第111話「冒険の再開」
高校進学で部活に打ち込む青春を送るのかと予想していた、その目論見は入学早々打ち砕かれ、週に3回2時間だけ部活をする日々を送って居た。
「御免な聡志全く関係の無い聡志にまで迷惑を掛けて」
「達也先輩達も関係無い事じゃ無いですか、それに3年は夏の大会が最後だったのに」
野球部部員の急死事件によって、全部活の公式戦参加は無期限で停止されてしまった、校内活動も週に3日だけしか許されず時間制限も厳しく設定されている。
「そもそも悪いのは野球部の監督なんでしょ、何で学生にペナルティーが課せられるんですかね」
「保護者向けのアピールなんだろうな、うちはまだ実績が有るから練習させて貰えるけど、弱小部は休部させられてるよ」
一番トバッチリを受けたのは当の野球部で、廃部させられるのかと言う話も出ている、監督は警察に逮捕され懲戒解雇されている。注目度が高い部活だけに不祥事が出るとダメージも大きい。
「この後ラーメンでも食べに行きませんか」
「大人しく帰るよ、見つかったら何を言われるか分からないしな」
今年こそ全国制覇と意気込んでいた2年生ながら新主将の鳥羽上達也は大分落ち込んでいるようだ、面識の有った2年と3年の一部は既に退部していた。
「じゃあ私も大人しく帰ります、薫も一緒に帰らないか」
「俺は千葉先輩の道場に通わせて貰ってるからこの後も練習」
久しぶりに会った魁皇薫は更に身長を伸ばしていた、中等部での最終戦で負けたらしく、リベンジを考えて居た所でこの仕打、私なら部活を辞めて居るな。
薫が千葉の名前を出した所為でマネージャーの尾張理沙の機嫌が悪くなる、触らぬ神に祟りなしという事で私は更衣室に逃げ込んで着替えを行い、涼子と一緒に帰る事にした。
官舎に帰るとエントランスの椅子に座っている森下が手招きしている、何か事態に進展が有ったのかと森下のもとに向かった。
「聡志君暇っす構って欲しいっす」
「SDTF本部には入れたんですか」
「無理っす門前払いで追い返されたっすよ。酷いと思いませんか、私もSDTFの職員なのに秘密保持の為って」
現在SDTFには森下ですら立ち入りが禁止されている、当然私や涼子も中に入る事は出来なかった、支店なので飛んでいけるのだがその部屋の前に門番が居る。
門番と呼んでは居るが正体は自衛官だ、大型の銃器を手にして何人も通さないと言う雰囲気を醸し出して居る。
「江下さんとはまだ連絡が?」
「まだっすよ、剣人さんとももう大分連絡が出来て無いっす」
「ここってSDTFの宿舎なんですよね、誰か居ないんですか」
「職員の家族か事務員しか居ないっす」
やはりSDTF内部で何かが起こって居る事は確実だが、私達はその何かとは隔絶されている。
「リュウ君私達何にもしてないけどお給料貰ってても良いのかな」
毎月の基本給だけは支給され続けて居る、向こうの都合で攻略が進まないのだから、基本給くらいは貰って置いてもバチは当たらないだろう。
「森下さんって今は何をやってるんですか」
「自主的に食堂手伝ってますよ」
「命令とか出て無いんですか」
「聡志君と涼子ちゃんの見張りっすよ」
「それ私達の前でも言っちゃうんだ」
「報告も受けてくれないんで有名無実っす」
面倒な話だなっと思いながら風呂に入ってくると言い席を外した、部屋の風呂は殆ど使っておらずもっぱら大浴場に入っている、風呂を沸かすのが面倒だからで特別理由は無い。
ゆっくりと風呂に浸かって出てくると夕飯の支度が終わったと言われ、森下の部屋で早めの夕食を食べる。
「和美さんまた腕を上げたね」
「最近料理しかしてないっすもん、今度の休みどっか行きましょうよ」
最近同じような話題でしか食卓を囲んでない、世界で何かが起こっていると言う事は感じるが、私や涼子それに森下がどうこう出来る問題では無かった。
5月の連休中何時ぶりかも分からない連絡が来た、森下経由では無く私の携帯に直接電話が掛かってきて、相手は藤倉課長で話したい事が有るので1人で内調の事務所に来てくれと言うものだった。
やっと連絡が来たかと指定された時間に内調に飛んだ、部屋の前で私を出迎えて来れたのは北条だった。
「お久しぶりですね北条さん」
「うん、緒方君とは吹田ダンジョン以来かな、あの後色々有って今私は警邏隊に所属してるんだ」
「警邏隊って警察官に戻ったって事ですか」
