第50話
「ただいま。」
「その、お邪魔します。」
山道から出ればすぐに見える祖父母の家。
普段の家はマンションで、それに比べれば随分と広く感じる二階建ての家を目にして彼女は驚いたようではあるが、それについては何を言う事もなく、生垣を回り込んで玄関に案内して、いつものように気楽に扉を開けてそう声をかける。
「はい。お帰りなさい。それといらっしゃい。」
思えば祖母がこうして僕を玄関で待っていなかったのは、初めてここに来た時だけだろう。
夜だというなら昨晩考えたように、ランタンの明かりを頼りにと納得できないまでも、理屈で説明できそうだが、果たして今日は一体どうして。
そんな事を考えながらも、僕は祖母に話しかける。
「ただいま。えっと、この子だよ。」
「その、ご迷惑を。」
「いいえ。気にすることはありませんよ。まずは荷物を置きましょうか。」
そうして祖母が彼女に声をかけ、後は任せても大丈夫。そう僕は判断していつもの習慣のためにと動き始める。
「えっと、そういう事だから。」
「はいはい。お爺さんに話しておいでなさい。」
「うん。お願いね。」
「それと、外に出たのだから、朝ご飯の前に体洗っておきましょうね。」
「そっか。えっと、僕は後でも。」
なんというか、僕よりも先に汗を流したほうが良い相手もいるからと、祖母にそう言えばクスクスと笑いながら頷かれる。
一方彼女はまだ重たいだろうに望遠鏡を持ったまま。
どうしたらいいのかと、そんな風に迷っているようで、僕を見ていた。その視線に、ああ、そういえば紹介していなかったと、今更に気が付く。
「えっと、祖母だよ。後の事は聞いてもらったらいいから。」
我ながら随分と適当なと、そう思ってしまうけど、それ以上の説明のしようもない。
「えっと。お世話になります。」
そうして彼女が祖母に頭を下げるのに、我ながらなんでかはよくわからないが一つ頷いて、靴を脱いで中へと向かう。
「その、後はお願い。」
「ええ。分かりました。お爺さんにお願いね。」
そんな祖母の頼もしい声を聞いて、僕は僕で自分の部屋と、そうなっているところに向かう。
途中で切り上げてしまったけれど、やっぱり鉢植えは気になってしまうし、何となく祖母は僕がああして毎朝祖父と一緒に並んでいることが大切だと、そう思って言う\ることに気づかれているような気もする。
祖父も僕も。口数が多いほうではないけれど、ああやって同じものに、それぞれの物ではあるけど、向き合って作業をしていると会話のようなものが出来ている気がするのだ。
暫くそうしてみれば、祖父が手を入れている鉢、それをどうしようとしているのか何となくわかるし、特に僕の鉢が並んでいる一角、そこと隣接している鉢は、僕がどうしようとそれを慮って手を入れている節もある。
僕にしてもそれならばと、祖父がどうしたいかを考えながら手を入れる。
そんな時間がやっぱり楽しいのだから。
「後の事は、祖母に聞いてね。」
「うん。その、ありがとう。」
「お礼は、僕じゃなくてね。」
「でも、迎えに来てくれたから。」
そう言われると、何となく気恥ずかしさを覚えて、軽く手を振っていよいよ僕は引っ込んでいく。
背後からは、改めて彼女が祖母に挨拶する声が聞こえたりするが、まぁそちらはそちらで、色々と話すことも有るのだおるとあまり聞かないようにしながら、いつもの朝の装いに着替えて縁側に出る。
其処では祖父がいつもと変わらず鉢植えに向かいながら、石を動かしたり、鋏を手にしたりと。実に見慣れた光景がそこに在った。
「ただいま。」
「お帰り。怪我はなかったか。」
「うん。足元、滑りやすくなってた。」
「鉢を移すのが、昼が良いと前に言ったろ。」
「えっと、蒸散だっけ。」
数日前にそんなことを言われて、空いている時間に持っているスマホで調べたら、そんな記事を見かけた。
学校で習った事でもあるけど、植物は夜、日が沈めば日中、日光の当たる時間とは異なる振る舞いをするのだと、その結果と言えばいいのか、もっと複雑なことも有りそうではあったが、つまるところ、植物の多い場所は朝、水分が多くなると、そんな風に理解した。
「ああ。案外、夜行性なのだろうな。」
「それ、面白いね。」
日光が成長に必要、でも朝にその活動の結果が見えるなら、確かに夜中の方が活発に活動する、夜行性の生き物とそう言ってもいいのかもしれない。
「ゆっくりしてきても良かったが。」
「こっちも大切だから。」
そういって僕は祖父と並んで自分の鉢と向き合う。
「えっと、話してた子が来たよ。」
「そうか。」
「うん。あの子も夜行性だから、昼間は寝てるだろうけど。」
「あまり褒められた事ではないがな。」
「そうなんだ。」
「ああ。」
その言葉に、祖父にとっては彼女の趣味は歓迎できない物なのかと少し残念な気持ちになると、祖父から補足の言葉が入る。
「寝るときにも、日の光がある程度当たるようにしなければな。」
「えっと、そうなの。」
「これと同じだ。日の光、それが人にも必要だ。」
「へー。」
「もやし、分かるか。」
「うん。」
「わざと日の光を当てずに育てるんだ、あれは。」
「美味しいし、しっかりしてるけど。」
「そうだが、そうなる様に手を入れるんだ。」
「そっか。だからじーさんも誘ったんだ。」
祖父も彼女の趣味を応援しているらしい。ただ、それをするには手入れが必要だとそういう事みたいだ。
この鉢植えと同じように。
色々な形、いろんな育て方、それでも同じ鉢。
植えられた木は自分の育ちたい方向に育つし、それをくみ取りながら、より良い形を模索して、そっちに向かうように。そこにはいろんな気遣いがあって。
祖父母はそれを僕と彼女にも向けてくれているのだろうなと、置いた石を少し動かしては全体を見て、そうしながら気が付いた。
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