第25話 オカンは犯罪者??

もうじき日付変更な頃、地球世界では問題が発生していた。


「草部を連れ戻すんだっ、熟練な探索者なうえ鑑定持ちだぞっ? 何故行かせたっ!!」


 現場を知らぬ上司の言葉に、木之本は深い溜め息をついた。


「どうしろと? 最下層までは薬品があっても六時間はかかります。日付変更まで後二時間。とても間に合いません。しかも草部は自身の選択で異世界へ渡るのです。個人の自由に干渉なさると?」


 木之本は草部から異世界へ渡ると聞いていた。妻子持ちな木之本には出来ない選択だ。羨ましくもあるが、応援もしている。

 木之本の正論に、ぐうの音も出ず、上司は手荒に電話を切った。

 そして乱暴に椅子に腰掛け、何とかならないものかと眉間に皺をよせる。


 何が個人の自由だ。そんなものは犬にでも食わせろ。草部を失う事は断じてあってはならないのだ。


 日本がダンジョン関係で独走状態なのは、草部、木之本、神埼の三人が卓越した探索者だからだ。

 ダンジョンを踏破し、最奥から様々な情報や知識、貴重な素材を持ち帰り、ドラゴンとも懇意な三人。

 松前博士が拘束状態で地上の警察に逮捕されたと聞き、慌ててダンジョンに駆けつけると、件の幼女から博士のしでかした犯罪の詳細が届いていて、FBIが出てくる大事件に発展した。


 それだけでも頭が痛いのに、気づけば問題の三人は煙のごとく消えていたという。


 狼狽え問う我々に神埼や木之本は、至高の間でしょ。最上さんは転移の魔法が使えますから。と、何でもない事のようにほざきやがる。


 転移だと? ダンジョンの何処にでも瞬間移動出来るだと? ふざけるなっ!


 なんでそんな規格外な人間を放置していたんだ。こちらに取り込む努力をしなかった!


 激昂し肩で息をする上司に、二人は冷たい一瞥を投げる。


 ドラゴンの弟子ですよ? 女神様が妹同然に可愛がっている幼女です。手を出したら文字通りドラゴンのブレスで焼かれ火傷じゃすみませんよ。労災どこの話じゃない。


 彼女がいなくば今の我々はない。彼女がいたからこそ我々はドラゴンや女神様と懇意になれたのだ。


 感謝こそすれ、利用なんてとんでもない。


 二人は肩をすくめ、呆れたような顔で我々を睨めつけた。


 正論、正論、正論っ!!


 何処か切り崩せないかと、上司は頭を巡らせたが妙案は浮かばない。指を咥えて手をこまねいているしかないのか。


 稀有けうな人材が異世界に渡る。聞けば幼女の父親もダンジョンを踏破したという。さらには未確認の逆行者で老齢から青年に逆行していたらしい。

 幼児化した幼女ともども貴重な実例ではないか。

 何故、報告に上がらなかったのか。


 いや、上がってきてはいた。しかし実感が湧かなかったのだ。


 件の幼女は魔法が上手な幼い子供。ダンジョン生成に巻き込まれた一般人宅の主婦だと聞いていた。

 最奥でドラゴンと暮らしていて、滅多に出てこない。必要なら会いに下層へ行くしかない。


 そんな風に報告は受けていた。


 だが浮き世ばなれした眉唾な話に、真実味が湧かなかったのだ。ダンジョンに棲む妖精みたいに都市伝説的な話に思えた。

 得体の知れない幼女より、むしろ何時も神埼の肩にいる小さなドラゴンのほうが重要だった。


 .....今更だ。


 後一時間もすれば日付が変わる。彼らは深夜を狙って異世界へ渡る予定だと聞いている。


 すると、深く項垂れる上司の机にある電話が鳴った。


 こんな時間に?


 訝る上司が電話を取ると、それは首相官邸からのホットラインだった。




「急げっ! ありったけの薬品を積んで最速で向かうぞっ!!」


 ある人々の思惑が絡み、ダンジョン上層がにわかに騒がしくなる。




「何事?」




 雁首揃えた自衛隊の面子に、幼女は首を傾げた。


 一人残らず満身創痍。肩で息をし、ぼろぼろで裁定どころの話ではない。流石のドラゴンも憐れに思ったのか、至高の間から千早を呼び出してくれた。


「....貴女方親子に....指名手配がかかりました。....同行、ねがいっ...ます」


「はえ??」


 なんの話だ。松前博士の事か? 一応ハイポーションで治癒したはずだが、アウトだったか?


 思案する幼女がいる裁定の間に、一足遅れて木之本と神埼が入ってきた。

 二人は複雑な顔を見合せ、ダンジョン上層に繋がっているというテレビ電話を差し出す。


「詳しい話はこちらで。貴女方に窃盗の容疑がかかっています」


 窃盗?! 


 自衛隊上司にかかってきた首相官邸からのホットライン。それは千早親子が国宝を持ち出し所持している、速やかに確保せよとの連絡だった。

 故に自衛隊探索者全身全力、人海戦術、怒涛の勢いで最下層まで突っ走ってきたらしい。


 あ~~ 覚えがあるわ~~。


 千早は嫌々ながら電話を取り、スクリーンを立ち上げた。

 そこには見覚えのある精悍な男性。以前ダンジョン治療所で千早がアムリタで救った現首相。


《こんばんわ。すまないね、こんな時間に》


「いや....身に覚えあるんで。盗み出した訳じゃないから窃盗にあたるかは疑問なんですけど」


《うん、知っている。君には以前世話になったしね。ただ、こちらも無視出来ない相手からの依頼なもので。確認したいだけらしいから、このままで》


 そう言うと首相は姿を消し、見知らぬ男性が現れた。上品な初老の男性は丁寧に挨拶し、国宝なる刀をお持ちかと問う。

 小さく頷くと見せて欲しいと言われ、親父様を呼んだ。

 親父様が差し出す懐剣を受け取り、スクリーンの前に置くと、初老の男性は軽く眼を見開いた。


 そして刀を抜いて欲しいと請われたが、千早には抜けない。


 あれ? 何でだ?


