第3話 ドS部長×ツンデレ部長 【ライバル校の戦い】



 あれは、雪が舞う一日だった。


 二月。三年生が抜けて、大概の部活動は二年生が主導で活動を行っている時期だ。そんな時期に音楽祭が開かれるのだ。目的は、次年度の実力を推し量るため——だ。教育委員会も馬鹿ではない。有能な指導者の異動を闇雲には行わず、期待がおける高校に配置するのだ。その基準とするために、こんなへんてこな時期に、音楽祭を開催し、各校のランク付を行う算段なのだ。


 上原は赤いマフラーに口元を埋めて、灰色の空から舞い落ちる雪を見上げていた。

 彼は桃花ももばな高等学校合唱部の部長に就任したばかりだ。音楽が得意な訳ではない。抜きんでて歌が上手い訳でもない。ただ——二人しかいない男子部員の一人という理由で、まだ一年生であるというのにも関わらず、部長職を押し付けられたのだった。


 桃花高等学校は男女共学の普通高だ。学力レベルも普通。部活動の活躍ぶりも普通。なにをとっても「平凡」な学校だ。


 姉が桃花高校の合唱部に入っていたおかげで、あれよあれよと入部させられた。楽譜も読めないほどの素人だったのだ。それのなに——だ。


 もう一人の男子部員は、同じ一年生の橋本だ。だがしかし。彼はバイトが忙しい。本来ならば、幼少期よりピアノを習っている橋本が部長になるのが好ましいのだが、暇を持て余している上原に白羽の矢が立ったというところなのだ。


「上原~。もう少しで出番なんだから。なに黄昏ているんだよ」


 二年生の高木が、ストレートの髪をなびかせてやってくる。


「部長のくせに。さっさと招集かけてよ」


「そんなこと言うなら、先輩が部長やってくださいよ。おれ、別に好きでなっているわけじゃないです」


「また。その話はケリがついているはずでしょう? 本当にうじうじした子ね」


 高木に背中を押されて、会場である音楽ホールのホワイエに足を踏み入れる。外とは違って、温かい空気に、ふと息がままならないような気がして、一瞬、息を止めた。


 ——音楽祭なんてどうでもいいや。


 部活動に積極的ではない桃花高校音楽部は、コンクールには参加しない。今回の市内音楽祭と、九月に定期演奏会を開く程度の活動だ。


 ——これが終われば、落ち着くんだ。


 そんなことを思いながら、マフラーを外し、ホワイエを横切ろうとすると、よく通るベースの声が響いた。


「いやあ、弱小校はお気楽でいいものだね」


 一瞬。なんのことなのか。誰が誰に言っているのかわらかずに、上原は足を止めた。それから、視線をさまよわせる。

 今まさに、ホールでは演奏が続いている。ホワイエには、自分と先輩の高木、そして学生服姿の男子高校生が二人だけであった。

 男子高校生の一人は仁王立ちをし、上原を見据えている。隣にいるもう一人の生徒は「おい、お前、やめろって」と彼をたしなめている様子だった。


「弱小って——おれたちのことですか」


 上原は男を見返す。


「止めなさいよ。上原。相手しない」


 高木が上原を止めようとするのはわかっている。だが、売られた喧嘩は買う主義だ。


「おお、気が付いたのか。自ら弱小だと認めるとはいい心がけだ」


「確かに。弱小かも知れませんね。しかし、水知らずの方に言われる筋合いはないと思いますけれども。喧嘩売りたいんですか? いいですよ。買いましょうか」


 学生服の男は銀縁の眼鏡をずり上げると、さもバカにしたかのような表情を見せた。


「いやいや。喧嘩じゃないんだよ。呑気で羨ましいと思っただけだ。どうせ、コンクールには出ないのだろう? 今回の音楽祭さえ乗り切れば、後はお遊びだ。定期演奏会なんて、誰からも評価を得ないからな。適当に譜読みだけして、それなりに歌えればいいだけの話」


 いつもは何事にも無頓着な上原だが、ここまで言われて黙っているわけにはいかない。自分自身への攻撃ならまだしも、他の部員たちまでも侮辱するような言い草に腹が立ったのだ。


「お遊びなんかじゃありませんよ。おれたちはおれたちなりに練習を重ねているんだ」


「へえ。ならばコンクールにでも出てみたらいいのではないか? コンクールで審査を受けてみろ。そうすれば、お前たちがどの程度のレベルなのか一目瞭然だろう? そんなに自信満々なら、臆することはないのだから——」


 ——コンクールだって?


 上原はこぶしを握り締めてから男に言い放つ。


「いいだろう。おれたちをコンクールに引き入れたこと、後悔するぞ。全国大会への切符はおれたちがもらう!」


「おおい! 上原! あんた、なに勝手なことを……! しかもなんだよ。急に全国大会って、夢でかすぎるだろう!」


 隣でてんてこ舞いになっている高木を見ていると、「ああ、やっちゃったよ」と後悔の念が襲ってくる。だがしかし、引くことはできない。

 不敵に笑う銀縁眼鏡の学生服男は、愉快そうに上原を見ているからだ。


「おれは、梅沢高等学校音楽部の部長、山崎だ——お前の名は?」


「桃花高校音楽部の部長の上原……」


「声が小さいぞ! 自分の言い出したことに恐れを成したか。聞いたか。加藤。桃花はコンクールに出て全国大会まで駒を進めるそうだ」


 山崎の隣にいた学生——加藤は、顔色が青い。


「山……。お前ねえ」


「上原。待っているぞ。高校最後のコンクール。おれを楽しませろ」


 山崎は高らかに言い放つと、高木に引きずられて立ち去る上原を見据えていた。



 ***



「お前ねえ。他高に絡むなんて、頭おかしくなったんじゃないの?」


 桃花高校の生徒が立ち去った後、ホワイエに残った二人。加藤は山崎を問い詰めた。


「別に。おかしくなってなどいない」


「じゃあ、なんで。そんなこと。うちは全国常連だし。別に今更、人の学校にとやかう言うことじゃないだろう? 自分たちのことを地道にやれば、間違いないんだから」


「だからじゃないか!」


 山崎は自分よりも少し大柄な加藤をにらむ。


「なんの刺激もない。安全路線の部活動なんてつまらないものだ。見たか? あの上原。かわいい。なんともかわいらしい。いや、美しい。コンクールに引きずり込んで、接点を増やす! それがおれの作戦だ!」


「——お前。それ、一目惚れしたってことか?」


「そうだ! それ以外のなにがある! 桃花など、どうでもいい。おれは上原が欲しい!」


「か、完全なる私欲じゃないかーー!!」


 加藤は頭を抱えた。桃花高校から苦情が上がるかも知れない。だがしかし、山崎にはそんなことは一切関係のないことだった。


「あの調子だ。きっとコンクールに出てくる。楽しみだ。上原」


 山崎はニヤニヤと笑みを浮かべてからホワイエを後にした。


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