第107話「決着」

 キャンプに帰り着く所までは良かったのだが、その後が少し混乱した、覚悟の薄い公認冒険者が話が違う帰らせろと江下達に噛み付いて居た。


 彼らを収容している仮設事務所も悪かった、SDTFが持ち込んだコンテナは装備が充実していない、一方で私が持ち込んだ物は特注品で設備が充実している、風呂にトイレに冷暖房完備、個室まで有ってベットもフカフカだ。


 当然私のコンテナは、私と涼子、森下、小田切、野田が入る、肥後も誘ったのだが流石に遠慮されてしまった。

 予備のコンテナも有るのだがそちらは空調こそ付いてあるが、後はベットが並んでいるだけの簡易的な物だ、ターミン先生達を中心に女性陣に使って貰っている。英美里は私のコンテナに寝泊まりするのでは無く、ターミン先生達と一緒に居る事を選んで居た。








「10日経っても戻れませんね」


 この10日間で1班のSDTF隊員は、全員歩けるまでには回復していて、江下と北条、肥後の3人は探索にも加われそうだ。

公認冒険者も私が見る限り回復しているのだが、探索に加わる気概が有るものは居ない。

残念ながら3班の面々はようやく1人で歩けるようになったばかりで、戦闘に加わる事は無理だろう。


「そろそろ攻略してしまいたいのだけど」


 それには私も同意見なのだが、江下がメンバー選出で結論を出せないでいる、江下、北条、肥後の3人は確定しているのだが、それ以外のメンバーに私達を加える事を躊躇している。

 それ以外にも、キャンプ地に森下を残すべきか、攻略に連れて行くべきか・・・

 今日中に答えが出る事はないだろう。


「草刈りは終わったぜ」


 キャンプ地周辺の草刈りを行ってくれて居た、公認冒険者が声を掛けてくれた。


「それじゃあキャンピングカーを出しますね」


整地された場所にJupiter号を取り出し設置する、これで風呂とトイレ事情が改善出来る。


「すげー物もってんな、緒方は金持ちのボンボンなのか」

「親はただの公務員ですよ、ダンジョンに潜って稼いで買ったんですよ」

「マジカよ、実際どれくらい稼げたんだ」

「億単位ですよ」

「億かよ、無税だしな宝くじを当てたようなもんか、俺はリタイアするつもりだったけど考え直すには充分な報酬だよな」


 それだけ言うと名前も知らない公認冒険者が離れて行った、彼が億単位の報酬を得られるのかは解らない、だが攻略に参加しているのだからレベルは30以上とそれなりな筈だ、もしミスリルの鉱脈を掘れればワンチャン億万長者も有り得るのでは無いだろうか。


「聡志君、今日の分の物資をお願い出来るかな」


 別の冒険者から水と食料を要求され渡しに行く、出来合いの食料も有るのだが今の所素材と水だけ提供している。


「何にしますか」

「カレーが無難だけど、他の物にしたほうが良さそうだ、また谷口君が荒れそうだからね」


 谷口というのは江下に噛み付いてた公認冒険者の1人で、ジョブは登山家あのテントを張っていた人物だった。

 気持ちは判る、江下が石塚を切り捨てる覚悟をもっと早くしていれば、今頃全員ダンジョンの外に出て居る。勿論谷口と言う冒険者の覚悟が足りなかったという事も有るのだが、誰しも死ぬ覚悟を持ってダンジョンに入っている訳では無い。


「谷口さんってどういう人なんですかね」

「アルピニストらしいよ、ダンジョンに入っているのはエベレストの単独登頂が目的なんだそうだ。今エベレストは一般人の登山が禁止されているでしょ、SDTFから手を回してもらって山に入りたいと聞いたね」


 冒険者が山に登る意味が有るのか、登山家なんて言うレアなジョブを持っているならスキップしながらでも登頂出来るのではと思ってしまう。


「広田さんはどうして冒険者になったんですか」


 料理を作っているやはり公認冒険者の広田のことも聞いてみる、年は48歳ジョブは行商人レベルは31、行商人は攻撃よりの商人でスキルは商人と比べると劣化している、マップは使えるし収納も出来る、ダンジョン攻略に連れて行くには商人よりも優秀かも知れない。


「僕は新宿でレストランを経営してたんだけどね、地上げ屋に店をぐちゃぐちゃにされてね。具体的に言うとバキュームカーを店の中に突っ込まれて店中が汚物まみれにされちゃったんだ」


 これ、絶対あかん奴や、バキュームカーの辺りで話を聞きたく無く成ったのだが、広田は私の様子に構わずに話を続ける。


「もうね、汚物まみれになった飲食店になんて、どれだけ掃除したってお客さんが戻って来ることは無いんだよ、まあそんなわけで店を潰しちゃってね。家族ともバラバラになって、そんな時に冒険者に目覚めてさ、そうなったらやることは一つだよね」