「SDTFの所属のままでは有るんだけど、ダンジョン内じゃ無くて万が一、ダンジョンから外に出てきた魔物に対抗する部署なんだ、今は街中を車で巡回する任務が主な仕事かな」
ダンジョン外なら重火器が使えるから、冒険者が対応する必要は薄いように思えるのだが、そうしないって事は何か理由が有るのだろう。横目で『鑑定』してみるとレベルが41に成っていた、相当ダンジョンの中で苦労した事が伺える。
「江下さんや肥後さんはお元気ですか」
「最近顔を見てないから分からないけど、今は2人とも新人隊員に訓練を施してる最中の筈だよ」
新人が増えたのか、どうやってスキルを取得させたのだろうか、教団には特定の職業を得られるノウハウが有る訳ではなく、聖女のスキルで量産しているらしい。
それも自由自在に増やせる訳では無く、何かしらの制限は有る模様だ。
「新人って冒険者に成る方法が判ったって事ですか」
「自衛官の冒険者をSDTFの指揮下に置いたんだよ、政府も自衛隊が実戦に参加させる覚悟を決めたって事だね」
今更かよとは思ったが、SDTF上層部には元自衛官が居るが、現場に出ている実行部隊は警察関係者以外は見てないな。
北条と話ている内に藤倉の部屋の到着してしまったので、ノックをしてから中に入る。
「お久しぶりですね、緒方さん」
「毎回そんなやり取りから始まりますね、ご無沙汰してます藤倉さん」
席に座るよう言われたので素直にソファーに腰掛けた。
「イランの話はどこまでご存知ですか」
「殆ど知りません、ただ江下さんがテレビに映った所は家で見てましたけど」
「そうですか、では簡単に概要だけ説明します」
テレビモニターが天井から降りてきて部屋のカーテンが自動的にしまる、まるで映画の1場面のようだが藤倉の説明を待った。
「ダンジョンを放置すると氾濫する事が確定しました、各国の石碑を解読した結果と氾濫の時期が合致しましたので、攻略しなければならない事が上層部で共有されました」
そこまでの話は私も確信しているので頷く、藤倉にはその危険性を訴えて居た事も有り軽い説明でそのまま話が続いて行く。
「外に出た魔物はダンジョン内に居た頃より弱体化していた、と言う情報が有りますが、そこはまだ未確認情報です。ですが魔物が繁殖していた形跡は見つかりましたので、外に出た魔物が寿命で死滅すると言う事は期待できそうに有りません」
無限にダンジョンから湧いて出ていたのかと思っていたのだが、繁殖していたのか、前の人生では気づけなかったな。
「ダンジョンに対して中性子爆弾が投下されましたが無傷です、それどころかミサイルを発射した最新鋭の戦闘機が爆発四散しました、理由は不明です」
核爆弾でも平気と言う話は耳にしていたが、実際には中性子爆弾を使われて居たのか。
「イラク内の魔物は米軍とアメリカの冒険者によって討伐されましたが、それでも全てのダンジョンを攻略する事は出来ませんでした。現在初級ダンジョンの幾つかと下級ダンジョン1ヶ所が討伐され、その他のダンジョンは沈黙してます。秘密裏に国境を封鎖して隔離されてますが、人権団体とジャーナリストが越境して魔物にやられたと言う話が入ってきて居ます」
本当に魔物にやられたのかは怪しい所だが、国境を封鎖して見捨てたと言う事は伝わってきた。
「イラクでの事件を踏まえまして日本国では自衛隊の投入が閣議決定しました、民間冒険者である公認冒険者ですが准公務員として、その活動には国からの支援、具体的には公的年金の付与が決定しています」
恩給を復活させて、遺族年金に上乗せする仕組みのようだ、これは冒険者の死亡もダンジョン攻略に組み込んでいくと宣言しているに等しい。
「現在下級ダンジョンは鹿児島ダンジョン以外の全てを攻略しました、その鹿児島ダンジョンも1999年末に攻略する予定です。中級ダンジョンは2010年、上級ダンジョンは2020年に完全攻略予定です」
鹿児島の下級ダンジョンでは地階1階でレベル15まで冒険者のレベルを上げ、地下2階への侵入を禁止する。
中級ダンジョンにおいても、攻略段階で一番安全なダンジョン1ヶ所を残し他は随時攻略していく。有力候補はミスリルの出る北九州中級ダンジョンだが。
上級ダンジョンに置いては、関東、関西、中部と本州を順次攻略していき、九州北海道に至っては攻略が不可能だと判断された場合放置する事も考慮されているらしい。
