第82話 オカンと関わる人々 ~side エルルーシェ 前編~


「これは、わたくしと同じ日本人が作成した物に間違いありません」


 上品にしつらえられた貴賓室。その片隅でエルフ達が静かに言葉を交わしていた。


 ここはガラティア。


 エルフ達は新年晩餐会に招かれた国賓である。


 隣国であり親交も深いガラティアを襲った未曾有の大惨事。これに大樹の国は即座に対応し、大規模な支援を行った。

 が、前宰相はこれらを秘匿し、物資や支援金は横領され、ほぼ全てが宰相ら貴族の懐に流れ込む。

 それを後に知ったウサギな国王様は、心からの感謝と謝罪を込めた書簡をエルフの国王陛下にしたため、御詫びにもならないがと王宮晩餐会への招待状を同封した。


 ウサギな王様が支援に対し無反応だった理由を知り、大樹の国は複雑ながらも安堵して、隣国が窮地を凌いだ事を喜ぶ。

 そして同封された招待状を皇太子に渡し、国王の名代を勤めるよう指示した。ついでにユフレにも同行を命じる。

 新年をことほぐ晩餐会だ。王族を向かわせるのが礼儀。

 さらに元公爵令嬢でありミスリル級探索者でもあるユフレなら、名代の側近としても護衛としても十分な力量を持っていた。


 かくして皇太子一行はガラティア首都、クルティアトへと向かったのである。


「....酷いな」


 通りすぎる村や街を眺め、エルルーシェは小さな溜め息をついた。


 悲惨な事この上ない。


 草原も山々も食い荒らされて枯れた部分が斑模様に浮かび上がり、人々も窶れ微かに浮かぶ微笑みにも陰が滲む。


 しかし暗さはなかった。


 皆が前を向き復興に全力を注いでいるのが見て取れ、エルルーシェは少し安堵する。

 王都からの支援も十分で、餓えたりはしていないようだ。

 そんな人々を確認しながら、エルルーシェ一行は十日ほどかけて首都クルティアトへと到着した。




 謁見の間でウサギな国王様から熱烈な歓迎を受け、貴賓室へと案内され、侍女が下がり扉を閉めた途端、エルルーシェの全身から力が抜ける。


「大丈夫ですか? 殿下」


 眉を潜め、ユフレは彼の額に手を当てた。ひやりとした柔かな指が心地好い。


「少し熱がありますね。城下町は引き受けますので、殿下は無理をなさらない程度に王城内を散策してください」


 己を良く知るエルルーシェは、力なくコクリと頷いた。

 別にエルルーシェの身体は弱くない。むしろ通常のエルフより、かなり頑健である。

 しかし彼はしばしば熱を出す。何故なのかは分からない。ポーションもエリクサーすらも利かないため、手の打ちようがない。

 御加護がないのではと疑われ鑑定も受けたが、御加護がないどころが、女神様以外にも三柱神の御加護があった。

 別の意味で驚く貴族達だったが、それでも侮蔑の眼差しは変わらない。

 如何に御加護かあろうとも、スキルが高かろうとも意味はないのだ。


 何故ならばエルルーシェには魔力が殆ど無かったから。


 生まれてこの方、一度も切った事がないのに、彼の髪の毛は襟首あたりまでしかない。エルフの髪は魔力によって伸びるから。

 魔力がないエルルーシェの髪は、生まれてから少ししか伸びていなかった。

 魔力に絶対の価値観をおくエルフにとって、魔力が皆無である事は致命傷である。特に身分が高いほど、その嫌悪は凄まじい。

 これがただの貴族であったなら話は簡単だ。勘当して家から追放し、平民に落とせば良い。


 しかしエルルーシェは王子だった。しかもたった一人の嫡子。


 廃嫡するには理由が必要で、エルフは魔力の高さを誇りながらも、それを理由に廃嫡は出来なかったのだ。


 何故なら魔力が無い以外、エルルーシェは非常に優れた王子であったから。


 剣は言うに及ばず、ほぼ全ての武器の扱いは超一流。見識も広く、常に現場に足を運び己の眼で確認を取る。

 頭も切れ良く回り、幼い頃から度々教師を驚かせる発想を見せてきた。

 彼は努力を怠らず、学ぶ事に貪欲で、まるで渇いた砂漠のように何でも吸収していく。

 何処に出しても恥ずかしくない。むしろ自慢出来るほどの王子である。


 それでも。.....魔力がない。ただ、その一点でエルフにとっては恥さらし以外の何者でもなくなるのだ。


 貴族らからは度々進言が上がる。魔力の高い従兄弟らを立太子すべきだと。しかし父上は首を縦に振らなかった。

