第52話「コスモ商会支店出店計画」

 コスモ商会の支店機能がより有能そうな事が判明しまずは私と涼子宅の近くに支店を置く計画を立てる、場所は徒歩2分程の民家で家主は亡くなって久しい。売りに出された土地屋敷は100坪の敷地と30坪の屋敷で2500万、家の方が値段が付いておらずむしろマイナス評価、更地なら3000万以上で売れるらしいが結局コンシェルジュ早川ユリコの活躍も有って2000万で購入出来た。購入したボロ屋敷をコスモのスキルによって支店化してもらった、場違いな西洋風の屋敷では有ったが同じような家が無いわけでは無い。


 購入した住宅は不動産屋を通じSDTFに賃借を申し出て森下和美の仮住まいとしてもらい家の前には黒塗りのベンツとハイエースが並んでいる。


「まるで犯罪組織の隠れ家みたいだね」

「隠れては無いけどね、私ならここの住人とはご近所付き合いはしたくないかな」


 涼子と私が家の評価をしていると建物から森下とげっそりと痩せた肥後が現れた。


「肥後さん無理なダイエットは禁物ですよ」

「違うんです緒方君、わずか3日の間に92時間ダンジョンに潜り続けて居たんです」


 3日間は72時間だから20時間の齟齬が有るが理由は聞くまでも無い、ダンジョン内の時間の流れでそれだけの時差が生まれたのだろう。


「1回でどれだけの時間潜ってたんですか」

「4時間から6時間です」


 平均5時間として18回もアタックしたのかそりゃあ体調を崩してもおかしくは無いだろう。


「同じメンバーで繰り返してですか」

「リーダーの江下警視はずっとですね、レベルも唯一20まで上がってます」


 先日会った時はレベル10だったから下級ダンジョン地下一階を回って3日で更に10レベル上げたのか公務だとは言えよくやるよ。


「じゃあ肥後さんもレベルが」

「はい私はレベル23に成りましたから緒方君と川上さんと同じです」

「地下1階でですよね?」


 地下1階で得られる経験値でそこまでレベルを上げるのは無理ゲーなんじゃないかと思う、雑魚キャラ倒してレベル上げって現実じゃあ苦行でしか無いだろう。


「はい勿論1階でです」

「御園さんと北川さんは?」

「先輩はレベル16で北川警部補はレベル15です。後は北上警部が戦線に復帰してレベル19まで上がってます。その他に50名程を代わる代わるレベル10までレベリングを行いましたが後半は殆ど記憶に有りません」


 20人×レベル10までのレベリングを繰り返して居たわけか、私と涼子が組んでマッピングをコスモに任せた上での森下レベリングでも行き帰りで2時間休憩に1時間の合計3時間は掛かっていた、それを18回のアタックで達成しようとなるとその程度に時間が掛かってもおかしくは無いか。


「その50名全員がSDTFの職員なんですか」

「違うと思います、中には緒方君たちと年齢の変わらない子達も居ましたので」

「剣人先輩そろそろ中に入りませんか、聡志君と涼子ちゃん寒寒がってますよ?」 


 支店の中に入る、スキル『出張販売』には支店の構築の他無人の販売買取所が存在する、この建物無いにも当然それが存在するのだが見た目は巨大な自販機と言う感じだった。


「紅茶と珈琲どっちが良いですか、私の『調理』スキルでどちらも抜群の美味しさですよ」

「珈琲ブラックで」

「私はミルクティー」

「手伝いますよ森下特務巡査部長」

「剣人先輩も座って下さい、そして私の事は名前で呼んで下さい。階級呼びはご法度だって何度も言ってるじゃないですか」


 結局肥後も珈琲を頼んで4人でテーブル席に座って肥後が体験したパワーレベリングの詳しい話を聞いた。


「江下隊長はレベル20に成っても同格のゴブリン相手になんとか勝てると言う程度です、ホブゴブリンだとレベル差が無いときつそうでした。ですがスキルの影響で全体指揮を取っているとその効果は隊全体に恩恵が与えるようでした。人数の制限までは判りませんでしたが少なくとも10名までは指揮下に置けたようです」

