第23話 期末テスト②

 ちょうどスーパーの割引タイムだったらしい。店内は夕ご飯の食材を買い込む人でごった返している。


「お一人様一つまでの卵とレタスを買いたいの。これでよろしくね」


 彩音が百円玉を一枚だけ渡してくる。


「これで足りるの?」


「もちろんよ」


 卵とレタスが合わせて百円とは破格だ。彩音は指示だけ出すと買い物かごを持って店内に消えてしまった。周りの客と比べても一際小さいので追いかけたのだがすぐに見失ってしまった。




 レタスと卵を買って店の入口で待っていると、大きな袋を提げた彩音が出てきた。小さい体で持つには大きすぎて心配になる。


「ちゃんと買えたわね。サンキュー」


 僕の持っているレタスと卵の入った袋を取ろうとするので拒否する。彩音が怪訝そうな顔で僕を見てきた。


「その袋と交換。重たそうだし」


「いいのよ。いつも持ってるから」


「たまに拾うラッキーだと思えばいいよ」


「小さすぎるラッキーね……」


 渋々だが彩音は大きな袋を渡してくれた。何が入っているのか分からないがかなりズッシリとくる重さだ。


 そのまま二人で並んで彩音の家に向かう。


「重たいでしょ。育ち盛りの弟四人分だからね」


「大家族だね。すごいなぁ」


「本当にね。三人目でやめようと思ったらしいんだけど、そこで三つ子が生まれたんだってさ。結果、離婚しちゃって、五人の子供を抱えるシングルマザーが出来た訳よ」


 なんと答えたものか迷う話題になってしまった。彩音は気にしていないみたいだけど、下手なことを言うと地雷を踏みかねない。


「そ、そういえば脅迫犯って誰なんだろうね。あれから連絡ないみたいだけど」


「なんとなくだけど、若者って感じはするんだよね。サクシに対して恨みがある業界の人ならイベンターにチクったりSNSで噂を流したりも出来る訳じゃん」


 彩音が顎に手を当てて推理を始める。普段はおっちょこちょいのクセに一度頭を使い始めると意外とまともな事を言う。


「それをせずに私達だけにメールを送ってくるって事は、そういうやり方を知らないのか、個人的に恨みがあるか。後者なら私達と繋がりがあるのは殆どが学生だからね」


 奏はサクシのメンバーも共犯かもしれないと言っていた。彩音がそうだとすると、こんなにスラスラと演技で出鱈目な推理を言えるのだろうか。普段の性格的に簡単にボロを出しそうな気もする。


「この前のライブの後に『サクシは大事な食い扶持』って言ってたよね。あれってやっぱり家庭の事情と関係があるの?」


「お母さんも仕事を見つけて頑張ってるけどね。元々専業主婦で職歴がないから苦労してるみたい。だから私もサクシの活動でバイト代以上にお金が入ってくるのはありがたいんだ」


 彩音にとって生活の生命線ということになる。そんなバンドを自分の手で潰すわけがないだろう。やはり彩音が共犯者という説はありえないと思う。


「なんか探るような感じがするんだけど、アンタまさか私を疑ってるの!?」


「そ、そんなわけないじゃん」


 彩音の顔がみるみる怒りで染まっていく。


「もうここでいいよ。ありがと。じゃあね」


 僕の手から袋をひったくると、彩音は重たい袋に引きずられるようにフラフラと歩いて家の方に向かって行ってしまった。




 テスト当日。あれから彩音は話してくれなくなってしまった。僕が疑っていたことに相当お冠のようだ。自分も僕を疑っていたくせに。


 今は彩音にとって最難関である歴史のテスト前の休み時間だ。これが終われば期末テストからは解放される。採点結果次第では補習が待っているのだが、多分大丈夫だろう。


「奏吾くん。彩音と喧嘩した?」


 奏が隣の席から赤シートで目を覆いながら話しかけてくる。あれからほぼ毎日三人で下校していて、気まずい雰囲気を存分に感じ取っていたはずなのに今更聞いてくるのもどうなのかと思うが、奏の助けを借りないと仲直りも出来そうにない。


