第61話 文化祭①

 文化祭が控えているとはいえ、昼間は普通に授業が行われるし、文化祭のあとには中間テストという怪物が腕組みをして待ち構えている。貴重な放課後の時間は、バンド練習、ミスコンの準備、クラスの出し物の準備の三つに次々と吸い取られていった。


 そして、いよいよ文化祭の当日を迎えた。今日はミスコンが行われる。トワイライトとのバンドバトルは明日だ。


 僕からすればバンドバトルよりも、緊張しているのが今日のミスコンだ。周りでは永久にも引けを取らないスタイルの美女達が準備を進めている。この人達と女装をした僕が並ぶのだ。公開処刑以外の何物でもない。


 僕のメイク担当は千弦と彩音だ。永久と奏は出演する側なので自分の準備で精いっぱいらしい。先に永久と一緒に購入しに行った衣装を身にまとう。派手な黄色いレトロワンピースだ。


「わぁ! これ、奏吾君似合いますよ。本当に!」


 まだ化粧も何もしていない状態で、とりあえず衣装だけ着ているのだが、既に千弦が絶賛してくる。その賛辞に値しない事は僕が一番分かっている。


「千弦、褒めすぎても逆に自信を無くさせるわよ」


 彩音は良く分かっている。着替え中に鏡で自分の姿を見たのだから、自分がいかに男の体つきをしているか痛いほど理解している。


「彩音、奏吾君。私は完成図を見据えているんです。さ、いきますよ!」


 千弦はニッコリと微笑みながら、両手に刷毛や良くわからない器具を持っている。僕はこれから人生初の化粧をされる。果たしてどんな風になるのか、自分でも全く予想がつかない。





「出来ましたよ。肩幅はカーディガンを羽織って隠して、帽子を目深に被ります。目は瞑ったままですよ」


 千弦が僕の背後からカーディガンをかけてくる。本人は気にしていないのだろうが、化粧の最中からずっと距離が近いので胸が何度も僕の身体をかするのだ。カーディガンを背後からかけてくる時もそうだった。色々と我慢をしなければならないという点で非常に心臓に悪い体験だと思う。


 そんなラッキーに悶々としつつも、千弦に手を引かれて姿見の前に連れていかれる。もちろん、目は瞑っている。千弦曰く、自信作らしいので僕の驚く顔が見たいらしい。


「はい。目を開けてください!」


 千弦の掛け声で目を開ける。そこには、それなりに見られる「女性」がいた。これが僕なのか。信じられない気持ちで体をペタペタと触る。


「体は何も変わってないからね。いちいち発想が変態的なのよね」


 彩音にチクリと刺される。そんなことは分かっている。それでも、体が女性化したのではないかと思うほど、女装は成功した。


 千弦はかなり濃いめに化粧をしてくれていた。帽子を目深に被ることで、化粧で彩られた唇と鼻先だけを露出して色っぽい雰囲気を醸し出している。首から下は意外と悪くないのだ。僕のスタイルも捨てたものではない。


 永久ほどではないが、レトロなデザインのワンピースを着こなせている自信がある。ハイヒールも動きづらいが、足を長く見せる効果があるのは本当らしい。


「そうです! その角度ですよ! あまり上は向かないでくださいね。目元はちょっと事故ってるので」


 千弦の言う通り、顎を上げると帽子の魔法が解ける。そこには、ただ女性っぽい化粧をした男が立っていた。これはさすがに見せられない。


 ネタとしては面白いのだが、勝ちに行くのであれば、帽子で顔を隠してずっと顎を引いているべきなのだろう。いや、勝ってはダメなのだった。負けに徹するべきなのに、意外と出来が良かったので下心が出てしまった。


「おいおい。奏吾。お前、すげぇな」


 後ろから永久の声がしたので振り返る。そこには、髪を後ろで束ねた永久がいた。衣装は僕の制服。この高校で男子の制服を着ている人は少ないので、これだけで十分希少価値があると永久は考えたらしい。確かに、若干女っぽいが顔立ちがはっきりしていて、同級生に居たら女子が放っておかないだろう。


 海斗や蓮のように胸元でネクタイを緩めているスタイルがとても似合う。


「わぁ! 永久も似合っていますね!」


 千弦は知り合いの仮装を楽しんで盛り上がっている。彩音はずっと冷めた目で見ているのだが楽しいのだろうか。


「お待たせ! うわ、奏吾くんマジか。すごいじゃん!」


 今度は奏の声。振り向くと、大胆に鎖骨を露出するタイプのドレスを着た奏が立っていた。髪の毛は頭の後ろで丸くまとめられており、それもいつもと雰囲気が異なっている要因なのかもしれない。


