第85話「セレクション」
テスト期間に突入した、部活は休みで明星道場も中学生は休むよう言われている、私と涼子も皆に習いテスト勉強を行っている。
ここに来て、最近涼子の成績が伸びている理由を知る事が出来た、涼子は教科書や私が授業でまとめたノートを丸暗記している。
順序建てて覚えている訳では無いので、応用は全く利かないが、それでも中学生が定期テストで受けるレベルなら、十分に高得点が狙える。
入試のようなテストでは、時事問題から引用するような問題が出題されるから、一定以上の点数は望めない。
テストは3日間、私はそれなりに自信が有ったのだが、成績を下げる結果に成った。
私の得点が下がったと言うよりも、周りの点数が上がったと言った方が良い、受験を間近にし難関校の受験生が本気になったと言う事だろう。
涼子も、中間に続いての2度めの奇跡は置きなかった、平均よりは上だったが職員室前に掲示される50人には入れなかった。
3年の夏休み前に行わる行事に、三者面談と言うものが有る、進路相談みたいな物で進学先を決めるのだがその順番が回ってきて、私も母と一緒に担任の小田切と面談を受けている最中だ。
「緒方君は1学期学級委員を務め、成績も優秀で生活態度も模範的です。進路は事前にお聞きした通り、慶王の付属と言う事で宜しいですか」
「はい、聡志本人が希望してますし、先日も先方から連絡が有りました。23日に面接と剣道の実技試験が有るって言われたんですが、何か準備をしておく必要が有るでしょうか、こんな事初めての経験で解らないんです」
模擬面接なんて中学でやった記憶が無い、そもそも入試に面接なんか無かったからな。
「必要であれば学校で模擬面接を行います、緒方君の他にも何人かは面接を受ける必要の有る生徒が居りますので」
県立高校でも普通科以外は推薦入試という物があるらしい、成績による学校推薦なので、面接と小論文だけで受験出来るようだ。
ただ公立の試験は遅く、10月に入ってからのようで、夏休み中に試験の有る私と涼子、それに私立を受ける何人かは先行して模擬面接を行ってくれるらしい。
「学校には私も着いて行った方が良いんでしょうか」
「試験当日ですか、その必要は無いかと思いますが、遠方なので送り迎えは必要かも知れませんね」
学校は千葉市内でも少し都心から離れた場所に有る、祖父母の家からでもバスで30分は掛かるから、東兼からだと2時間程度の時間は見て置かなければならない。
「手土産なんかは必要でしょうか」
「それは辞めておかれた方が良いと思います、却って不況を買いかねませんので」
入試に手土産持って行くような親居ないだろ、居ないよな、公立じゃあり得ないが私立なら有るのだろうか、流石にそんな事は無いと思いたい。
「進路は進学で、希望校は慶王付属、公立高校の入試は付属の合否次第と言う事でよろしいですね」
「はい、それでよろしくお願いします」
公立高校の入試は制限が有って、県内でも学区が設定されている上に、1校しか受けられないと言う制約が有る。その受験希望の締め切りが10月頃に有ったはずだが、途中1度だけ志望校の変更が出来たように思う、体感的には30年も昔の事なので曖昧な記憶だが。
「他に何か質問はお有りですか」
「そうですね、学校での友達との付き合いとかは、大丈夫でしょうか。以前は家に友達を呼ぶような事も有りましたが、最近は涼子ちゃんくらいしか来ませんので、少し心配してます」
友人を家に呼ぶか、そう言われて見たらそんな事一切してなかったな、昔の記憶をたどると、甲斐なんかは良く家を訪ねてくれた。あの頃涼子の件で塞ぎがちだった私を元気付ける為だったのだろう。
「緒方君は、クラスの中では中心的な役割をはたしてくれてますし、男女問わず人気が有りますよ」
私に聞かせるには不向きな話題になりそうだったから、三者面談は終わって私一人が先に出される、残りの時間は二者面談となるようだ。教室から出て廊下に並べられた椅子に、次の面談予定の牧瀬ありさと母親が座っていた。
私が軽く会釈をすると、ありさの母親も会釈を返してくれた、美少女のありさに比べ母親の方は普通のおばさんと言う感じだった。
年齢は母より少し上に見えるから五十路と言う所だろう。
「緒方君もう終わったの」
「今は中で母さんと先生が話ているから、もう少しかかるんじゃないかな」
私はありさの何処が好きだったのだろうか、まかさ顔だけと言う事は無いと思うのだが、その辺りの記憶も定かではない。
何か切っ掛けのような物が有った気がするが、そもそもが中学生の恋愛だ、大した理由も無かったのかも知れない。
「緒方君ってやっぱり付属を受けるの」
「そのつもりだよ、牧瀬さんは何処の高校を受けるつもりなの」
「私は櫻東を受けるつもり」