「他の二人は?」

「御園先輩はレベル15で『不意打ち』と言うスキルを取得するとモンスター相手に気づかれず先制攻撃が出来るようになって同格以上のホブゴブリンにも対処出来ていました」


 詐欺師の御園でもレベルが上がると戦えるようになったようだ、しかし軍師で有る江下はレベル20と言うレベルに達しても人外の力を得る事が出来なかったようだ。


「御園さんの武器は何でした?」

「虎守茂商店謹製のグレイブと言う槍のような武器です、御園先輩学生時代に薙刀の経験が有りますから」


 グレイブと言われてもピンと来なかったが剣状の穂先が付いた槍らしい、人形劇の関羽が使っていた槍と言われてなんとなく理解出来た。


「北川特務警部補は弓使いで秋葉原ダンジョン内では正直に言いましてレベル15まで戦力とは言えませんでした、しかしレベル15で覚えた『乱れ打ち』と言うスキルを使うと一本の矢が無数に別れて飛んでいきモンスターを針の山に出来るようになってからは無双状態でした、矢が尽きるまでは。元になる矢は有限なので『収納』のスキルを持つ冒険者と同行するか、コスモ君のような販売系のスキルを所持する冒険者が一緒に居ないと攻略は難しいと感じました」


 魔法を駆使する私が言うのもなんだがスキルは物理法則さえも捻じ曲げるのか、弓を使った矢の軌道だと山なりになるはずなので迷宮内ではそもそも使えないとばかりに考えて居たのだが誤りだったらしい。


「他に気になる人は?」

「攻略隊トップの北条大吾特務警部です」


 現在のレベル筆頭は江下だが直接的な攻撃手段としては戦士の北条が未だに上か。


「北条特警はバスターソードと呼ばれる大型の両手剣を持って戦う戦士です、攻撃に特化していて防御力は甘めです。格上のホブゴブリンは最早相手に成りませんでしたから地下1階でもう遅れを取る事は無いと思います」

「大怪我を負ったんだよね、その北条さん」


 涼子が不審がっている、後藤がレベル15の時鎌倉ダンジョン地下1階でそんな大怪我するほどの攻撃を受けただろうか、地下二階に降りたとしたなら怪我どころか死んでいる筈だ。


「攻略隊の他隊員の構成の所為だと思います、北条特警に負担が集中して居たのでしょう」

「この先も肥後さんがパワーレベリングを指導するんですか」

「パワーレベリングがどういう物か判りませんがこの先冒険者のレベル上げに同行する必要は無いそうです。それよりもコスモ君のレベルを安全に上げて欲しいと言う指示を受けました」


 何故コスモのレベル上げか、そんな物商会が扱う様々なアイテムが目当てに決まっている、魔法薬1つとっても現代科学のレベルを2つ3つ余裕で越えている代物だからな。


「地下一階でレベルを上げるのは非効率過ぎですよね、階段は見つけましたし地下二階を覗いて見ますか」

「秋葉原ダンジョンに潜ったんですか、そんな情報は聞かされてませんでした」


 私と涼子視線が森下に突き刺さるがしれっとした顔で「報告は行いましたよちゃんと」と言う返事が帰ってきた。


「肥後さん本業の方は大丈夫なんですか」

「昇進して移動と言う扱いで本庁勤務なんですが警視庁に私の席は無いんですよ、SDTFの統括本部とここが私の配属先です」

「昇進おめでとう御座います」


 私と涼子が昇進を祝ったのだが肥後が浮かない顔をしてる。


「巡査部長に成れたんですがSDTFでは私が一番下の階級なんですよ」

「森下さんも同じですよね」

「はい私も巡査部長で剣人先輩とオソロですよ」


 森下が嬉しそうに会話に混じってくる。


「SDTF所属のダンジョン攻略隊は1階級上の扱いなんです、ですから森下特務巡査部長は警察内では警部補扱いなんです」

「警部補って言えば遊馬さんと同じですか、それはかなり凄いんじゃ無いですか機動隊の小隊長だって聞きましたよ」

「辞めて下さい私なんてSDTFのお茶くみ係なんですからそんな凄い人達と一緒にしないで下さい」


 能力や人柄それに勤務状況を考慮されない形でただSDTF所属と言うだけで森下の方が肥後より高い階級に有ると言う事実が発覚した、何故森下をSDTFに出向させて肥後が警察内に留まっているのか私達には解らない力学が働いて居るのだろうな。


「一般の冒険者を含めて聖職者らしい人間は居ましたか」

「冒険者のジョブとスキルは隠されて居ました、私には『鑑定』能力が有りませんのでそういう意味でも緒方君とコスモ君をレベル上げの随行員として採用したくなかったのでは無いでしょうか」


