第25話 ツアー直前①

 彩音が赤点を回避した事を永久に連絡するとお祝いをすることになり、下駄箱に集合となった。赤点を回避したくらいで祝われる彩音は一体これまでどんな事をやらかしてきたのだろう。


 下駄箱のところで奏と彩音の三人で二年生の二人を待っていると、トワイライトの面々が話しかけてきた。海斗、蓮の後ろに芽依子と薫子が立っている。海斗と蓮は制服のネクタイを緩めてカバンを肩にかけていて、着崩し方もかっこつけている感じがして好きではない。


「そろそろ次の就職先は見つかったのかな? 俺たちは文化祭のメインステージに出ることになったぜ」


 海斗がどうだと言わんばかりに誇らしげな顔で僕に話しかけてくる。


 夏休みのツアーの事で頭がいっぱいだったのですっかり忘れていたが、夏休みが明けて少し経った十月に学校の文化祭がある。


 軽音楽部専用の小規模なステージもあるのだが、それとは別に体育館のメインステージでも一バンドだけ演奏する機会を与えられる、みたいなことを軽音楽部のミーティングで聞いたことを思い出した。


 メインステージでは全校生徒の前で演奏できるので、目立ちたがりにはまたとない機会だ。上級生を押しのけての出演なのでさすがだとは思うが、所詮高校生のお遊びだ。


 僕はサクシの一員としてあちこちのステージに立ち、いろんな人に演奏を見て聞いてもらえるのでわざわざ文化祭なんてものに本気を出す必要がない。


 海斗たちが小さい世界で一番を取って満足していると思うと、急にちっぽけな人に見えてきた。


「あ、そうなんだ。良かったね。頑張って、それじゃ」


「それだけかよ。本当は羨ましいんだろ? ステージに立って女の子にキャーキャー言われたいんだろ?」


 特に興味を示さなかったのが不愉快だったのか、更に海斗が絡んでくる。


「なんだよ! 前は言ってたじゃねえか! そんなにクビにされた事を僻んでんのかよ」


 海斗の中ではまだ僕はトワイライトに未練がある事になっているそうだ。苦笑いしか出来ない。そもそも女の子にキャーキャー言われたくてバンドをしているなんて言ったこともない。モテたい人はベースなんかやらず、海斗のようにギターかボーカルをやるだろう。


「おーい。お待たせ! スコーンが美味しいカフェがあるん……何してんだ?」


 永久と千弦がやってきた。今更だが、周りの真面目に制服を着ている人達と比較すると、髪色や着崩し方が異質すぎて威圧感がすごい。知り合いでなかったら絶対に絡まれたくない二人だ。


 トワイライトのメンバーは永久と千弦を見るなり逃げるように去っていった。永久がニヤニヤとトワイライトのメンバーの背中を見つめている。


「何かあったの? 永久の事をみて怯えてなかった?」


「あぁ。後で話すよ。そんな事よりスコーン食べようよ。水無しで一番多く食べた人が優勝な」


 口の中の水分をすべて持っていかれそうな競技を永久が考え出した。




 喫茶店に五人で移動した。スコーンの水無し大食い選手権は開催されないみたいで本当に良かった。


 レトロな雰囲気の喫茶店だ。ショーケースの中に陶器人形が飾られていたり、少し黄ばんだ花柄の壁紙が時代を感じさせる。今は全面禁煙だが、壁紙の黄ばみは昔のタバコのヤニなのだろう。


 スコーンと紅茶が人数分運ばれてくる。永久が一口紅茶を飲んで口を開く。


「それで何で絡まれてたんだ? まさか奏吾に戻ってきて欲しいとか?」


「そんなわけ無いでしょ。文化祭のメインステージに出るって自慢されてたんだよ。ただの文化祭なのにね」


「奏吾、それはちょっと違うな。確かにサクシの活動も大事だ。文化祭よりも大きいステージに立つこともある。だけど、私達は高校生として高校生らしい生活をすべきなんだ。軽音楽部に所属する高校生が憧れるステージ。それが文化祭だよ」


