第14話「此花咲弥流」

 光の魔方陣の上に立った瞬間に外に出ていた、外に出た事で緊張感が説け私はその場で膝から崩れ落ちた。


「リュウ君大丈夫なの?」

「大丈夫、膝が笑って立ってられなくなっただけだから。まずはその抜き身の銅の剣を渡してもらえるかなそのままじゃ持って歩けないでしょ」


 素直に差し出された銅の剣を道化師の能力を使って収納した、この能力は持ち物を4次元空間的などこかにしまう能力で賢者の権能ではない。

 私には現在3つの役割を取得している、第一ジョブの賢者これは本来私に与えられた役で第二ジョブの道化師はユウ君の役割だった、そして第三ジョブの勇者この能力は状況から察するにマナミちゃんの役割だったのだろう、どうして私に道化師と勇者の役割が与えられたのか予想はつくが正解を導きだせるわけではない。


「手品?」

「そんな感じの能力かな、わかっていると思うけど誰にも内緒だよ」

「勿論だよこれは私とリュウ君二人だけの秘密だもの、私達の子供にだって聞かせられないよね」


 第一の目的初級ダンジョンは踏破できたのだと思う、その証拠につい先ほどまで開いていたはずのダンジョンの入り口は消え去っていた。

 最終的には核攻撃を使ってまで破壊しようとしても消えなかったダンジョンが、あっさりと消えているのだ、この感動を涼子に伝えたって判ってはもらえないだろう。


「ダンジョン消えちゃったね、これでレベル上げも出来なくなっちゃったね」

「ああ、ああ・・・そう言えばそうだね」


 レベルを上げる事なんて考えても無かった、ユウ君とマナミちゃんの二人が逝った後私たちのレベルは10を超えてレベル13まで一気に上がっていた。強敵を倒したからより多くの経験値が入ったと言う事なのだろうが、私はユウ君とマナミちゃんを倒した覚えは無いので釈然としない物を感じる。


「今何時なのかなお腹空いちゃったね」


 ダンジョンの中で体感的には5、6時間は活動していたように思うとなると昼の1時を過ぎた頃のはずなのだがそれにしてはまだすごし易い気温だ。時間を確認しようとして胸ポケットを探っている仕草を涼子は不思議そうに見ている。


「リュウ君時々それやってるけど何か意味があるの?」

「時計を探してたの、ポケットじゃなくて鞄の中だったよ」


 胸ポケットを探るのは携帯を探す癖が抜けていないためだ、最後まで持ち歩けた電子機器がスマホで繋がらないスマホを後生大事にして身に付けて居た。


「胸ポケットに時計なんて入れたら壊れない?」

「安物の時計だから壊れても大丈夫」


 鞄から取り出した腕時計を左手にはめ文字版を確認する。


「鞄も乱暴に扱ってたから壊れたのかも」

「そうなの見せて」


 私が涼子を抱きかかえるような位置になって涼子が時計を覗き込む。


「壊れてなさそうだけどおかしいね、まだ8時前だよこれじゃあ」


 そうなのだ私の腕時計は7時58分を指し示している、私が家を出て涼子を迎えに行ったのが7時ごろ、涼子の家からこの朽ちたタバコ屋まで30分ほどで移動した。  

 そして裏庭に移動するためすこし掃除をしていたから、ダンジョンに突入したのは8時前ごろと言う事になるのだが、それだと物の数分もダンジョンにもぐっていないことになる。


「太陽の位置が見える場所まで移動しよう」

「えっ?うん良いよ、いつまでも人んちの庭に居るって良くないもんね」


 ダンジョンの入り口だったとは言えここは民家の庭だった、不法侵入を咎められても反論する余地が無い、隠していた自転車を引っ張り出して道に出る。人通りはほとんど無く開けた場所に行くため道なりに自転車に跨りこぎだした。


「なあちょっと飛ばしすぎな気がしない?」


 私と涼子の2人は極々普通のいわゆるママチャリと呼ばれる自転車に乗っている、安心安全の石橋自転車製で丈夫さには定評があるが、まるで急な下り坂を下っていくような速度が出ている気がしてならない。


「うんでもそんなに力を入れてペダルこいで無いよ」


 今走っている道路は神無山に向かうための物で、わずかずつでは有るが上り坂になっているはずだ、それがたいした力をこめずにズンズンと自転車進んでいる。その証拠に前を行く車との車間距離が詰まっているのだ。


