第105話 オカンと鳥と逆鱗様 ~2~


「でもさあ。実際の話、北の氷土は死体の穢れで使い物にならんのだろう? どうしたら良いん?」


 フクロウと戯れながら、千早は氷河の一族と呼ばれるアザラシに話しかけた。

 いや、アザラシの皮を被り物にした小さな人族。クリスタルのようにキラキラした輝きを放つ不思議な瞳をしている。


「浄化にはかなり時間がかかるデス。汚ならしい死体。沢山デス」


「ほむ」


『しかし、幼体のうちに戻さねば大変な事になるぞ』


 わらわらと心配そうな顔のアザラシ(被り物)達。一斉に幼女を見つめ、すんっと鼻をならす。


 こいつら....わざとやってるんじゃあるまいな。


「姉様ぁぁーっ、カモーン!!」


 あざとく鼻をすする小さい人族は子供に見えるが、実は親父様より年上で、長い年月を生きる種族らしい。

 それでも見掛けは千早と変わらない幼子だ。


 いたたまれなくなった千早は、伝家の宝刀を抜く。


《はぁーい、御姉様ですよ、千早ちゃん♪》


 毎度お馴染みな金色の風を纏い、つむじ風から顕現する女神様。周辺にたむろう十数人の氷河の一族を眼にして、思わず固まった。


 世にも珍しい女神様の硬直。


 あ~.... 察し。


《何故に氷河の一族が此処に?? 精霊王はどうなさっているのですかっ???》


「ここ」


 千早は、逃げようとしていた真っ白なフクロウを、両手でガシッと掴んで差し出した。

 フクロウの周囲をパタパタと飛び回っていた女神様は、首の後ろに生えている精霊王を見つけ、茫然とする。

 シメジが茫然としていると分かる謎。この感じも久し振りだ。


《な....っ、どうしたら...っ、エンシェントドラゴンに知らせねばっ》


『既に知っておるよ、姫神様』


《あらぁ、分身体を寄越していたのですね、良かったわ》


 一瞬安堵を見せた女神様だが、すぐに真剣な面持ちで幼女を見つめる。


《千早ちゃん、事は一刻を争います》


 真摯な眼差しで女神様は精霊王の成り立ちを人々に説明した。


 曰く、世界創世記。知的生命体が生まれるより遥かに昔。


 時代は地球でいう白亜期あたり。大地に萌える生き物らは無秩序で、弱肉強食を凌駕する生存競争が勃発していた。

 植物は種を残すために他の植物らを侵食し、動物もテリトリーなど皆無に大地を埋め尽くして蔓延る。

 このままでは地表が安定しないと危惧した女神様とドラゴンは、大地を統べるべき精霊王を生み出した。


 森羅万象を操る力を与え、大地の管理を任せたのである。


 八つの属性は女神様から。それらを駆使する魔法はドラゴンから。それぞれを与えられた精霊王は多くの精霊を生み出し、大地に秩序をもたらした。

 生まれ出でる生き物全てから、同時に精霊も生まれる。

 魔力を糧とする精霊達は、あらゆる魔法を使い、無秩序に蔓延る生き物達を牽制し、今の世界を作り上げたのだった。


「話は分かった。でも何で爺様が魔法を? 姉様じゃなく?」


《魔法はエンシェントドラゴンが作った理です。わたくしに魔法はききませんし、メギドの焔の前には何者も立ち塞がれませんから、魔法など必要ないのです。世界の理は全て操れるのですし。魔法は、五柱の神々のためにドラゴンが作ったのですよ》


 新たな事実に千早は唖然とする。


 なんとまあ。だから魔術の歴史に爺様が始祖として登場している訳か。納得だわ。


 得心顔な人々に、女神様は更なる爆弾を落とす。


《ただしエンシェントドラゴンの魔法は神々の理に準えられています。わたくしが与えた属性を所持する神々や精霊王にしか使えません。人々が魔法を魔術として使えるのは精霊が媒介となって手伝っているからなのです。だがら、精霊を生み出し統べる王が失われれば.....》


「人々は魔術を使えなくなるか」


 かるく眼をすがめる幼女に、シメジな女神様は頷いた。


《それだけではありません、精霊の制御がなくなった大地も再び混沌を迎えるでしょう。大樹の国のように》


「大樹の国?」


《大樹の国には世界樹と呼ばれる大木があります。あれは精霊王の名残です。数千年前には人による暴虐がなされ、精霊王は樹海を捨て、今回のように逃げ出したのです。何者にも侵されない永久凍土の下に。わたくしが精霊王のために庭園を作りました》


 再び唖然とする幼女。


 そこで声を上げたのはユフレだった。


「だから大樹の周りはセーフティエリアなんですのね。あの巨大な樹海は、元々精霊王を護るためのバリケードだったと」


 再びシメジな女神様が頷く。


《知的生命体が地に増えた今となっては、精霊王に新たな大地を与えられません。なんとか永久凍土の庭園を取り戻さないと》


 そこで女神様は真っ白なフクロウを一瞥した。


《時間もあまり有りません。このままでは精霊王の根がフクロウを殺してしまいます。フクロウは精霊王の番。フクロウが死んだら精霊王も朽ちてしまいます》


 幼女の眼が驚愕に見開く。


 そして無邪気に飛び回るフクロウをジッと見つめた。


「姉様、リミッター外しても構わんかな?」


《事情が事情です。許可いたします。千早ちゃんの神様デビューですね♪》


 あえて軽い口調の女神様に苦笑いしつつ、千早は人間をやめる決意をした。

 この小さな生き物らを守れるなら上等だろう。

 事は大地に住まう生き物全ての生死に関わる。


 人間の矜持の捨て時だ。


 獰猛に眼を剥く幼女の周りを飛び回っていた女神さまが、憤慨するように何かを呟いている。


《まったく、あの子ときたら録な事しやしない。ここはしっかり御灸を据えないとですねっ》


 今回の騒動は、ほんの序章。幼子の決意が時代を動かす。


 神となる覚悟をしたオカンは自らの真実を知る事となるのだが、今の彼女に知る術はなかった。


 用意された過去。用意された現在。用意された真実。


 それら全てが繋がる時、停滞していた女神様の世界が未来に向けて動き出す。


 時代の波はうねりを上げて、多くの人々を呑み込んでいく。

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