「したけど、テストが終わってからにしようか」


「そうだね。私もう完璧だから暇でさぁ。彩音のところに行ってこよっと」


 自分が完璧だからといって人を巻き込まないで欲しい。奏は席を立って彩音のところへ向かっていった。僕の席がある列の最前だ。


 体を横に傾けて様子を見ると、彩音はまだエアドラム作戦で覚えているらしく、奏と話しながらも手がドラムを叩くように動いている。貧乏ゆすりのような足の動きはハイハットとバスドラムを踏んでいるのだろう。


 少し話すと奏は苦笑いしながら戻ってきた。


「邪魔するなって言われちゃった。エアドラムで。あれ何なの? 奏吾くんのアイディア?」


 奏が彩音に怪訝な視線を送りながら聞いてくる。もはや彩音はドラム譜で会話を始めているらしい。理解できる人が何人いるのだろうか。


「最初は数字だったんだけど、気づいたら平仮名をドラム譜に置き換えて覚え始めちゃって……」


「あの勉強法、アリ……いややっぱナシだなぁ」


 絶対にナシだと思う。奏はまだ構って欲しそうに僕の方を見てくるのだが、僕も直前の詰め込みがあるので奏のボヤキを無視し続けた。





 全教科のテストが終わった。全員が早くも夏休みに入ったつもりでワイワイと騒いでいる。補習が入るとは誰も思っていない様子だ。


「奏吾くん。彩音のとこ行こうよ」


 横から奏が話しかけてくる。立ち上がって二人で彩音の席に近寄る。奏を見るとにこやかな顔だったのが、僕を見るなり一変して険しい顔になった。


「彩音ぇ。いつまで怒ってるの? 奏吾くんが何したの?」


「ついてきて」


 彩音が立ち上がって教室から出ていく。奏と目を見合わせて後ろからついていくことにした。


 向かった先は軽音楽部の部室だ。今日は他のバンドが使う予定だけど、放課後になったばかりなのでしばらくは勝手に使っても怒られないだろう。


 彩音がその辺に落ちていたスティックを拾ってドラムをダカダカと叩く。奏は彩音の演奏が止まるとすぐに頷いた。


「なるほどね」


 また彩音がドラムをドコドコと叩く。


「それは奏吾くんが悪いね。だけど、私がお願いしたんだ。ゼロトラストってやつだよ。だから私も悪いね。ごめんね」


「あの……奏さん。もしかして彩音と会話してるの?」


 奏は笑いながらドラム譜と五十音の対応表を見せてくる。多分そうだろうとは思っていたけど奏が既に理解していることに驚く。


「ドラムで会話って……彩音、面白いよねぇ」


 彩音がドラムを叩く。


「彩音、ごめんって。それで、彩音が怒ってた事は半分は誤解だったの。奏吾くんに土下座させるからそれで許してくれないかな?」


 勝手に僕が土下座をして謝る方向になりつつある。交渉があまりに下手でこれ以上仲介を任せるのが不安になってくる。


「なんで僕が土下座する事になってるの!」


「ま、謝れば丸く収まるみたいだよ」


 奏は自分の手柄だと言わんばかりに誇らしげだ。彩音もそれで手を打とうとしているみたいなので床に膝をつき、頭を下げる。


「ふん! 私を疑うなんて正気じゃないわよ。奏に免じて許しあげる」


「ありがとうございます! 彩音様!」


 奏もノリノリで彩音を拝む。僕に土下座させなくてもよかったんじゃないだろうか。


「それで彩音、テストの出来はどうだったの?」


「完璧よ。ドラム譜が頭に浮かんできて手が止まらなかったわ」


 自身に満ち溢れている姿が逆に不安になる。彩音はダカダカとドラムで何かを表現している。


「あれ? 蘇我入鹿って出てきたっけ?」


 奏がエアドラムからドラム譜を読み取ったらしい。彩音の顔が一気に曇り始めた。ドラム譜作戦、危うし。

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