第87話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~2~


「これはまた.....」


 迎賓館へと向かう大樹の国親善特使一行は、馬車でディアードの大通りを駆けていた。

 殆ど馬車に振動を与えない見事な石畳に驚き、大通りの左右に集まる秋津国の人々の多さに、また驚く。

 満面の笑顔と歓声。小さな国という印象だったが、どうしてどうして。国民の数だけなら大樹の国にも負けていないかもしれない。

 エルフの一行らは途中途中で街の要所を訪れ軽く挨拶し、その都度心胆寒からしめる驚愕に眼を見張らせる。


 白銀色の司祭だと?


 まずは教会でアルス爺に驚き、その周囲の司教の数に驚く。見習いを含めて数百人。通常、教会一つに司祭一人、司教十人くらいしかいないものだ。

 しかも、ほとんどが六属性以上を保持しているという。


 好好爺なアルス爺は全属性。


 高い魔力を誇り、魔法大国とよばれる大樹の国のエルフらは顔がひきつっていた。


「見習いの大半はいずれ故郷に帰ります。故郷に貢献するために、ここへ学びに来たのです」


 人間、獣人問わず、そこには多くの司教見習いがいる。

 感じる魔力もエルフの貴族と遜色ない高さで、彼等が優れた術師である事が見て取れた。


 それが数百人.....。エスガリュヒア王の背筋に悪寒が走る。


 そして何より眼をひくのは白銀色の司祭。


 白銀色は神族有りき。


 アルス爺の魔力は、この大きな教会全体を包むほど強大で暖かい魔力だった。


 茫然としたまま、エルフ一行は孤児院、探索者ギルドなどを訪れ、湖を挟んだ対岸の技術街へ向かう途中の広大な牧場や農地に驚いて絶句する。

 なんとまあ。新興国とは名ばかりに豊かで美しい国だ。対岸が霞むほど巨大な湖は澄み渡り、技術街へ入って一際眼を引くのが大きな時計塔。


「あれは?」


「時計塔です。時を刻むカラクリで人々の生活に役立っています」


 馬車に同乗している幼女がエスガリュヒアの問いに答える。道中も、細かく質問する王や皇太子に千早は淀みなく答えていた。

 彼女が秋津国元首なのは間違いないだろう。どの質問にも詰まる事なく、むしろ溢れんばかりの愛情を持って答えてくれた。

 全てに精通する彼女の受け答えには、国民と国に対する慈愛が満ち満ちている。

 秋津国の話を一生懸命語る幼子の姿は、見ていてとても微笑ましい。

 エスガリュヒアは優しく眼をすがめ、時計の仕組みを聞きながら暖かい気持ちで迎賓館に到着した。


 そして眼を丸くして再び驚く。


 もはや、何度目が分からない。


 見上げた建物は教会より大きく、地上三階建てで横に長い造りになっていた。

 木造漆喰のシンプルな建物は、細部に意匠を凝らした贅沢な物。処々に下がっているランプのような光源には硝子や紙が使われ、柔らかな光が零れている。

 入り口はスライド式の横扉。こちらは朱塗りされた木の格子のみで硝子も何もない。

 踏み入ると高い段差があり、幼女が靴を脱いで段差に上がった。


「ここは和風様式と言いまして、私の祖国の建築様式です。靴をぬいで御上がりください」


 驚き困惑するエルフらだったが、王と皇太子は面白そうに顔を見合せ、玄関の段差に座ると長いブーツを脱ぎ捨てる。それを迎賓館専属の侍従や侍女が受け取り、大切に清めてから下駄箱に並べていった。


 用意されていたお湯の桶で足を洗い、綺麗に拭ってから玄関に上がる。


「床も木なのだな。素足とは気持ちの良いものだ」


「だよね♪」


 にししっと笑い、幼女は国王達を奥に案内する。

 それを見た貴族らや騎士達も、慌てて王に倣い靴を脱ぎ清めると裸足で廊下を追っていった。

 幼女は一番奥の大広間へ一行を案内し、床の間がある右の上座にエスガリュヒア王と皇太子。そこから順に貴族らを座らせ、護衛の騎士達には思い思いに立ちたい場所へ立ってもらう。

 草の萌える匂いのする青畳を珍しそうに撫でながら、エルフらは胡座をかいて座布団に腰を下ろした。

 幅二メートル、長さ五メートル程の座卓が七つ並び、各々の座布団に合わせて扇形の小箱と懐紙の乗った小皿が並べられ、卓上には小さな硝子の水盆に季節の花が浮かんでいる。

 その水の中には小さな赤いメダカが数匹。ときおり水面に波紋を描きながら気持ち良さげに泳いでいた。

 エルフらが感嘆の面持ちで花とメダカのコントラストに魅了されていると、奥から現れた侍女達が茶器に点てられた抹茶をエルフらへと配って、さらに壁面にある十数枚の障子を一気に開く。


 そこには大きな硝子窓一杯に拡がる湖のパノラマ。対岸には広大な農地と牧場。そして遠く霞むディアードの街。遠大な空も合わさり、まるで動く一枚の絵画のごとき見事な風景である。