流石に櫻東に牧瀬が居たら覚えて居たと思う、記憶に無いと言うことはそもそも受験しなかったか、落ちたかのどちらかだろう。
話題を変えて無難な話をしているうちに母が教室から出てきて、代わりにありさ親子が教室の中に入っていった。
「聡志この後一緒に帰る?」
教室から昇降口に移動する間に母から訪ねられた、 予定らしい予定は無いし、歩いて帰るよりは母の車で帰った方が楽かと思い、車で一緒に帰る事にした。
「聡志は庄司君って子と仲が良いの?」
「庄司って?」
誰だそれ、名字だけ言われも解らない、母が聞いてくるのだから同級生だとは思うが誰なんだろうか。
「2組の子らしいんだけど、少し仲間はずれに有ってるんですって。聡志がそのグループには入って無いと思うけど、どういう子か知ってるのかと思って聞いて見たの」
唐突だな、恐らく私が教室から出た後二者面談で聞かされたのだろう、しかし本当に心当たりの無い人物だ、私や涼子関わって来なければどうでも良いのだが。
「下の名前は解るの」
「聞いたけど覚えて無いのよ」
こういう話はあずみに聞くのが1番だろう、私が庄司を知らないと知って安心した母は、もうこれ以上この話を続けなかった。
「あずみさん、2君の庄司って知ってる」
涼子が1番に模擬面接を受け、2番目は私、同じく面接を受ける3番目のあずみに昨日の話を聞いていた。
「今更それを聞いて来るんだ。捨吉の子分だった一人よ、南みたいな近い関係じゃ無くて、虎の威を借りる感じで偉そうにしてただけのバカ。捨吉達が居なく成って仕返しに苛められてるみたいね」
捨吉の関係者か、側近だったら学校どころかこの世に居られたかも解らない、関係が遠くてラッキーだったな。
「私達には関係無い話だったみたいだね」
「関係無いって事は無いんじゃない、庄司をシカトしてるのって小川さんが女子の中心人物よ」
ああそうですか、学校側が把握している生徒の交友関係で、真由美と私が繋がっているから小田切が母にイジメの話をしたのだろう。
「その庄司と真由美の間に何か有ったの?」
「俺の女になれって言うような事を言ったらしいわね、当然小川さんが断ったら捨吉の事を持ち出したんだけど、あいつ直ぐに居なく成ったでしょ。前から嫌われてたから男子からは殴られて、女子全員から完全に無視されてる状態ね。修学旅行前から学校にも来てないんですって」
登校拒否したのが修学旅行前と言うのが若いやすい、班決めでハブられたんだろうな、そんな態度を取っていたら当然だが、俺の女になれか捨吉の言動を真似たのか。
「やっぱり関係無いって事で良いんじゃないの、学校からまた一人バカが居なくなったって事でしょ」
「私達はそれで良いけど、先生達はそれで済まないんじゃないの。庄司の所って母子家庭で色々面倒なんだって」
母子家庭の支援団体か、共産党が騒ぎ出したか、2組の担任は捨吉達を見捨てた生徒指導担当の松岡だ、アレが担任じゃまともに対応しないかも知れないな。
「あずみさんのお母さんの所にもその話が回って来てるの?」
「庄司の話?その話は聞かないけど、出目金がだらしないって話はよく聞くわよ」「出目金?」
「聡志君学校の事、何にも興味無いでしょ。松岡のあだ名よあだ名、眼鏡を掛けて目が出てるから皆出目金って呼んでるのよ」
教師のあだ名なんてあずみの言う通り全く興味がない、他の教師陣にもあだ名が有るのだろうか」
「小田切先生のあだ名も有るの」
「私の口からは言いにくいよ」
あずみが私の耳元に近寄ってきて囁く。
「だってこの間一緒に買物に行ったじゃない、男子からはセクシーオッパイ、女子からはオッパイオバケって呼ばれてるわよ」
男女問わずオッパイ呼びか、その気持は痛い程解るが、本人には絶対に聞かせられないあだ名だな。
「それは人前では呼びにくいあだ名だね」
「理科の梅本はヒステリックエジソン、学年主任の磯村はイソギンチャック」
本人の性格や容姿に起因する物から、名前の語感から付けられたあだ名まで様々だが、卒業したらみんな忘れて行くのだろう。
「梅本先生がヒステリックって言うのは解るけど、何で磯村先生はチャックなの」「社会の窓が全開だった事が有るんだって、代々受け継がれて居るあだ名だからいつチャックが開いていたかは知らないわね」
模擬面接が終わり、疲れた表情の涼子と入れ替わりに私が中に入ったので、あずみとの雑談は終わった。
終業式が終わり夏休みに突入した、クラスメイトの大半が野球部の応援に球場へ出向いている、準決勝を大差で勝ち上がったガッツ達が決勝戦を千葉の県立球場で行っている。
その頃私と涼子は明日に迎えたセレクションの為、道場で大人達相手に模擬試合を行っていた。
「緒方君に勝てる高校生なんて居ないんじゃないでしょうか」
「それは買い被り過ぎですよ、肥後さんの弟さんにも勝てるか判りませんし」