 普通のおっさんに見えた広田からとてつもない闇を感じる。


「地上げをやってた組の事務所にね、汚物の中身をぶちまけてから、1人ずつ話を聞いたらね。地上げを指示たのが銀行だって判ってね、知ってるかな東京赤羽根国際銀行、あそこの全部のフロアーにバキュームカーをお見舞いしたんだ。勿論頭取と地上げを指示した部署の担当者の自宅にも同じ事をするよね」


 話を聞きながら、このおっさんが作ったカレーは絶対に食わないと心に誓った、谷口が変わって居るのかと思ってたが、この話を聞いた後なら谷口が広田が作ったカレーを拒絶した理由が判るって物だ。


「それでSDTFに捕まってね、警察じゃあ立証出来ないと高を括って居たんだけど、SDTFは見逃してくれなかったよ。冒険者として危ない橋を渡るのと引き換えに家族の面倒を見てもらってるんだ。だから僕はね、逃げ出すなんてことは出来ないんだよ」


 広田の闇を見たと思ったら最後にはSDTFの闇まで見せられた、しかし銀行の全てのフロアを汚物まみれにするとか、『収納』を使えば出来るんだろうけどそんな発想すら沸かないな普通は。


「へぇ~そ、そうなんですか」


 返事した声が若干震えている、当然広田には気づかれて居ることだろう。


「御免御免、冗談だよ、冗談。SDTFがソンナコト、スルワケナイヨ」


 絶対冗談なんかじゃないな、ここを出たら東京赤羽根国際銀行のことを調べてやろう、どこかの支店が突然閉鎖されていたら広田の言った事は時事なのだろう。




 昼食後に各グループのリーダーが集められ、情報の共有を図られる、時間ばかり浪費するこの会議だが実際には何の意味も無い。

 現状取れる選択肢は2つしか無いのだ、ボスを狩ってダンジョンを攻略するか、石塚が死ぬまで待つか、それ以外の方法でダンジョンから出られる可能性は今の所無い。


「後10日時間を下さい、そうすれば遠距離攻撃に長けた北川が現場復帰出来ます、その時には私も決断します」


 キャンプまで帰って来た時、そのまま私と涼子と森下で羊を討伐に出ようとしていた、一応報告だけど思い江下に話したのが間違いだった。

 自分が回復するまで10日の時間を下さい、あの時には今にも死にそうな公認冒険者達のすがるような目を見てしまって、仕方なく了承してしまった。あの時江下に告げず自己判断のみで行動していれば、今頃ダンジョンから脱出出来て居たかも知れない。


「隊長さん達が行くのは止めませんがね、ここの守りはどうするつもりなんですか、あの羊の化け物1階にも上がって来るかも知れないって話なんでしょ」


 レベル30にも満たない羊なんてここに居る人物なら、教団関係者以外なら誰でも狩れるだろうに、有るのか無いのかも解らない直接的な睡眠攻撃にビビって居るようだ。


「攻略の人員を含めて検討させて下さい、生活出来る分の物資は提供し続けますので」


 公認冒険者のリーダー格2人と小田切は部屋を出て行った、本来なら英美里がリーダーなのだが、今はターミン一行と共に行動していて、私のコンテナでは無く女部屋で寝起きしていた。


「江下さん物資の提供って私の私物なのですが」

「この件が終わればSDTFからまとめてお支払いします、稟議書が通らなければ私の退職金でもサラ金でも梯子して必ずお支払いします」


 イニシアティブを取りたかったから口にしただけで、食料の料金を本当に欲しかった訳ではない。流石にこの状況が10日、20日と続くのは精神的にきつい、かつて年がら年中逃げ回っていた私がきついと思うくらいなんだ、普通の人間なら精神が病んでもおかしくないのでは無いだろうか。


「話は簡単で、羊を見つけ次第私が遠方から高火力の魔法を一発放てば解決しますよ、移動には森下さんか肥後さん助けが必要ですけど」

「大丈夫、大丈夫です」


 大事な事なので2回言ったと言う訳では無く、自分自信に言い聞かせる為2回言葉にしたのだろう。


「北川特補なら10日で回復して、弓で狙い撃ちが出来るようになります。現場の指揮が私が取れば責任は全て私の物ですので」


 今だに葛藤を抱えて居るらしい、お気楽な事だと思う反面、それが正しい大人のあり方なんだろうなとも思った。




結局私も会議の場から出て外をうろつく、精々周囲20メートル圏内しか安全圏が無いから1人に成ることも出来ないのだが。


「緒方だったよな、助けて貰ってありがとな、少し遅く成ったが礼を言っときたくてな」


 1人に成りたくて歩いていたのだが、話掛けて来たのはアルピニストの谷口だった。


「バタバタしていて忘れてましたけど、あのテントを回収してきたんですが」

「手間を取らせたみたいだけど、そのまま捨てて貰って良いかな、アレは普通のテントで高級品って訳じゃないし。汚れてただろ、新しいのをSDTFに買ってもらう事にするよ」