「漕ぐのを止めてゆっくり止まろう」


 ここでブレーキをかけると自転車が壊れる未来しか予測できない、幸い上り坂なので漕ぐ事さえ止めればスピードが弱まる筈だ。


「判った」


 漕ぐのを止めてもしばらくは惰性で進んで行くが徐々に前を行く車とは離れていく、あの車が法廷速度を守って運転していたとしても時速60キロは出していたのではなかろうか。その後はゆっくり漕ぐ事を心がけて進んで行き、空が見渡せる場所に到着した、そこには登山道の上り口近くの駐車場で自転車を停める駐輪場も併設されている。


「あっちが東で有ってるよね」


 私が指差した方向には太陽が低い位置に居て、どう考えても東向きなのだが確認のため涼子にも聞いていた。


「うんカンナ山が北にあるから向こうは東だね、あれ?太陽って東に沈むんだっけ?」


 どうやら私の時計は壊れていないようだ、だとするとまさか丸一日あのダンジョンの中に居たんじゃないだろうな。私はあせり出して近くに居た登山客に今日の日付を確認してしまった、何を言い出したのだろうかと不思議な顔つきの登山客が7月の25日火曜だと丁寧に教えてくれた。私は礼を行って考え込んでいたが、涼子がお弁当を持ってきたから一緒に食べようと誘ってくれた。


「ここで食べるの?」

「駐車場でお弁当を食べるのは嫌だよ、せっかくここまで来たんだから登ろうよ」


 登山コースと言うよりはハイキングコースなので、普段着でも登れる山だからそれも良いかと了承して一緒に山に登る事にした。しばらく歩いていると数人の登山客を追い越して行きその度に挨拶をしていた。


「おじいちゃんおばあちゃんが多いのかな」

「平日の朝っぱらみたいだから私たちのような夏休みの学生か仕事をしてないお年寄りが多いんだろうね」

「なんでみんなあんなにゆっくり歩いて居るのかな逆に疲れそうだよ」


 それはどうだろうか、確かに私たちは若く健康で普段から運動もこなしている、だがハイキングコースのような登山道だとしても登り道なのだ、息も切らさず会話をしながら登れるしょうな場所では無いだろう。確実に私たち2人は強くなっている、それはレベルと無関係であるはずも無い。


 頂上付近の小さな公園に到着したのは登り始めて30分程経過した頃だった、この登山道の距離は往復10キロ、つまり私たちは時速10キロで坂道を登ってきた事になる。時間はまだかなり早いがレジャーシートを広げて弁当を食べることにした。


「お湯を沸かすよ、非常食代わりに即席めんを持ってきたんだ、涼子も食べるでしょ」

「ちゃんと私のお弁当も全部食べてね」


 スポーツバッグの中から、ペットボトルの水とお湯を沸かすためのガスコンロを取り出してセットする、幸いコンロは壊れてないようだ登山グッツのガスコンロは見た目の華奢さに反して結構な値段がした、一度も使わずに壊れたら泣けてくる。

 お湯を沸かしてラーメンのカップに注ぐ、鞄から次々道具を取り出していて道化師の不思議空間に仕舞っておけば壊れることも無いなと気づいた。


「「頂きます」」


 涼子と二人弁当を食べながら、次は剣道の大会だねなんてことを話し合った、弁当を食べ終えてから道具を不思議空間に仕舞っていく、私の鞄ごと仕舞えそうではあったが何も持たないと逆に不自然だったので、ある程度の荷物は鞄にしまったままにした。


 公園で1時間程休憩していると登山道ですれ違った人たちが続々と公園に到着しだした、私と涼子の2人はシートを片付け山を降りることにした。帰り道は常にくだり坂なので速度を殺すのに苦心した、何気無いサイクリングでも競輪選手並みのスピードが出るのだから。


 翌日道場で師範達が来る前に京子と打ち合いを行ってみた、結果私ではもう京子の練習相手が出来ない事だけはしっかりと判明した。

 師範達がやってきた後、無理を言って本気で私と立ち会ってもらった、一昨日まで師範との稽古では防戦一方だったのだが、今目の前で戦っている師範の動きがまるで止まっているかと錯覚する程度の動きでしかない。互角を演じてはいるがいつでも一本を取れると言う事を実感した。