 うんうん唸りつつ抜こうとする千早に苦笑しながら、親父様が刀を取り上げ引き抜いた。

 スラリと引き抜かれた懐剣は仄かに光り瞬いている。あまりの美しい刀身に、思わず千早の口から感嘆の呟きがもれた。


「綺麗....」


それを見た初老の男性はうっすらと涙を浮かべて、御元気でと言い残しスクリーンから消えた。

 次にはまた首相が現れ、正しい保有者である確認が取れたので手配は取り下げられたと話す。


「なんなんだったんだ、一体....」


 唖然とする木之本の目の前でスクリーンは消え、疲労困憊な自衛隊を千早は至高の間に招き入れた。


「でも何で私には抜けなかったんだろう。私も養女なん?」


 あっけらかんと言い放つ千早に、親父様は軽く眼を剥き、憮然と小さく呟いた。


「年齢....七つまでは。....人にあらず。...な?」


 あ~、そういう話あったな。それが反映してるのか。なるほどね。実年齢でなく肉体年齢か。


「何の話ですか?」


 不思議そうな顔する姉弟弟子三人に、千早は軽く説明する。宮家の御子云々は削って。


「ほんとだ抜けない。血族にしか抜けない刀なんて、不思議ですね」


「世界は摩訶不思議にあふれてるなり。魔法や錬金なんて物がない代わりに、別な不思議が地球にもあるなりよ」




 暢気に茶をすする千早達を余所に、首相官邸には重い空気が漂っていた。


「宜しかったのですか? 今ならまだ間に合うのでは? 古き血族なのでしょう?」


 首相は初老の男性を静かに見つめる。

 彼は小さく首を振り、出されていた御茶に手を伸ばした。


「隠された一族です。決して陽の目を見る事はない。こちらの御方から直系が絶えた場合のみの予備的な血族だと認識していました。...陛下から御話を聞くまでは」


 初老の男性は少し遠い眼をして、昨夜の陛下を思い出す。


 こちら側で把握していた事情とは違う、直系のみに伝えられる口伝の昔話。

 戦後の混乱期に全ての財産をなげうって宮家を支えてくれた血族。

 永きに渡り御子様の血筋を守り、あちらの当主と代々の陛下らは常に繋がりを持っていた。

 あちらの直系が先細りになり、当代で終わると聞いていたが、定期的に訪れる部下の話で当代が若返ったとの報告がきた。 


 まさかの逆行者。再び直系が生まれる可能もあり、連絡をとろうとした矢先に、忽然と家ごと行方がわからなくなった。


 慌てる宮内庁が調べあげた結果、娘御の件からの諸々な情報が上がってきた。多額の金銭が動いており、情報を辿るのは容易だ。

 信じがたい話の羅列ではあったが、昨今の世界情勢に既存の常識は通じない。

 二人の動向からみるに、こちら側の全てを処分しているように見受けられ、異世界来訪の可能性を部下が示唆する。

 報告を受けた陛下は沈痛な面持ちで、件の昔話をなされた。予備の一族などではなく、遥か昔に致し方無く袂を別った親族なのだと。

 石動は一切を黙殺し、忠実に御子を守り繋げてくれたのだと。その証拠に皇の姓を受け国宝に列なる刀を所有しているはずだと。

 時の帝の御力により、その刀は皇の血族にしか抜けない秘宝なのだと陛下は仰有り、半信半疑ながらも、こうして確認に来たのだ。


 石動の当代当主は陛下にとって祖父も同じ。異世界へ渡ると聞いて、深く嘆いておられた。

 そしてただ一言。御元気でと伝えて欲しいと仰有り、その指示のまま御伝えした。


 初老の男性は物憂げな顔で立ち上がり、御足労をかけましたと首相に頭を下げる。


 そのまま退室した男性を追って、一人の自衛隊員がかけよってくる。何でも石動十流から伝言を預かったそうだ。


 その伝言を聞き、初老の男性の瞳は大きく揺れた。




「そうか。御本人であらせられたか。...行ってしまわれるのだな」


 寝台の中で陛下は寂しげに呟かれた。


「御当主より伝言がございます」


 薄く笑みをはき、静かに立つ初老の男性。彼は陛下の侍従長であった。

 首を傾げる陛下を余所に、侍従長は伝言を伝える。


「あちらでは皇すめらぎを名乗ると。千年別たれた一族が本流に戻るとの事です」


 陛下の御目が大きく見開き、次には柔らかく伏せられた。はち切れんばかりの歓喜に潤む瞳と戦慄く指が、陛下の心情を侍従長に伝える。


「....そうか。」


 万感の思いが詰められた一言。


 侍従長は彼の二人が、あちらで新たな日本人の時代を築くと疑わない。


 こちらの血族に繋がる者が、あちらで新たに国を起こす。想像するだけで愉快ではないか。


 夢物語だ。しかし現在は夢物語が現実になっている。夢を見ても良い時代なのだ。


 彼の二人に思いを馳せ、静かに立つ侍従長の視界で、陛下の頬を暖かい雫が一筋伝った。


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