 冒険者の情報が筒抜けになる事を避けたか、確かに一理有る話だ。


「では安倍マリアか自称勇者の中町町子は居ましたか」

「冒険者達が本名を名乗っていたとするなら居ませんでした」


 神託の安倍マリアも公安から警告されていた中町町子も両方まだ邂逅には至ってないと言う事なのだろう。


森下が入れていた珈琲と紅茶が入ったので一旦ブレイクタイムに入る事にした、お茶請けは洒落たお菓子でマカロンが付いて来た。


「美味しいんですけど」


 涼子が驚きの声を上げて居る、勿論私も驚いたまず珈琲に関して言うなら私がブラックカードで買っているブレンド珈琲より遥かに旨い、悪い豆で無いと思うが100g3000円のブレンドより上等な物を使っているとは思えない。


「警察を辞めて喫茶店でも始めた方が良いんじゃないですか森下さん」

「聡志君もそう思っちゃう、実は私もそう考えて居たんだ。でもねSDTFに出向する時10年は辞めないって言う書類に署名捺印したから三十路になるまでは駄目なのよ」


 半分嫌味で言ったのだが森下には通じなかったようだ、手製のマカロンも記憶に有る限りこんな旨い物では無かった。甘いものが苦手な私だったがこれならもう2つ3っつは珈琲受けに口にしても良いと感じられた程だった。


「スキルの力って偉大なのね、私も『調理』スキルが良かったな」


 涼子の料理の腕前は大した物だとは思うがそれはやはり家庭料理としての腕前でスキルを使った森下の料理は一線を画していた。


「私は涼子ちゃんみたいに素敵な恋人が欲しいですけど」

「それは当然渡せないよ」

「聡志君も素敵な人ですけど、私としては年上の引っ張って行ってくれる頼りがいの有る優しい男性が良いです」


 森下のロックオン先は私ではなく当然肥後のようだ、肥後と森下か、御園よりは森下の方が肥後とお似合うだとは思うが肥後の眼中に森下は無いだろうなと勝手に想像した。


「他に何か気づいた事なんて有りませんでしたか」

「そうですね、全体的に槍を持った冒険者が多かったように思います」

「それはアレですよ、素人が一番攻撃力が高くなるのが槍だって話ですよ、昔の戦いで足軽が使っていたのも槍でしょ、だから刀や弓に比べると覚えるのも使いこなせるのも槍が一番だそうです」


 槍か、槍ね私や涼子の戦い方からすると長物は使いにくい、特に高速で移動出来る涼子だと切断に特化した刃物が最適だと思われる。もし剣道をはじめて居なければ槍でも問題なかったように思う、ただサードジョブの勇者に適合するのは刀剣類だった事に違い無い。


「逆説的に斧と刀を使っていた冒険者は戦闘職のジョブを持っていたのでしょうか」

「それはどうかな、私やリュウ君それに肥後さんだって剣道の経験者でしょ、なら刀を使ってみたいって思うんじゃないの」

「それはそうかも知れませんね、刀を購入のはハードルが高いですが斧ならホームセンターでも手に入れる事は可能ですね。SDTFと接触前からダンジョンに潜っていた冒険者なら槍以外を使っている人物が居てもおかしく無いですか」


 剣道と剣術は違うように思うそれは私達が十和子の教えを受けたからでそれが無ければそんな事考えもしなかったか、母と十和子が知り合いで良かったなと改めて感謝した。


「そう言えば1人だけ変わり種の冒険者が居られましたよ」

「それはどんな人だったんですか」

「甲賀忍者16代目服部半蔵だとかでジョブは忍者マンだそうです」

「それって変わり種じゃ無くて変わり者のじゃないの」

「忍者見てみたいっす」


 暗殺者か盗賊のジョブだろうか、本当に忍者なんてジョブが有るならそれは異世界じゃなくてゲームの世界観だ。


「彦根ダンジョンで活動していると言う話でしたよ、服部さんは県庁の観光課勤務でリーダーをされている方は彦根の高校に勤務されている教師だと仰ってましてました」


 彦根ダンジョンにも興味が有るがそれは関東のダンジョンがどうにか成った後での話だろう、まずは生活圏をどうにかしないと前の世界と同じような破滅の道を進むことに成りそうだ。


「学校の先生ですか」

「はい確か井伊直子と言う女性の方でした」


 私は歴史にそう明るくは無いが井伊家の女性当主で井伊直虎と言う人物が居たくらいは知っている、まさかとは思うがその井伊家直系の人物が冒険者稼業を行っているというのだろうか。


「どちらにせよ関東が落ち着くまでよそに行く気は無いですけどね」

「それで良いと思います、東京が陥落することは日本と言う国が無くなる事は同義ですから」


 九州出身の肥後は向こうの事が気になるのだろう、友人知人親族が地元に残っているだろうから気にならないという事の方が嘘になる。力に成りたい気持ちは有るが私は救世主なんかじゃない少し先の未来を知るだけの一般人に過ぎないのだから。


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