第47話

「ただいま。」

「はい。お帰りなさい。」


こうして夜中に出歩くと、不思議に思うのだけれど祖母は必ず僕が返ってきて声をかけると、玄関で返してくれる。一応ランタンの明りって言う目立ちそうなものはあるけど、だからと言って早々できる事でもないとそう思ってしまうけど。


「あの子、お世話になりますって。」

「そう。」

「うん。明日の朝、一度挨拶にって。」

「分かりました。」


祖母の返答は実にあっさりしたものだった。


「じーさんには。」

「明日の朝で構いませんよ。」

「あ、もう寝てるんだ。」

「いえ、起きてますよ。」

「そうなんだ。うん、じゃ、明日の朝伝えるよ。それで、明日かな、あの子が僕が起きたときに来てなかったら、迎えに行こうかなって。」

「そう。流石に、朝早くには来ないと思いますから、そうなるでしょうね。」


流石に良いと言われても、いきなり早朝に人の家の玄関を叩くかと言われれば、違うのだろう。僕だってそんなことはしないだろうし。その辺りは彼女はなんとなくしっかりしてそうだったし。


「多分。えっと、あの子、ばーさんの後輩だったんだ。」

「ええ、そうですよ。流石にそう言った縁でもないと、私も言いだしませんから。」

「そうなんだ。」

「保護者の方への説明も難しいですからね。」

「そういう物なんだ。」

「ええ。さ、早く温まってから寝てしまいなさい。それとも話があるなら、暖かいところで。」

「あ、うん。そうだね。」


もう日付は五月に変わっているというの、まだ夜は寒い。少なくとも僕は厚手の上着を着てから、外に出るくらいには。

そう答えたら、さっさと靴を脱いでお風呂場に向かう。でもその前にと、祖母に声だけはかけて置く。そうでないと、そうでなくとも待っていてくれそうな気はするけど。


「お風呂から上がったら寝るよ。」

「そう。じゃあ、また明日にでも話しましょうか。」

「うん。ちょっと興味もあるし。」

「あら。そうなの。」


星の事にはそこまで、いや昨日から色々とみて少しは興味も湧いてきたけど、それよりも後輩だとかそっちの方が気になってしまう。何も祖父も、祖母も。子供のころからずっとここにいる訳でも無いと、学校にだって行っただろうとか、そういうことは分かるけど。それでもこれまで聞いてこなかったそんなことが少し気になった。


「うん。学校で何してたのかなとか。」

「そう。それじゃあまた、ご飯の時にでも話しましょうね。」


そうして、祖母と別れて僕は一人で浴室に向かう。

明日から、明日の朝からか、明後日の朝からか。ここに家族以外の誰かが来るんだなと、今更ながらにそんなことを思う。それを良しとしたのも実際に誘ったのも僕だけど。

祖母は後輩だったから、それも同じ部活だとか言ってたから、そんな縁で誘ったとして。祖父はどう思ったんだろうかと、湯船の中でそんなことをぼんやりと考える。

どうにも口数は少ないが、ダメなことは譲らない祖父。そんな祖父がただ祖母の提案を聞くだけという事もないだろう。なら、やっぱり危ないから。僕がそう思ったのと同じように、自分の好きな場所で事件が起きたりとか、そういった事が嫌なのかなとか、そんなことくらいしか思いつかない。


「じーさんには、明日の朝にでも聞いてみようかな。」


思いついたことを口に出す。

そこで、ふと気が付いてしまった。

彼女に、祖母にも、朝起きてきていなかったら迎えに行くと、そう言ったはいい物の。そうすると朝方鉢植えの手入ができない。

正直、それは困る。だって、あの時間は僕にとって大切な時間ではあるのだから。

そんな事も忘れて約束してしまうなんてと、反省しながら鼻の上までを湯船に沈めて考える。いや、考えたところでどうにもならないのだけど。


「しょうがないよね。」


そう、約束してしまったから、仕方がない。

ぱっと行って、ぱっと戻る。彼女の持っている荷物の重さを考えると、それも少し難しそうだ。いつも敷かれているシートの上には、冗談みたいに大きなケース。

あれに入れて、あの望遠鏡を運ぶのはそれなりに時間もかかりそうだ。だから、いつもより少し遅い時間に、それこそ朝ご飯を食べてから鉢植えを触る事になるのだろう。

課題そのものは終わっているし、いつも勉強に使っている時間をそれにあてても、問題は無い。

ただ、その時隣で作業する祖父はいないのだろうなと、どうしても良くない方向にばかり考えてしまう。


「ほんと、しょうがないよね。」


こうなってしまうと、そもそもなんで誘ってしまったのか、そんな方向に話が頭の中で転がっていきそうだなと、考えるのを止めるために一度湯船に潜ってから、すっぱりと浴室から出る。

その後は用意された部屋に向かって、敷かれている布団に入るだけなのだが、その部屋の窓からぼんやりと外を見てみる。

きっと彼女は、今も一人で空を見ているのだろう。こうして窓越しとか、ただぼんやりと全体を見るのではなく、あの小さなレンズ越しに。

小さなレンズから覗くと、小さな星が大きく、すぐそこに在るように見える。

理屈は分かっていても、面白い体験だよねと、そう少しは楽しいことが考えられるようになったのを感じて、その日はもう眠る事にした。

どうにも僕は一人で、一人だと、そう分かる場所で考え事をするとよくないなと、ちょっとした反省をしながら。

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