第109話「閑話4 探偵物語」

 野田がペスパに乗って私の自宅にやって来た、野田の顔を見た瞬間追い返そうとしたが、一足遅く母に見つかって家の中に招かれてしまった。

 そろそろ高校入学の準備をしなければならない所なのに、いい加減にして欲しい。


「それで何の用なんですか」

「聡志冷たい、あんなに激しく求めて来たのに、冷たい」


 私が野田を求めたのは一緒にダンジョンに潜りませんかと言う誘いで、いかがわしい下心は一切無い。

 野田は喫茶店の経営から追い出され、株主として配当だけは貰っているが、経営の一切は弟君が取り仕切っている。


「もう大学は卒業したんですよね、働けば良いんじゃないですか」

「今月の支払いも厳しいですよ」

「もうあの報酬使っちゃったんですか」

「ちゃんと有ります、妹から月に20万までって決められちゃって。春物の服がどうしても欲しかったんです」


 あの後結局6号店の出店を計画して、またまた詐欺に引っかかる一歩手前まで行ってしまい、その事が兄弟と祖母に知れ渡り、現在金の管理は妹と弟が行って居るようだ。


「お金は貸しませんよ」

「違うんです、あの極悪詐欺師が見つかったって連絡は入ったんです。聡志さんには一緒に取り立てに立ち会って欲しいんです」


 道警は結局被害届を受理していなかったようで、公安とSDTFに調査をお願いしていた、その結果犯人の特定に成功したようだ。

 既に道警の上層部は総入れ替えが終わっているから、警察もその内犯人にたどり着く事だろう。


「お金取り返す前に、私が詐欺師の息の根を止める事を阻止して下さい」

「お金を取り返しても息の根を止める事は辞めて下さい。警察に任せてしまったら駄目なんですか」

「警察はお金の取り立てなんてしてくれないんですよ、逮捕したって被害者には均等にお金を返すって話なんで、警察より早く柄を確保しなくちゃならないんです」


 柄って刑事ドラマの見過ぎだ、限りなくグレーな行動を取ろうとしている、まだ身分的には中学生を巻き込んで欲しくは無い物だ。


「それで犯人は何処に居るんですか」


 1人で突っ込ませたら何をするか分からないから、御目付役は必要だろう、他に誰か犠牲者を募りたいが涼子や森下を召喚するのもどうかと思う、今は引っ越しの準備で忙しくしていた。


「熊谷です」

「何処ですかそれ」

「埼玉県の熊谷市ですよ」


 埼玉で知っているのはさいまた市と川口位のものだ、国民的なアニメのお陰で春日部市は知っているが、訪ねた事は無い。


「どうやって行くんですか、まさかベスパに二人乗りって訳じゃないですよね」

「大丈夫です、足は確保してありますので」





 次の日野田は足を連れてやって来た、新年度から異動が有るのに小田切もご苦労様な事だ。


「小田切先生車買い替えたんですか」

「ええ、まあね、色々報酬を貰っちゃったでしょ、今度は千葉市内の中学だから実家から通う事になってね。両親から運転手を期待されてるから思い切って買ったの」


 小田切の異動についてはSDTFの関与を疑っているが、真相は闇の中、私が住む予定の公舎にもSDTFから部屋を与えられている。


「そろそろ鬼退治に出かけましょうか」


 野田から大金を騙し取った詐欺師は、熊谷市内で土木業に従事していた、朝7時から夜遅くまで現場に出て稼いでいるようだ。


「なんか違和感が有りますよね」

「そうね」

「あいつです、あいつに間違い無いです、地獄の大使悪魔太郎です」


 そんな訳有るかあと『鑑定』して相手の名前と年齢、職業、住所を確かめる。 石田幹34歳、土木作業員、埼玉県熊谷市●●-123。

間違い無いようだ、野田も取引相手を『鑑定』くらいすれば良いのだが、目の前にぶら下がっている美味しい儲け話に冷静さを欠いていたのだろう。


「今から拐いますか」

「まだ昼間で、仕事仲間も居るじゃないですか、こんな所で人拐いなんてやったら、私達が警察に捕まってしまいますよ」

「じゃあ夜まで張り込みですね、アンパンと牛乳買ってきます」


 住所が判っているからアパートの前で待ち伏せしていたら良いと思う、車の中で張り込みなんて冗談では無いから、石田のアパートの近くに有ったビジネスホテルで石田を待ち伏せる事にした。


 石田が帰ってきたのは夜の8時を回っていた、ご苦労な事に12時間労働を行っていたようだ、何が有ったか知らないが真面目そうな男なのに、寄りにも寄って野田の金を奪うとは、運の無い男だ。