 同じ年のはずなのだが、幼さの中にどこか儚さが含まれていて、何個も年上のように見えてしまう。下手すると若くして夫を亡くした未亡人のようにも見えてくるほどだ。


「見惚れてんなよな。傍から見たら奏吾の方が美しさは勝ってるからな。自信持てよ」


 永久が僕の肩に腕を載せてくる。僕は衣装と化粧、帽子で誤魔化しているだけだ。奏は、自分の素材を完璧に活かして魅力を引き立てている。


「いやいや! 奏吾くん、何で本気出しちゃってるのさ! 優勝したら永久と付き合うんだよ!?」


 そういえばミスコンとミスターコンの優勝者が付き合うというジンクスがあるらしい。すっかり忘れてしまっていた。


「ま、まぁ、永久とはバンド仲間だし、そんな事にはならないと思うよ。ジンクスは今年で終わりかな」


 彩音も永久も千弦も僕の言葉を疑っていないようで、うんうんと頷いている。彩音はこういう話題に冷めているだけなのだろうが、永久も千弦も僕の意中の人を知っているからこその反応なのだろう。


 ただ一人だけで盛り上がっている奏は、僕が奏の事を気になっているだなんて露ほども思っていないように、永久と僕が優勝してしまった後の事を延々と想定で話している。


 ふと、この五人でこうやってワイワイ出来るのが後一年と少ししかない事に気付いてしまった。永久と千弦は来年、三年生になる。大学受験は本校への進学なら形だけの面接を受けて終わりかもしれないが、それでも同じイベントを同じ目線で楽しめる機会はどんどんと少なくなってきている。


 感傷に浸りすぎるとまた涙が出てきそうだ。だが、そこまで感傷に浸る時間もなく、ミスコンの開始がアナウンスされた。舞台裏はにわかにざわつき始める。





『ミスコンの候補者の入場です! 皆さんどうぞ!』


 千弦と彩音に見送られ、舞台袖から奏と並んで出ていく。奏は僕の方を見るとニッコリと八重歯を見せながら笑い、手を繋いできた。振り払うわけにもいかず、そのまま手を繋いでステージに上がる。


 ステージに上がると、生徒やその親、友達、近隣住民、多くの人が僕たちに視線を送ってきた。バンドの演奏でステージに上がるのとは別の緊張がある。ただ、覆面の代わりとして帽子を目深に被れている事だけが救いだろう。


 端にいる人から順番にアピールタイムが始まった。奏は逆の端に立っているので最後。僕その一つ前だ。司会はプロを呼んでいるようで、なかなかの話芸で盛り上げていく。素人の生徒が司会だったらここまで盛り上がらないだろう。


「エントリー番号八番、奏子ちゃん。お話しできますか?」


 司会が差し出してくるマイクに顔を近づける。


「あ、はい」


「えぇ!? 男性ですか!?」


 司会の声と連動するように会場がどよめく。


「すみません。男です。投票、お願いします」


 特に準備もしていないし、僕は消化試合の負け要員なのだ。コメントも適当に済ませて奏に回す。


「エントリー番号九番、和泉奏さん。どうぞ」


 奏は司会からマイクをひったくり、自分が主役だと言わんばかりに前に出る。


「一年一組の和泉奏です。宣伝しまーす! 明日、体育館のステージでバンド演奏をします! 演奏が良かった方に投票してもらう対決形式なので、本当に良いと思った方に入れて欲しいんですけど、私と、後、この女装した人もやってるバンドに入れてくれると嬉しいです! スキャットって名前のバンドです!」


 奏は息継ぎも適当に済ませながら一気にしゃべる。アピールというよりは、ほぼ宣伝だった。それだけ明日のバンドステージに賭けているということなのだろう。奏の意識の高さとひたむきな姿勢に胸を打たれる。





 結果発表は夕方なので、それまではずっとこの格好で校内を徘徊する事になる。ステージでは永久がミスターコンの自己アピールをしている。一人だけ歓声の量が段違いだ。やたらと黄色い声援が飛び交っているのが気にかかる。下手をすると男子よりもモテるのではないだろうか。


 千弦はバンドマンの恋人よろしく、ステージ脇から永久を見守っている。


「奏吾くん、彩音。クラスの様子を見に行かない? 日山さんと熊谷さんなら大丈夫だと思うけど、ちょっと恩を売りに行っておこうよ」


 ステージ上では絶対に見せない悪い笑顔の奏を見てしまった。こういう少し腹黒いところまで可愛いと思ってしまう僕はもう末期症状なのだろう。


 彩音は女装人間とドレスを着た未亡人を引き連れて校内を歩くことに抵抗は無いらしい。奏と僕で彩音をサンドする形で教室に向かった。

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