 自分が国王である内はエルルーシェが皇太子なのだと、頑として譲らなかった。

 父上の精一杯の愛情だろうか。エルルーシェには無用の長物だと思ったが、嬉しくもあった。


 正直、彼としては廃嫡され、何処かに離宮でも賜り、幽閉同然でも良いから静かな暮らしがしたかった。

 唾棄するような辛辣な視線の中で溺れるみたいに足掻くより、いっそ平民になり大地に根を下ろした暮らしをしてみたかった。


 全ては夢でしかないのだが。


 父上が存命な限り叶わぬ夢である。

 万一、父上が亡くなれば、王族派や王弟派、他にもいる従兄弟らや親族達が名乗りを挙げ、最悪内乱が勃発するだろう。

 それが分からぬ父上ではなかろうに。


 何故に自分が皇太子である事に執着なさるのか。


 エルルーシェには、父である国王の考えが全く分からなかった。




 しばらくして夕日が傾き始めた頃、城下町からユフレや騎士達が戻ってきた。エルルーシェも城内を散策し、側近らと共に情報を集めている。


 それらを総合し、彼等は話し合いを始めた。


 国王からの指示は、晩餐会への名代とガラティア内部の調査である。

 ウサギな王様の書簡によれば、前宰相らが複数の貴族と共謀して、大樹の国からの支援はおろか、国庫すらをも横領していたという。

 なれば、さぞや国民は困窮しているであろうと、エルフの王様は追加の支援を考えていたのだ。


 しかしそれは杞憂に終わる。


 エルフらが調べた情報や、ここに到着するまでに見た人々から判断して、ガラティアが傾ぐ事はないだろうという結論に落ち着いた。


「むしろ以前より落ち着いた感じがしますね。余分な物が削ぎ落とされたというか、人々も臣下も質が向上したかのように見受けられます」


 ユフレの言葉に、エルルーシェは書簡にあった前代未聞の横領事件を思い出す。

 仮にも宰相たる者が私腹を肥やし民を害し、あまつさえ国王陛下を騙して裏切るなど有り得ない事である。

 多くの貴族が共謀したらしいので、さぞや死屍累々で派手な粛清が行われただろうと思いきや、なんとウサギな王様は明らかな罪を犯した者のみを斬首にしただけだと言う。

 鑑定と解析を駆使し、入念な裏付けを取り、軽微な罪は罰金や使役で済ませ、全く関与していない者は血縁であっても無罪放免となった。


 正直、温すぎるとエルルーシェは思う。


 国に甚大な被害をもたらしたのだ。三親等どころが一族郎党極刑でもおかしくあるまい。

 こんな温い処罰では、王室を軽んじ、貴族の矜持を持たぬ輩が続出する。

 血の粛清を知らしめるチャンスであったのに、それを棒に振るなど愚かとしか言いようがない。

 そんな話を交わすエルフ達を余所に、ユフレは思案げに呟いた。


「.....疑わしきは罰せず」


 何気ない彼女の呟きを拾い、不思議そうに見つめるエルフらの視線に気付き、ユフレは微かに口角を上げる。


「確たる証拠がない限り罰してはならないと言う意味です。わたくしの前世の世界には魔法がありません。ゆえに証拠の捏造や偽証、状況証拠などと言うあやふやなモノによる冤罪も多くありました。それを戒める宗教上の言葉です」


 そして静かに眼をすがめ断言する。


「今回の事象は不自然です。端々に垣間見える国王の温情。大事件にもかかわらず、荒む事もなく以前より向上した人々。なにより従来の常識に当てはまらない動きが多々に見られます。はっきり言いましょう。これは転生か転移か分かりませんが、異世界人の関与が高いと思われます」


 ユフレの言葉にエルフ達は固唾を呑んだ。それが事実であれば、ガラティアには異世界人が存在する事になる。

 ユフレいわく、連座などという馬鹿げたシステムが多くの犯罪者を生み出すのだという。


「むしろガラティア国王の判断は英断だと言えるでしょう。罪なき者を救い、無用な怨みを買わず、さらには連座を免れた者達から感謝を受ける。良い事ずくめです」


 人間は財産だ。有益な人々を連座などと言う悪習の露に散らすは愚の骨頂。


「高い文明と教養を持った国は命を軽んじません。犯罪者であっても危険度が低ければ才能と引き換えに罪を減じる事があります。優秀な人間は人的資源です。連座などと言う馬鹿らしい風習で失うなど言語道断です。自らの手足を切り落とすようなものです」