「男子3日会わざれば刮目して見よと言う古事がありますがわずか一日で熟練の剣士を相手にしているようでした。美奈子がお二方は山籠もりに出かけたなんていう冗談を言ってましたが本当に山に登ったのでしょうか」

「はい先生私とリュウ君は昨日カミナ山にハイキングに行きましたよ」

「涼子それ話の意味が違うから」


 師範と師範代に笑われてしまった、夏休みとは言え生徒会で忙しいだろうに美奈子は大会まで私たちに付き合ってくれている。涼子と師範との地稽古では、涼子が手加減抜きで圧倒し私の時とは違い言葉も出なかった、流石に師範人物が出来ているようで涼子の総評を伝えてくれる。


「こう見えても私は女子剣道会で指折りの剣術使いでした。ですが涼子さんはすでに私の腕を軽く超えて行き、今の時点でさえ女子剣道の頂点に立てる器です」


 女子剣道どころか男子を合わせたって、涼子に勝てる人物は居ないんじゃないかと思う、レベル13の勇者と言う生き物は別次元の動きを行えるらしい。


「今このような話を伝えるべき時期では無いのかも知れませんが、私が習得した技術は剣道とは違ういわゆる剣術なのです。お二方がこの先剣道の道を極めたいとお考えなら、別の指導者を紹介する事が出来ます。大会が終わってからで構いません、返事をお聞かせ願えますか」

「剣術ですか、それは真剣を使う時代劇でやってるような一刀流とか示現流とかそう言う物なのでしょうか」

「そう言えばまだ私の道場の流派を教えて居りませんでしたね。此花咲弥流剣術、此花神社の巫女頭が護身剣として、お祭りしている此花咲弥姫様から伝えられたとされる剣術です。事の経緯は伝承ですが、女人や子供がより大きな成人男子と戦うための技術が集大されてます」


 護身用の剣術ねえ、そんなの聞いた事が無いがそもそも私は剣術に詳しいわけじゃない今までまったくそういう方面に関して調べてなかった、図書館で調査するのもありか。まずは一段落着いたことだし、大会が終わってからこの後の方針を計画しつつ文化的に調べ物としゃれこもう。


「剣術って真剣を使うんですか十和子先生」

「私は真剣を使って技術を習得しましたよ」

「大会終了を待つまでも無く私は此花流を習得したいです」


 涼子と師範の言葉にかぶせて習いたいと頼んでいた、道場で正座して頭を下げながら。


「お願いします」

「私もお願いします」

「此花咲弥流は私の代でおしまいにするつもりだったのですが・・・剣術とは突き詰めて行けば人を殺すための技術です。中途半端で習得を放棄すること即ち人斬りを世に放つ事と同義です、だからどんなに辛くても途中で辞める事を許しませんがそれでも教わりたいとおっしゃるのですね」

「伏してお願い致します」


 さらに頭を下げ道場の床におでこがぶつかるまで頼み込んだ。


「判りました道具は私が用意しておきます、大会が終わってお盆が明けてから修練を始めますからそのつもりをしておいて下さい」

「ありがとう御座います」


 その後はいつもより激しく実戦形式で練習を行う、私と涼子は剣道の大会にに参加すること自体が始めてだから大会のルールや試合形式を詳しく教えてもらった。

 剣道の試合は有効打を2本先取した方が勝つ三本勝負だった、一本の試合時間は5分と短く、5分間有効打が無ければ次の試合に移って、2本とも有効打が無ければ三本目の結果を持って勝ちとする。その三本目も有効打が無い、もしくは一本ずつ勝ちが並んだ場合は延長戦を行い、その延長戦が時間切れとなると主審の判断で勝ちが判定される仕組みらしい。


 練習が終わると流石に疲れを感じ部屋に戻ると直ぐにベッドへと直行した、涼子相手には全力で向かって行っても手も足も出ず、美奈子とはかなり気を使った戦い方をせねばならなかったが、大会のルールを覚える為には避けられない練習だ。

 最も気を使った戦い方を強いられたのは十和子との稽古、技以外の全てが私の方が上なのでやり難いったら無い、露骨に手を抜くわけにも圧倒するわけにも行かない、何も考えず常に全力で立ち向かう涼子がうらやましくなった。

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