 ティースプーンを指揮棒のように振り回しながら永久が熱弁する。


「で……でも、そもそも軽音楽部に入ってるのって奏と僕だけな気が……」


 我が物顔で部室を使っているので、てっきり全員が部員なのだと思っていたら奏しか入部していなかったらしい。ミーティングやらの対応が面倒というのが理由だ。


 一応部のルールとしては一人でも部員がいるバンドは部室を使えるので問題はないのだが、部員でもない永久に軽音楽部に所属する生徒代表という顔で言われるとモヤモヤする。


「あぁ? 細かい事はいいんだよ。そもそも奏吾はまだBBC以外のステージに立ってねえだろ。あそこより文化祭のステージの方が広いじゃねえか。偉そうなこと言うな」


 痛いところをグサリと刺される。永久の持つスプーンが心臓に突き刺さった気分だ。確かに、最近はサクシに加入したという事実だけでプライドが肥大化して少し調子に乗っていたかもしれない。変に勘違いしている人にはなりたくないし、もっと謙虚になろうと思う。永久はこういう時にきちんと物申してくれるのでありがたい。


「でも文化祭のメインステージで演奏って憧れますね。コピーバンドをやってクラスメイトにチヤホヤされたり。楽しそうですね」


 意外と千弦の食いつきは良いみたいだ。僕の話から逸らすためだったのかもしれない。千弦の優しさだと思って受け取る。


「だからさ、出ようぜ。このメンバーで」


「コピバンをするってこと?」


 彩音が驚いた顔で永久に尋ねる。


「そう。高校生らしい曲で、高校生らしい演奏をしよう。モンパチとか鉄板だろ」


 高校生らしからぬ雰囲気をまとった永久がサビを歌う。


「文化祭のバンドステージに出るってこと? まだ参加出来るんだっけ」


 奏が永久に聞く。確かに6月くらいから教室にバンド募集の掲示があった気がする。


 永久は「チッチッチ」と舌を鳴らして奏の質問に「ノー」だと回答する。


「フフフ……実は私がバンド部門の責任者なのだよ。メインステージに出るバンドのオーディションをしたんだけど、メインステージのバンド演奏をトワイライトだけにするのかどうかで実行委員の中でも揉めてんだ。奏吾の件もあって丁度いいからバンドバトルって形で私達が出るのもいいなって思ったわけ。あいつらをギャフンと言わせてやろうぜ」


 永久が一人で熱く語っている。大方、永久がオーディションでトワイライトにズケズケと文句を言ったのだろう。海斗や蓮の下駄箱での反応も納得できる。


 永久の権力で全校生徒に見られるメインステージに出演することになりそうだ。あまりの話のスムーズさに、最初からこのつもりで話を始めたのではないかとすら思えてくる。


「ま、私に任せておきなさいな。とりあえずはツアーに集中しとけばいいから。ツアーが終わったら聞くから、各自一曲はやりたい曲を考えとくのが宿題な」


「楽しそうですねぇ」


 スコーンにかぶりついた千弦がニコニコしている。この豪華メンバーでやるならどんな曲がいいのだろう。技巧派の曲もできるけれど盛り上がり重視なら有名な曲を選んだほうが良さそうだ。


「文化祭の話はこのくらいで、じゃあ次はツアーの話な」


 永久がツアーの日程を説明してくれた。恭平の大学が夏休みに入ったら運転手として機材車を運転してくれるらしい。東日本をぐるりと回るスケジュールだ。


 ホテルも既に押さえているらしいので、持ち物も最低限で良さそうだ。


「それでは皆の衆、少ない夏休みを満喫してくれたまえ」


 高校生らしからぬスタイルで異常に短く見えるスカートをヒラヒラさせながら永久が先に帰っていった。レジで会計を済ませてくれている。


「じゃ、私もバイトがあるから帰るわ」


「私も家のお手伝いがあるので帰りますね」


 彩音と千弦も続いて店から出ていく。奏と二人っきりになってしまった。


「奏吾くん、これからどうする?」


「家に帰るだけだよ」


「つまんないなぁ。じゃあうちに来ない? 今日、青木さん来ない日だから暇なんだよね」


「十時までには帰るからね」


「はいはい。じゃ、行こっか!」


 奏はカバンを持って立ち、通路から僕の手を引っ張ってくる。多分だけど、帰宅時間を守らせてくれるような返事ではなかった。


 結局、ゲームが終わらずに家に帰ったのは日付を跨ぐ直前で、親にも少し怒られてしまった。

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