第20話「新宿の商人」

 家で母に明日、鎌倉の涼子親父さんの墓参りに出かける事と、電車賃一万円をもらったことを伝えると「どういう事なの?」と聞かれたので涼子と付き合うことになったことも伝えた。


「いつか涼子ちゃんに押し切られると思ってたけど意外と早かったわね。お金はもらっておきなさいお正月にお年玉で返すから、それとこれは昼食代は聡志が全額出すのよ出してもらうなんて男として論外だからね」


 最初から涼子に出させるつもりなんか無い、島田からせしめた慰謝料は甚八との悪巧みに全額ベットするので、手を出すわけには行かなかったが、小銭程度なら許容範囲としとこう。まだ10万も使ってないはずだし。


「お義父さんとお義母さんのお墓にも行かないとだめなんだけどいつ行く?」

「何時でも良いけど叔母さんって今年帰ってくるの?」

「今年は忙しいから無理だって、彰人さんが呼吸器の部長に昇進で泊りが続いてるみたい。医者なんて因果な商売よね、聡さんもお盆にまとまった休みは取れないみたいだし今年も秋葉台に顔を出せるのは私だけよ。当然聡志は来るわよね、聡志も来ないんじゃお父さん機嫌が悪くなって仕方ないんだもん」

「徹が居れば大丈夫でしょ」


 叔父が独身を貫いているので、祖父母の視線は自然と次男の徹に向いている、家を継がす程の財産があるわけではないのだが、古い家なので色々根深い問題が多い。

 それを嫌がって徹は関西の大学に行ってしまったのかも知れないな、私は徹のような生き方は出来そうに無いが。


「それ絶対に聡さんに言わないでね、立花の家の事は陽一がどうにかする問題だから」


 これ以上徹の話はまずそうなので、祖父母の墓参りの日程を決め母の里帰りにも着いていく事で話をまとめた。

 昼食代兼小遣いで2万円渡された、中学生に与えて良い金額には思えないが、バブルの恩恵と世間知らずの母に感謝して、ありがたくもらっておいた。


 翌日の朝涼子と一緒に駅に向かう、父が珍しく家に居て送迎を買って出てくれた。


「珍しいねこんな朝早く」

「盆休は今日と16日の2日間だけだから聡志の顔を見られるのは今日だけだからね、たまには車でドライブも良いかなと思うんだ。このまま小網まで送って行くよあそこなら急行が出ているだろ」


 小網市は近隣都市では最大で私が都市銀の口座を作りに行ったのも小網だ、各駅停車で二駅先の都市なので車でも電車でもそう変わらないが、父は親子の触れ合いだとかそう言う事を考えているのだろう、私にも経験がある。


「それにしても聡志が剣道を始めるなんて意外だったよ、父さんこれでも学生時代にテニスをやっててそこそこ強かったんだぞ」


 父がテニスをやっていたのは本当だが、地区予選で一勝しただけで、そもそも体を動かす事には向いてなかったようだ。


「父さん千葉高校から大学は何処に行ったんだっけ」

「千葉大だよ、私だけじゃなくてお祖父ちゃんも千葉大の医学部だったんだ」


 私の通っていた県立千葉大学ではなく、父が卒業したのは国立の千葉大学医学部。   

 もともと千葉医科歯科大学だった物を、戦後いくつかの学校を内包し、国立総合大学として新生された。

 現在でも医療部門に重きを置いているから、全体的に難易度が高い大学だった、当時の私の成績では、二次試験に進めずセンター試験で足切されて居た事だろう。


「それでテニスも強かったんだ」

「どうだったかなもう昔の事なんで忘れてしまったよ。でも綾子は何でも出来たな兄妹なのに何でだって思った事もあったな」


 叔母がスポーツが得意だって話は聞いた事は無い、しかしスキーや乗馬に行った話は聞いた事がある、運動音痴の父よりは身体を動かす事も得意だったのだと思う。

 父が涼子に対して話題を振り出した、息子の彼女がどんな子なのか、息子とのコミュニケーションよりそちらの方が本命だったか。


「涼子ちゃん学校で聡志はどんな感じかな」

「学級委員に先生から指名されてましたし、先輩からの評価も高いので好かれていますよ。あと文化祭で演劇に出演するのでお父さんも見に来て下さいね」

「聡志が演劇に出るのか、馬の足以来だね」


 馬の足?何の事だと考えて、ああ保育所か幼稚園でそんな事をやってた写真があったなと思い出した、ただその時の記憶は無いので、愉快な出来事ではなかったのだろう。


「文化祭って文化の日にあるんだったかな」

「今は10月の初めに代わったんだ、昔は11月にやってたみたいだけど推薦入試の時期と重なるから早めたんだってさ」


 本来は体育祭が終わった後直ぐにやりたかったらしいが、準備期間が取れないと10月中ごろで落ち着いたようだ。

 誰が決めてるのか知らないが、ご苦労様としか言い用が無い。学校行事に興味が持てなくなった私としては、中止になったほうが有り難いくらいだ。


「10月か・・・休みを取るのは難しいだろうな」


 10月は学会の時期で毎年父は家に居ない、勿論病院の事があるので必ずしも参加できないのだが、参加しないと最新医学について更新できなくなる。私と同じ市の公務員でもあるにも関わらず、学び続けなければ成らない医師とは、特殊な仕事だと思わされる出来事だ。