「おう、城島久しぶりやのう」


 偽名で呼ばれた石田は一瞬固まって逃げようとしたが、野田の反射神経で髪の毛を捕まれ、僅かな時間でアスファルトに顔を擦り付けられて居た。


「ワレのヤサは割れとんのじゃ、この後に及んで何処に逃げようちゅーんじゃ、逃げたらオドレの嫁と子供がどうなっても知らんぞ」

「野田さん∨シネマの見過ぎです」


 野田の手に嫌な物が見えてしまった、引き抜かれた石田の髪の毛だ。


「すいません許して下さい、お金は必ず返しますから、今だけは見逃して下さい」「石田さんよう、ワシら極悪詐欺師を見逃す程お人好しな無い訳、話は取り合えすアパートの中でさせて貰いましょうか203号室にお住まいの石田幹さん」


 野田がアスファルトに押さえつけた石田を強引に立たせようとした時、一瞬のすきが出来た、そこで逃げ出そうとした石田だったが野田が見逃す訳も無く、強力なボディーブローが決まって、石田は胃の中の物をリバースしていた。


「石田さんよ、あんた嫁と子供が可愛く無いみたいだね、嫁さんが場末のソープで借金返す未来が見えるよ」

「妻は・・・ハァハァ・・・関係無い・・・じゃ無いですか」


 息も絶え絶えで既に逃げる気は失せたようだ、妻子に危険が及ぶと心配したからだろう。

 野田だって本気で女子供に酷い事をするような事は無い、と思いたい。


「犯罪者の嫁と子供も同罪だろうが、変態肉屋に3人まとめて買い取ってもらうか」


うわー、野田はまだエズイている石田を小突きながら、マンションの203号室に向かって行き、玄関でチャイムを鳴らした。

 当然石田は拒絶するのだが、口を押さえつけられ、抵抗することも、言葉を発する事も出来ない。

 部屋の中から石田の嫁らしき人物が「ハーイ」と声をだしてドアを開けた。



ドアチェーンが掛かって居たが、野田は強引に扉を開けるとドアチェーンを引き裂き部屋の中に土足で入っていった。


「何なんですか貴方達は辞めて下さい、病気の子供が眠って居るんです」

「奥さん、あんたの旦那だがね、詐欺で5000万もの大金を持ち逃げしたんですわ、耳を揃えて返して貰えないと、旦那が東京湾に浮かぶ事になりまっせ」


 だからどんなビデオを見たらそうなるのか、微妙に関西弁だったから関西系の金貸しのドラマを見たのだろうけど、こんなん犯罪以外の何物でも無い、関わるんじゃ無かった。


「すいません、すいません、お金は必ずお返しします。ですがしばらく、もうしばらく返済は待っては頂けないでしょうか」


 石田の嫁が頭を畳に擦り付けて土下座をしている、こうゆう愁嘆場を中学生に見せない配慮は出来ない物だろうか、子供が眠って居ると言う話だったがこんなに騒がしいのに起き出してくる様子は無かった。


「奥さん5000万でっせ5000万、待てる訳がおまへんがな」


 さっきも思ったが取られた金は4500万だったように聞いている、この際だと500万多目に見積もっている所が更に怖い。


「息子が重い心臓の病で心臓移植にどうしても1億必要なんです。一生懸命働いて、職場から無理言ってお金を借りて、家を処分して家財を売って夫婦で3000万集めました。私の両親から1000万夫の両親からも1000万借りたんですが、それでも足りないんです。心臓移植さえ出来れば、アメリカに渡れば息子は元気に成る事が出来るんです」


 ベタベタの展開だったが、流石に本当かよと思い、子供が寝ていると言う部屋をチラッと覗いてみたら、体中に管が通されて居た子供が医療用のベットで眠っていた。


「野田さん出直しませんか」

「安心しました、まだ手術が行わて居ないって事はお金は無事って事ですよね、これで取り返す事が出来ます」


 そう言うと野田は部屋の中に有るありとあらゆる引き出しを開けだした、土下座をしている石田の奥さんは泣いている、もう野田を止める事は出来ないと言う事を理解しているようだ。