肥後巧だったか凄腕の中学生剣士っと言う話は聞いている、それでも負ける気なんかは一切しないが。
「巧が緒方君とやりあったら5秒と持たないでしょう、面の一発で意識が持って行かれると思います」
「そんな事はしませんよ、常識的な高校生で行くつもりです」
既に私が付属に行く必要性や剣道を続ける意義は無いのだが、それでもここまでお膳立てをして貰ったのだ、今更辞めてダンジョンに集中しますなんて、言えるわけが無い。
「川上さんも絶好調のようですね、森下さんを圧倒してます」
森下と肥後とが模擬戦を行うと、森下が若干優位に試合を運ぶ、森下も涼子のように天性の才能を持っているのかも知れないが、凡人で有る私では判断がつかなかった。
「負けっすよ負け、涼子ちゃんには敵わないっすね」
「和美さんすごいよ、私リュウ君以外で本気出せるのって和美さんだけだもん」
涼子も仕上がって居る、涼子が今やらないければならない事は剣道なんかじゃ無く、常識や礼儀作法を学ぶ事だと思うのだが、付け焼き刃でどうにななるもんでも無いか。
「お二方とも素晴らしいです、そろそろ練習は辞めにして、道具の手入れをしてから運びましょうか」
試合が行われるのであれば、防具と竹刀は必須だ、『収納』して運べば何の手間も無いがそういう訳には行かない。道場で車座になって防具や竹刀を磨いていく、剣道袴の臭いが気になって車に運ぶ時浄化の魔法を掛けた。
いよいよ面接本番セレクションの当日がやって来た、母の車に涼子と涼子の母親が同乗している。付属校の入り口前では担当の職員が居て、道場の前えと誘導され、荷物を全ておろしてから面接へと向かう事になる。
保護者は待合室で待つよう言われ、私と涼子は受験者の待機室で有る会議室へと案内された。
「緒方聡志君と川上涼子さんですね、しばらくお待ち下さい」
会議室に居るのは私と涼子の2人だけで他には誰も居ない、若干緊張しながら会議室の椅子に座っていると、係の人が呼びに来て私と涼子揃って校長室へと案内された。
「お待たせして申し訳無い、既にお二人のお母様には説明しましたが、当校への入学を歓迎致します。これが合格証です」
面接を受けるまでも無く既に合格を名言され、合格証書を受け取ってしまった。あの模擬面接が全くの無駄になってしまった、こんなのは面接とは言わないだろう。
「後の事は剣道部の氏家先生にお任せします」
それだけ言うと私と涼子は会議室に戻され、そう時間も経たないうちに剣道部の顧問である、氏家がやって来た。
「半年ぶりだな2人とも、色々有って謝りにも行けなくて悪かったな」
事件に巻き込まれた後付属から謝罪が有ったはずだが、私は直接その場に居なかった、父と母が対応していたので大まかな事しか知らない。
「うちも色々有ったんだよ、色々」
そりゃあアレだけの事が有ったんだ、何も無く運営出来ていた方がよほど怪しい。男子部は実際無関係では有ったのだが、一緒に打ち上げ会場に居たのだ、女子部の生徒が関わって居ただけと逃げを打つのも難しかったろう。
「それでこれからどうすれば良いんですか、道場で試合するんですよね」
「この半年で鈍ってないかは確かめて置きたい所なんだけどな、昨日県大会が終わった所で、うちの部員は誰も居ないんだ」
インハイの県大会か、そう言えばこんな時期に行われて居たな。
「結果はどうだったんですか」
「気になるよな、やっぱり。男子は順当に優勝して関東大会に出場だ、女子は決勝で破れて準優勝だったが、関東大会には出られるよ」
「おめでとうございます」
男女共に関東大会に出られるようだ、事件後女子部の方は大半の生徒が退部したと聞いていたのによく盛り返えせた物だ。
「道場で着替えてくれるか、2人とも俺が相手をする、川上には悪いんだが今日は女子部の顧問は関東大会の手配で忙しくて居ないんだ」
「それは良いんですけど、美奈子先輩もその関東大会に出場するんですか」
「美奈子と言うと明星の事だな、残念だが彼女は補欠にも選ばれ無かった、関東大会が終わるまでは自主練と言う事になるだろう」
全員で応援に行くイメージだったのだが、会場に選ばれた群馬の会場が広さの関係で入場者を絞ったらしい。
「じゃあ北海道合宿に行けそうだね」
「合宿するのか、北海道で」
「はい明星道場で合宿する事になってます」
「お前ら2人と練習するってんならその方が良いな、残りの連中も連れてって貰いたい所だが、北海道は遠すぎる」
私達が知っているメンツだと千葉が副将で大会に出場するらしい、男子部の方は3年が主体で唯一2年でレギュラーに入ったのは鳥羽上だけのようだ。道場までの道すがら氏家が教えてくれた。
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