 二駅先の小網駅までは30分程のドライブで到着して、ホームまで見送りに来てくれ、車両内で食べるようにと駅弁まで買ってくれた。

 流石に在来線で駅弁を食べるのはどうかと思い、東京駅で奮発して特急に乗り換えることにし、電車に乗り込んだ。


「リュウ君のお父さん楽しそうだったね」

「息子の彼女を乗せてドライブ出来て楽しかったんじゃない」

「もう」


 涼子は照れていたが、私は正式に涼子に付き合おうだとか好きだなんて告白めいた事は行っていない、最低野郎だと侮蔑されそうだが、やはり心のどこかに優子と明雄2人の事を諦め切れないのだ。


 電車は定刻通り東京駅に到着し新宿まで山手線で移動する、新宿駅からは私鉄で特急に乗り換え鎌倉まで向かう。新宿に到着して、涼子がトイレに行きたいと言うので、荷物を持って改札を出た所で待つ事にした。


「お兄さんちょっと良いですか」


 見知らぬ少年から声を掛けられた迷子だろうか。


「迷子になったのかな、それとも・・お兄さんに何か用があるのかな」


 思わずおじさんと言い掛け、慌ててお兄さんと言いなおした、とっさの時に癖が出てしまう気をつけなければ。


「僕迷子じゃないよ、ちょっとお兄さんがお願いがあって声をかけたの、お兄さん耳を近づけて欲しいの」


 内緒話でも有るのだろうか、子供のお願いだったから素直に耳を貸してあげた、迷子になった事が恥ずかしくて大きな声で言えないのかも知れないしな。

 しゃがんで少年に耳を貸す為顔を横向けると、少年が耳元で囁いてきた。


「お兄さんって勇者さんですか、勇者さんなら一緒にダンジョンに入ってくれますか」


 思いもしない言葉に、私は少年に向かって道化師のスキルの1つ『鑑定』を発動させたが弾かれた。


「?」


 少年が小首をかしげている、鑑定された事に違和感を抱いたためだろうか、こいつはとんでも無い事になったな、少年を懐柔して情報を引き出さなければならない。


「私は勇者じゃ無くて賢者なんだけど、自己紹介がまだだったね。緒方聡志14歳の中学2年だよ、よろしくね」

「はい、始めまして悠木虎守茂9歳の3年生です。職業は商人でレベルは1です」

「コスモ君?」

「はい虎守茂です、お父さんが好きなアニメの主役にちなんでつけたって言ってました」


 それ駄目なタイプの主人公で最終的にみんな死んじゃう奴だから、すでにこの頃からキラキラネームが存在したか、せめて亜夢呂にしとけよこっちの方がまだ期待感があるから。

 悠木の姓に引っ掛けて名づけたのだろうけど、一度その親父に面と向かってコンコンと説教しなければならないな。


「レベルが1なんだ・・・」

「はい商人なので商売したら経験値が入って来て、レベルが1に成りましたでもこれ以上商売だとレベルが上がりそうに無いし、ダンジョンを攻略しないと大変な事になるって女神様が」


 この瞬間私は神の存在を否定したくなった、こんな子供に重大な局面を背負わせるなんてろくなもんじゃない。


「家は何処なのまさか1人で来た訳じゃないよね」

「お姉さんと一緒です」


 どうも1人でここまで来たわけじゃなく、大人の女と一緒に新宿駅まで来て、勇者探しをしていたそうだ。その女も子供1人を駅に立たせるなんて何を考えているのだろうか、こんなのも一種の虐待では無かろうか。


「賢者様だったんですね一緒に来てくれますか?」

「私1人でここに来たわけじゃないんだ、友達と一緒でも大丈夫かな」

「普通の人だとダンジョンに入れないから駄目って女神様が、仲間をツノッテダンジョンを攻略しなさいって、僕なら誰が仲間に出来るか見分ける事が出来るからって」


 つまり鑑定能力を使って私たちのような能力のある人間を集めろって話で、虎守茂君が必ずしもダンジョンに入る必要は無いって事だな。だが目の前に居る少年はダンジョンに入る気満々でいる、ユウ君もマナミちゃんも虎守茂君と同じような気持ちだったのだろうか。


「私の友達もダンジョンに入れるから大丈夫だよ」

「そうなのじゃあ一緒でも良いよ」


 お手洗いから涼子が帰って来る間に、虎守茂君の家族構成と住まいの住所を聞き出せた。

 虎守茂君の自宅は白金台に有って、かなり裕福な家庭の子のようだ、虎守茂なんてふざけた名前付けるくらいだからろくなもんじゃないと思っていたが、金を稼ぐ才能は持っていたらしい。