「あらためて。ようこそ秋津国にお越しくださいました。歓迎いたします」


 エスガリュヒア王の右手に座っていた幼女は姿勢を正し、三つ指をついて頭を下げた。

 いきなりの事態にエルフらは顔を、ぎょっとさせる。国家元首が頭を下げるなどあってはならない。

 思わず慌てた王や皇太子だが、それが幼女の祖国の挨拶なのだと知り、安堵に胸を撫で下ろした。


「皆様、御手元の小箱を開けてください」


 幼女に言われ、エルフらは気になっていた扇形の小箱の蓋を取る。すると中には柔らかな色彩の可愛らしい御菓子が上品に並んでいた。

 箱の右側はピンクと白と緑の三色団子。その隣には表面にタレのかかったみたらし団子。

 左側には桜餅ときな粉のわらび餅。黒蜜添え。

 そして中央には色とりどりな金平糖と、和紙に包まれた和三盆。

 カラフルな御菓子に眼を輝かせるエルフらを見渡し、千早は満足そうに微笑んだ。


「御手元の皿に懐紙を乗せ、御好きな物から御召し上がりください。横に箸とトングがあります。使いやすい方で菓子を取り、このようにクシで差して食します。団子は一つずつ串から外すと食べやすいです」


 幼女が手本を見せる。すると興味深げに眺めていたエスガリュヒア王が同じように菓子を取り口に運んだ。

 途端、瞠目。三色団子の一つを口に含んだまま、ずっと咀嚼している。


 いや、飲み込めよ。


 思わず眼がすわる千早を他所に、原型が無くなるほど散々咀嚼してから、ようやく飲み込んだエスガリュヒアは、心底感動したかのように嘆息した。


「美味い....なんだ、これは」


 もちもちと柔らかく、しっとりとした甘さ。果実の酸味も蜜のくどさでもない、さらりとした甘さ。こんな甘味は初めてである。


「団子です。タレの方は軽く焼いてあるので香ばしいですよ」


 説明になってない。料理が知りたいのではなく、原材料が知りたいのだ。まあ、調理法も知りたくはあるが。

 じっとりと幼女を睨めつけつつも、エスガリュヒアは菓子を運ぶ手を止められなかった。

 それを見つめて、皇太子らも菓子を口に運ぶ。


 途端、瞠目と絶句。


 各々顔を見合せながら、手足がジタバタしていた。


 あ~わかるわ。すっごく美味しい物食べると踊り出したくなるよねぇ。異世界でも同じかww


 エルフらも変わらないんだなぁと、幼女は軽く吹き出した。


「なんともはや。美味も極まれりだな。さらにこの抹茶とやらの苦味が甘くなった口をすすいでくれる」


 とかなんとか言いながらエスガリュヒアは和三盆を口にして、によによと口の端を緩ませていた。


 金平糖のカリカリした食感も良かったが、ふわりとほどける和三盆の上品な甘さも中々だ。甲乙つけがたい。

 桜餅とやらのしょっぱい葉と柔らかい餅。中にある餡の美味さときたら筆舌に尽くせぬ味わいだった。

 餅に餡に、あとはきな粉か。大豆から作れるなら大樹の国でも生産出来よう。


 未知の甘味に夢中になりながらも、エスガリュヒア王は頭の中で画策を巡らせていた。


 そんな王の脳内を知ってか知らずか、幼女は今後の予定を尋ねる。


「一応一通りの施設をピックアップしてまいりました。滞在は十日ほどでしたよね。全部は回り切れないと思うので、大樹の国側で視察したい場所を選んでください」


 千早の差し出した紙を受け取り、エスガリュヒア王は剣呑に眼をすがめた。

 こちらで紙と言えば羊皮紙だ。書簡が通常で嵩張るものである。

 しかし幼女が出した紙は和紙だった。

 ほんのり桜色の和紙には市松模様が折り込まれ、左上と右下には小さな青い小花が漉き込まれている。

 たったこれ一枚で文化の差違が測れると言うもの。

 エスガリュヒア王はしばし眼を伏せ、真摯な眼差しで幼女を見つめると軽く指で紙を叩いた。


「全部だ」


「は?」


 思わず素が出る千早を正面から見据え、さらにエスガリュヒア王は畳み掛けた。


「滞在期間は未定で。秋津国の全てを視察したい」


 幼女は勿論、国王の言葉にエルフらも驚愕を隠せない。


 えー..... って事は、こっちの費用が嵩むじゃん。国賓扱いやめよっかなぁ。


「あ~.... ぶっちゃけますと、費用の関係で余剰分を抜いても十日が限界なんです。ご了承ください」


 十日ならば完璧にもてなせる自信がある。幼女がそう説明すると、エスガリュヒア王はニヤリと口角を歪めた。


「ならば、越えた分の滞在費は余が払おう。それで良いな?」


 え? 純粋な意味で御客様ですか?


 なれば話は変わる。金子を落とす高位貴族などは大歓迎だ。


「了解しました。心行くまで御滞在ください♪」


 大いに秋津国の経済を回していってくれ。


 にぱーっと笑う幼女の陰の声は誰にも聞こえず、タバスあたりがいれば看破したであろうオカンの思惑に気づかないまま、エスガリュヒア王と千早は、揃ってニンマリ微笑んだ。


 御互いの思惑がガッチリ噛み合い、親善特使という名のエルフ秋津国ライフが始まる。


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