 戒める恐怖より救われる感謝のほうが、犯罪の抑止力になるのだとユフレは言う。

 罪に罰は当たり前。しかし連座は罪なき者も処断する。全く意味のない野蛮な風習だと。


「しかしこれは完成に近い法治国家である世界の前世を持つ私だから言える事。この世界に生まれ育った通常の人間に今は至れない思想です。だけどガラティアでは、これに限り無く近い事が行われた。つまり、ガラティアの何処かに現代日本の知識を持つ者が存在すると言う事です」


 絶句するエルフらは顔を見合わし、何処と無く落ち着かない様子でエルルーシェに視線を振った。


 彼等の言わんとする事は分かる。もし異世界人がガラティアに訪れたのだとしたら、ユフレが居たことによる大樹の国のアドバンテージが失われるだろう。


 しかしそれが一夕一朝でない事もエルフ達は知っていた。


 誰よりも間近でユフレの苦労を眼にしてきたのだ。


 彼女は卓越した知識の持ち主だが、万能ではない。

 専門は農業。他はあやふやな知識しか持っていなかった。しかし、それでも多大な恩恵を大樹の国にもたらしてくれた。

 彼女のいう通りに畑を拡げ、耕し、種をまく。世話の細かい修正も行い、今までよりも効率的で大規模な農業が展開される。


 そして、たったそれだけで翌年の収穫量が倍になったのだ。


 誰もが瞠目する中で、彼女のみが頭を掻きむしる。


「こんなもんじゃないのよ。もっとイケるはずなの。あーっ、人手はあるのにーっ!」


 ユフレの叫ぶ理由がエルフ達には分からなかった。


「こんなに豊作で大成功だと思うんだけど」


 エルルーシェは憧れのミスリル級探索者を理解しようと必死に努力する。

 その努力が報われたのは六年後。ユフレから現代知識を学び続け、ようやく彼女の苦悩が理解出来た。


 エルフ達には絶対的な基礎学力が無かったのだ。


 梃子の原理一つにしても力学の知識が必要で、こうなると知っていても、何故そうなるのかを人々は知らなかった。

 それを計算出来なくば応用も出来ない。ましてや利用するなど夢のまた夢。

 彼女がこんこんと説明しても、その説明を理解する基礎中の基礎がないのである。

 伝えたい事は山ほどあるのに伝わらないジレンマ。

 専門の農業であってもこの有り様なのだ。うろ覚えな鍛治などは悲惨極まれりである。

 知識はある。理屈も分かる。しかし、それをどう伝えたら良いかが分からない。

 農業ならば実践で伝えられるが、鍛治や木工とかになると、それも出来ない。

 多くの職人を招き、彼女がいう算数とやらから講義を重ね、ようやく職人らが知識をつけたのが、ここ最近。

 今の職人達は、いっぱしの知識人となっていた。


 ユフレが何年もかけて手塩に育て上げた職人らから次代へと繋がる。これで、ようようスタートラインだわと彼女が満面の笑みで破顔したのをエルルーシェは一生忘れないだろう。


 そんなこんなで文明の差異により、異世界人は知識はあれども活用出来ないのだ。


 ユフレいわく、専門の本や現物があれば理解の速度も違うのだろうが、無いものはいかんともしがたい。

 想像の範囲で補わなくてはならない物も多々あり、未だに一進一退なようだ。ユフレ一人では何をするにも限界がある。


 そんなこんなで四苦八苦していたユフレや職人らも、色々な物を形にする事が出来た。


 農業に必要な物ならばユフレは詳しかったので既に製品となり導入されている。


 今の大樹の国の流行りは歯車だ。


 組み合わせにより、様々な事象を起こす歯車に職人らは夢中である。

 ユフレの指導の元、洗濯機や糸紡ぎ機など多くの物が完成していた。


「後は錬金なんかを組み合わせて、自動で動かせるようにするのが最終目的だわ♪」


 無邪気なユフレの微笑みに、幼い頃からの憧れと恋慕を募らせるエルルーシェだった。




 まあ、そんな感じで、専門以外は異世界人の知識も簡単には広まらない。ましてや本人なくば広まっても理解が覚束無い。

 大樹の国の十年に渡る努力は、そう簡単には覆せないだろう。


 心配気なエルフ達にそう説明するエルルーシェだったが、その自信は翌日の晩餐会で脆くも砕け散る。


 彼等は知らなかった。何をやるにも一人で全てやってのけ、さらには地球から現代知識をダイレクトに持ち込む、超規格外な異世界人の存在を。


 オカンのやらかすアレコレに、後々苦労させられるエルルーシェである。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る