「国連は維持される事になりますが、その上位団体が新たに設立されます。仮称ダンジョン攻略連合、加入規定は下級ダンジョンの攻略を最低1ヶ所以上とし、常任国は国内に有るダンジョン全ての位置を把握し、その過半数を攻略している事。レベル30を越える冒険者が100名存在する事の2点です。現在の所その両方を満たしている国は有りませんので常任国は存在しません」
日本は過半数のダンジョンは攻略されている、しかしレベル30を越える冒険者は50名を少し越える程度で、常任国の用件に合わない。
アメリカはレベル30を越える冒険者が100名を越えているが、攻略されたダンジョンは2割に満たない。
中国ソビエトの2大共産国は、まだ国内全てのダンジョンを把握しきれては居ないから加入すら出来ない状況だ。
「ここまでで質問が有ればお答えしますが」
「北海道ってどうなったんですか」
「他の地域と同じくSDTFが攻略しています」
警察機構の上層部もそっくり入れ替わり、今は他地域と代わりが無いらしい。
「肥後さんは何処に居ますか」
「東日本のダンジョン攻略を担当する、第1攻略隊第3班の班長を務めて居ます」
「第1って事は第2も有るんですか」
「第2が西日本を担当して、それぞれが3班体制でダンジョンを攻略しています」
以前は3つの班で日本全国をカバーしていたから、倍の体制になったと言う事だな。その他にも北条のような警邏隊も居るという事は自衛隊だけでは無く、冒険者からも人員を補給したのでは無いだろうか。
「いつからダンジョンに入れるように成りますか」
「今日から鹿児島下級ダンジョン以外ならどこでも自由にお入り下さい、ただ入る報告は入れて欲しいので、これをお渡しして置きます」
手渡されたのはタブレットのようだ、この時代に携帯型のタブレットが開発されていたと言う話は聞いたことが無い。
「電池で動いてるんですか」
「緒方さん意外と電子機器に詳しいんですね、リチュームイオンバッテリーも開発中なのですがまだ安全性が担保出来て居りません、こいつはミスリル電池で動いてます。なので一部機能限定では有りますがダンジョン内部でも使用が可能です」
「ダンジョン内部でも使用できるって事は噂の魔道具なんですか」
噂なんて物は実際には流れて居無い、ただ私が魔導技工士と言うジョブを持った人物を『鑑定』していた為に、何れダンジョン内部で使える物が生み出されるのでは無いかと考えて居ただけだ。
「そこまでの物では有りませんが、魔道具と電子機器を融合した物だと考えて下さい、使い方はマニュアルが有りますので参考にして下さい」
本体よりも数十倍はでかいマニュアルを受け取った、昔の携帯電話やパソコンに着いてきたマニュアルが電話帳のような大きさだった事を思い出した。
「北九州の中級ダンジョンって私達が入っても大丈夫なんですか」
タブレットを起動させて中を覗いて居たら、北九州でのミスリル掘削も可能に成っていた。
「ミスリル掘削は完全に冒険者に移行する事に成りました、我々が資源掘削に手を出す余裕が有りません」
尻に火がついて、ダンジョン攻略に本気を出すようになったらしい、これは私が希望していた事だったから納得ができる物だった。
「緒方さんには伝えて置きますが、新宿ダンジョンに入って見ましたが最初に遭遇した魔物に危うく全滅させれる所でした。推奨レベル70は伊達では有りません」
龍の首飾りを渡して有ったが等々使ったのか、でも正式な代金はまだ貰って無いのだがな。
「その情報って共有はされないのですか」
「江下君から直接聞いて下さい、私では説明できる気がしませんので。それと現在関東圏で比較的安全が確認されているダンジョンは千葉と池袋の中級ダンジョンの2ヶ所です。横浜の中級ダンジョンは我々SDTFの攻略隊では満足に戦う事は出来ませんでした」
「攻略しちゃっても構わないって事ですね」
「はい是非ともお願いします」
その後も会話が続いたが興味を持てるような物は無かった、最後にレベル上げの随伴はもうやらなくて良いようだ、ハッキリとは言われなかったが江下のレベルは私達に並んでいるか越えているようだ。
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