 父、母、姉、そして虎守茂君の4人家族で、祖父母は同じ敷地の別屋敷に住んでいる、つまり先祖代々の金持ちで、ふざけた親父が一代でのし上がった訳では無いらしい。

 学校は横浜でなんと慶王の本校初等部だと言う、今年からは定期を使って電車通学をしているので、新宿駅周辺の事も私よりも詳しかった程だ。


 そんな話をしていた間に涼子が帰ってきた、涼子の姿を目にした虎守茂君は私の背中に回りこんでぎゅっと上着を掴んでいる。

 これはアレだ、タックン事横田武と同じで涼子にビビッて居る、理由は明確には判らないのだが、タックンの他ににも涼子を怖がる子供が居る。

 涼子の猟奇性や暴力性を肌で感じられる繊細な子が、涼子の突出した戦闘力の高さに気づいているのだろうな。


「大丈夫コスモ君、このお姉ちゃんは襲ったりしないから」

「お姉ちゃん僕の事ぶたない?」

「リュウ君迷子を保護したの?お姉ちゃんは子供の味方だから勿論コスモ君の事をぶたないよ」


 人通りの多い場所で立ち話を聞かれても敵わない、はたから見たら子供がゲームの話をしているように聞こえるだろうが万一と言う事もある、コスモ君にお姉ちゃんが待ってる場所に連れてってと頼むと、先頭に立って先導してくれた。


 連れて来られた場所はオフィス街の一角にあるしゃれた喫茶店で、コスモ君がドアを開けて入っていくので、私と事情の飲み込めていない涼子も一緒に中に入った。


「コスモ君お帰りなさい、その様子だと見つかったのね良かったわ」


 コスモと私たちを出迎えた女性のお腹は大きかった、今にも生まれるんじゃないかと言う妊婦で、既に臨月を迎えて居るのではないだろうか。


「奥にどうぞ、ここじゃ落ち着かないでしょ上がって上がって」


 案内された場所は個室で6人掛けのテーブルが置かれている、部屋の広さは4畳か4畳半テーブルの席に座ったら壁までの余裕は無い。個室に入ってきたのはコスモ君と私と涼子、それに妊婦の4人で店に居た他の従業員は入ってこないようだ。


「コスモ君どこまで話した?」

「聡志お兄ちゃんには、ダンジョンに一緒に入って欲しいって事は言ったよ。あと女神様にダンジョンを攻略しないと駄目だって言われた事とか」

「ダンジョンってあのダンジョン?新宿にもあるの」


 涼子がダンジョンと言う言葉に反応して、思わず立ちあがって問い質してる、コスモ君が怖がるから辞めて欲しいのだが。


「じゃあ自己紹介から始めましょうか。コスモ君2人ともダンジョンに入れる人って事で間違い無いのね」

「うん」

「私の名前は後藤明菜、31歳主婦で妊娠9ヶ月の妊婦でこの喫茶フランベルージュのオーナーでも有るの。旦那は商社勤務でね、私がコーヒー豆を探している時に知り合って結婚したの。私のジョブは戦士、スキルはまだ無いのレベル0でダンジョンには入ったことすら無いの」


 職業戦士で喫茶店のオーナーで妊婦、情報を盛られすぎて居て理解が追いつかない。


「悠木コスモ君とは新宿ダンジョンの入り口で出会って情報交換してね、仲間を集めた方が良いって言う結論に達して、駅前で仲間になってくれそうな人を探してたんだけど。私のお腹が大きくなっちゃって、今はコスモ君1人に仲間探しを任せる事になってしまったの」


 今にも生まれそうだし、立ちっぱなしで駅まで張り込みは無理だろう、何日新宿駅で探していたのか判らないが、今日まで私たち以外に誰も会わなかったのだろうか。


「悠木虎守茂9歳です慶王大学付属横浜初等部の3年です、パパはお家を売っていてママは絵を売ってます。お姉ちゃんが居て中等部の1年生だけど意地悪で怒りんぼです。そうだ職業は商人でレベルは1でダンジョンには入った事が有りません」


 しかし新宿ダンジョンか既に存在しているとなると、かなり厳しいことになりそうだ。

 最初に新宿ダンジョンから奴らが出て来た時、国防の要で有った自衛隊が僅か数時間で半壊した。国内に存在したダンジョンの中でも、かなり上位のダンジョンで、今の私たちが中に踏み入った瞬間瞬殺されるだろう。


「じゃあ次は私が、緒方聡志14歳中学2年で既に初級ダンジョンを涼子と一緒に討伐してます。職業は賢者レベルは13スキルは魔法が使えます」


 魔法と言う言葉でコスモ君が大興奮して、何が使えるのか聞いてきたが後藤に優しく窘められて居た、まだ自己紹介の終わってない人間が1人居るからな。


「2人だけの秘密だったのに」


 小さな声で涼子が苦情を呈しているが、涼子も状況を理解できておりそれ以上の追及は無かった。


「私は川上涼子です、リュウ君の彼女で13歳の中学2年生。リュウ君って言うのは聡志君の私だけの呼び名なので真似しないでね。職業は勇者でレベルは13特技は剣術かな」

「お姉ちゃん勇者様だったの・・・」


 コスモ君が口を押さえて驚いて居る、うん私もそこにはびっくりしたから当然の反応だと思うよ。

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