記憶の中に自分がいくつもの車を素手で破壊し、その破片を道路に投げつけ、人に命中させる遊戯ゲームのように楽しんでいる光景が微かだが、あった。

 しかしそんなことあり得る訳がない―――


「し、知らない……」

「おかげで僕等ルゥドも何人か負傷してしまったよ。思わぬ損害ともみ消しの手間に財務部も眉間にしわを寄せている」緘人は云う。「さぁ、次は僕が質問する番だ」ドラム缶から降りると、床に這いつくばった男の前まで歩いた。

「その薬をどこで手に入れた?」

 灰色の眼差しが男を見下ろした。体を貫くような冷たさを持った瞳が男を震えさせる。

「ねえ、聞いてるんだけど?」緘人が氷柱のような声で問う。

「レイン……という奴から……」

「なんか偽名っぽいね」

「ほ、本当だ!ネットの掲示板でやり取りして、そのあと直接受け取った……嘘じゃない……!だから、ゆ、許してくれ」

 必死ですがる相手を、緘人は玩具おもちゃに飽きた子供のような目で見降ろした。

「君は調べたところによると、ルゥドに反発する反対勢力の一員だそうじゃないか」

 びくっと肩を震わせる男に、緘人はしゃがみ込み、目線を合わせる。

「……ルゥドはこれでも非常に合理性を重視する組織でね――――危険分子は排除するのが掟だ」

 そしていつも通りに微笑んだ。

「ごめんね」

「た、助け……」

 窓のない地下室―――男の叫び声はただむなしく灰色の壁に響くだけだった。


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


「R、L」

「お呼びでしょうか緘人さん」

「なーに緘人」

 緘人の一声で同じ顔をした子供が二人、卒然と姿を現した。片方は無表情で、もう片方は微笑んでいる。


 人形のように目鼻立ちのくっきりとした外見は鏡で映したように瓜二つだが、性格はまるで正反対の双子の兄弟、RとL。緘人の直属の部下だ。

 ルゥドの規則において紫水晶アメシストに次ぎ二番目に高い地位は、真っ赤に輝く紅玉ルビーの者たち。双子はその忠誠の証を、それぞれ首輪として身に付けていた。


 緘人は二人の少年に背を向けたまま、普段と変わらない声で云う。

「レインという名の人物を探して欲しい。見つけたら、連れてきてくれ」

「かしこまりました」「はーい」

 同時に発せられた声の方に緘人が振り向くと―――そこには自分の暗い影だけが残っていた。

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