「有りました通帳です」


 野田が通帳と印鑑を探し出して気勢を上げたが、中身を確認して鬼の形相に変わった。


「オイオイオイオイオイオイ、石田さんよう、この通帳3000万しか入って無いじゃねーか残りの2000万はどうしちまったんだよ」


 野田が石田の喉元に手を当てるとそのまま頸動脈を締めて居る、これはいくらなんでも駄目だろうと、私と小田切が目配せして野田と石田を引き離した。


「止めないで下さい先輩、悪魔を討伐出来ないじゃないですか」

「討伐したらお金が返って来ないわよ、私が聞き出すから、早まった真似はしないで頂戴」

「やってくれるんですか小田切先輩、私先輩の事愛して居ます」


 小田切は首をガックリとさせて、石田を別の部屋に連れて行った、何をするつもりかと心配で小田切の後を追うと、小田切が『テイム』のスキルを石田に使っていた。


「先生嘘でしょ、人相手にテイムを仕掛けるなんて」

「大丈夫よ、後遺症も無いし、直ぐに解除するつもりだから。だけどこの事SDTFと公安には絶対に内緒ね」  


 虚ろな目をした石田を見て、私は北大の門の前でタムロしていたヤンキー達の事を思い出していた、彼らの目が今間の前に居る石田と同じように見えたのだ。


「北大前のヤンキー達に心当たりって有りますか」

「ああ、アレね、私と英美里にナンパしてきたバカ達よ、攫われそうになったから強めの命令を出して置いたの、今でも北大の前に居るんじゃ無いかしら」


 まさかこんな所でヤンキー達の正体を知ることになるとは、出来れば聞きたく無かった。


「お金はどうしたの」

「コーディネーターに渡しました」

「今残っている現金は」

「渡航費用の3000万と、生活費と日本の病院に支払う為のお金が普通預金に700万程残っています」


 既にかなりの金額を使った後のようだ、まだ幾ばくかの費用が足りないので、朝早くから夜おそくまで、土木作業を行い費用を貯めていたと言う事らしい。

 聞きたい話は聞けたので、テイムを解いて、野田の居るリビングに移動すると野田は尚も金目の物を物色すべく部屋の中を漁っていた。


「金の隠し場所は判りましたが先輩」

「残りは普通口座に700万、通帳と印鑑は鏡台の引き出しだって」

「足りませんね、仕方無い、奥さんにはお風呂屋に沈んで貰いましょっか」


 さらっと怖いことを言うね、野田の表情が無いので尚更恐ろしい、これは本気でソープに沈める気なのだろうが、野田にそんな伝手が有るとは思えない。


「売春でも何でもやってお金は返します、ですが今は、今は無理なんです亮一の治療が終わるまでは待って下さい」


 話は堂々巡りなのだが、亮一の治療を行う方法は他にも有る、なんなら今すぐにでも治す事は出来るのだが、まさかここで治すなんて事は行わない。


「渡米しなくても治す方法が有ると言ったら、騙し取ったお金返して貰えますか」「それは勿論、直ぐにでもお返ししますが、そんな方法なんて・・・」

「こんな事言いたく無いですが、どちらにしたって渡米することは不可能なんです。ここの事はもう警察も知ってますから、詐欺で騙し取ったお金を使う事なんて出来ません。アナタもその事を知っていたなら共犯が成立するかも知れません、犯罪歴が有る人物を米国は入国させませんから、したがって渡米は出来ないと言うことに成ります」


 野田が石田をボコボコにしているから警察に知らせるのは不味いのだが、そんな事を考える余裕は石田夫婦には無いだろう。


「そんな事って、そんな事って、せっかく回ってきた順番なのに、両親の老後の蓄えまでも出して貰ったのに、そんなのってあんまりです」


 石田の奥さんが泣き崩れてしまった、どうやってあの子を治したもんかと考えて居たが、教団を利用するればどうにかならないかと思いついた。


「ルナリアムーン聖教会って知ってますか」

「奇跡の人が居る所ですね、噂は聞いていましたが、あまりに荒唐無稽で」

「どんな噂か知りませんが教会に伝手が有るんです、あそこの医師は大変有能でして、心臓移植は当然無理ですが、今の状態よりは格段に良く成ることは出来るでしょう。そうなれば夫婦揃って働いて、足りない分を野田さんに返す事も可能ですよね」


 我ながら無茶な事を言っている自覚は有るが、石田の奥さんをその気にさせないと治療することも出来ない、心臓移植なんて実際にはかなりリスクの有る治療法だ。一生免疫抑制剤を飲み続けなければならないし、合併症の恐怖と戦い続けなければならない。


「恐らく金さえ返って来たら、被害届を取り下げても良いんじゃないですか、野田さん」

「聡志君、機会損失って言葉を知ってますか」


 野田の癖に余計な知識を詰め込んで来やがって、せめて利子くらいにしとけよ。


その後吸った揉んだが有りまして、石田の息子を教団の施設に送り込んで私がさくっと治療を行った、元気な姿で返ってきた息子を見た石田夫妻はいつまでも頭を下げて居たが、野田に毎月相当な金額を返す約束をさせられていた。


私はこれ以上石田の事件に関わる事を辞めたので、その後石田一家がどうなったのかは知らない。


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