 話して見ると普通の人のようだ、心の壊れて居る広田や、絶望を経験してきた私とは違っているように思えた。


「この仕事が終わったらアイテムボックスを貰ってエベレストに登頂する筈だったんだけど、上手く行かないもんだよな」

「一つ質問なんですけど、何の為に山に登るんですか」


 私達のようにレベルを上げた人間なら、山登りは危険な行為では無い、限界に挑戦だとか鍛えた肉体を試すなんて事にはならない筈だ。


「山が好きだからだよ、昔は有名になってスポンサーを募りたいとか、金持ちに成りたいなんて野心も有ったが、今じゃあダンジョンに潜った方が稼げるしな」


 報酬の話になって、今回参加した公認冒険者達にはレベル×200万の報酬を得る事に成っているらしい。仮に私が同じ条件だと8800万円貰える事に成るが、強引に中に入ってしまったから何の報酬も得られないかも知れない。

 そうなると最悪、野田には私から幾らか包まないと駄目って事になりそうだ。


「山頂から見る日の出や日の入りは登る苦しさや、下る怖さを凌駕する程に美しい、ただその光景を見たいって事で山に登っているんだと思う」


 三十路おっさんのポエムに恥ずかしさを感じながら、その年まで変わらず熱中出来る物が有って羨ましいとも思えた。





 ダンジョンに入ってから30日、つまり一月が経過したが外には出られて居ないし、結局北川の体調は万全とは程遠い状態だった。

会議では後10日と言う言葉を出していたが、参加の大半はその言葉を信じられなかったし江下もこれ以上は無理だと判断したようだ。


「スリープシープの討伐には私、北条、が前衛を勤め、後衛には緒方さんと緒方さんの護衛に川上さんを配置します。車両の運転は森下がバックアップに肥後君に当たって貰います」


 江下は前衛では無く指揮が勤めだろうとは思ったが、声には出さなかった、羊が見つかった時点で作戦は終了しているだろうから、指揮をする必要はない筈だ。


「こちらの守りは御園を中心にして公認冒険者の皆さんにお願いします。御園が倒れた時には山村さんが指揮を引き継ぎ、防衛が失敗した時には北川が殿に立って避難を行って下さい」


 キャンプ地の防衛は大丈夫だとは思うが小田切達に任せよう、この20日間でそれぞれのステータスを積極的に『鑑定』してくた結果、私と涼子を除くと英美里と小田切の戦闘力は頭一つ抜け出ている。


「森下さん整備の方は」

「勿論万全っす、新品動揺っすよ」


 地下2階に降り、『収納』から取り出した装甲車に乗り込むと森下が運転席に座って、アクセルを全開に踏む・・・装甲車の操作方法なんて知らないからアクセルが有るのか無いのかは知らないのだが、加速していくことは感じ取れた。


「森下特補現在の速度は」

「70キロっすね、これ以上は出ないみたいっす」


 正直に言って履帯が付いた車両が70キロもの速度で動いている事が信じられない、ショベルカーが動いて居る場面を見たことが有るが、あんなの時速10キロが精々なんじゃないかと思えた。


「全員外部の監視を怠らないように、不審な物を見たらどんな物でも声を掛けて」 


 草原を土煙を上げながら装甲車が走っていく、外には不審な物だらけで一々報告していたらちっとも進めないでは無いか。私は『鑑定』が使えるので見間違えたりはしないが、高速走行する装甲車の小さな窓から敵の気配を探り当てるような芸当はできそうに無い。





 2時間は激走しただろうか、腰とお尻が限界だ、そろそろ一旦戻っても良いんじゃないかと考えて居た所で、涼子が装甲車の後部ハッチを開け私の手を掴むと、高速で移動している装甲車の外へと引っ張りだした。


「リュウ君あっち」


 装甲車から飛び降りる瞬間、涼子が指差しで指示した場所を見つめる、小さな点でしか無かったが『鑑定』するまでも無くスリープシープだと言う事が判った。


 『加速』を使って脳のクロックを上げる、周りの景色から色が消えスローモーションの世界に切り替わる。私は大火力の火魔法の呪文を詠唱し、スリープシープの大体の位置に向かって3発魔法を打ち込んだ。




 地面に接地する前に景色が変わる、強引に『加速』を終了させるとそこは、吹田ダンジョン入り口の目の前だった。


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