第25話 いざ、王都へ


 この森を覆っていた呪いが晴れていく。

 空気が澄んでいき、光りが差し込んでいた。


「倒せた……」


 その森の中で、俺は深く息を吐き出した。


 ……死ぬかと思った。

 予想はしていたけど、かなり大きな相手だった。


「シバサキくん! やりました……!」


 駆け寄ってきてくれたセレスさんが俺のことを思いっきり抱きしめてくれる。


「セレスさんは、どこもお怪我はありませんか?」


「うんっ。私は大丈夫です。シバサキくんは?」


「俺も大丈夫です」


「うう……よがっだっ」


 涙ぐむセレスさん。

 俺もセレスさんをそっと抱きしめて、その頭をそっと撫でた。


 でも、互いに無事でよかった。

 一応ステータスを確認してみると、数値が振り切るぐらいアップしていた。それぐらい強い相手だったのだ。

 あの時、セレスさんが相手の口に魔法を放ってくれていなかったら、きっと倒せていなかったと思う。


 そして……そうしていると。

 俺たちの前に銀色の光が降り注いでいた。


「「あっ」」


 黒い巫女服に、銀色の髪。

 呪いが晴れて、日差しが差し込む森の中に、一人の少女が姿を現してくれた。


「柴崎くん。セレス。この森の主の討伐、おめでとうございます。私も拝見していました」


「……こ、この声、もしかして……ロストルジア様ですか?」


「ええ。セレスとこうして実際に会うのは初めてですね」


 そう、俺たちの前に姿を現したのは、ロストルジアさんだった。


「セレス、あなたのことは見ておりました。一年もの間、この呪われた森で、よく頑張りましたね」


「う、うあ”ぁぁん……っ。褒めてもらえたぁ……っ」


 セレスさんが涙を流す。


「ふふっ。この子は涙もろい子ですね」


 ロストルジアさんがセレスさんの頭を撫でて、微笑んだ。


 セレスさんは涙脆い。俺もよくセレスさんの涙は見てきた。だけど彼女が流す涙は、いつも決まって嬉し涙だった。

 それが綺麗だと思ったし、眩しいと思った。


「柴崎くんもよくセレスを支えてくれましたね」


「いえ、俺の方がセレスさんには支えてもらってばかりでした」


「う、うあ”ぁぁん……っ。シバサキくんにも褒めてもらえたぁ……っ」


「ふふっ。頑張ってる姿は、ちゃんと見ているのですよ。セレスのことも。そして柴裂くんのことも」


 ロストルジアさんはそう言うと、俺の頭も撫でていた。


 その手はほんのりと温かみがあって、柔らかい手だった。

 ロストルジアさんも、確かにここにいるのだ。


「もう、出てこれるのですか?」


「ええ。あなたたちがこの森の呪いの原因になっている魔物を倒してくれましたから、自由に、とまではいきませんが、この森の中でならある程度は姿を維持できるようになりました」


「そうでしたか……」


 それは、多分、いいことだと思う。

 少なくとも、今こうしてロストルジアさんが出てきてくれたことに、セレスさんも喜んでいる。ロストルジアさんの表情も明るい。

 この前、あの暗い空間で見た時のロストルジアさんは、どこか、寂しそうにしていたように見えた。だから、あそこにいるよりは、ずっといいと思う。


 そして、呪いの魔力だ。

 この森に蔓延していた、呪いの魔力は消えた。


 だから、もう呪いの影響も気にしなくてもよくなった。


 これで、セレスさんの体にも悪影響がなくなって、これからは新鮮な空気を吸えるようになると思う。


 森からも、出られるようになるのではないだろうか。


「あの、ロストルジア様。お聞きしてもよろしいでしょうか」


「どうぞ。セレス。気になることがあるのですね」


「はい……。これからのこの森はどうなるのでしょうか……。これで、私たちは森の外に出られるようになったのですよね」


「ええ、私が王都まで転移させることができます。普通に歩いて森の外にも出れると思います」


「そしたら……ここには戻ってこれないのでしょうか? 私たちはもうここにはいない方がいいのでしょうか……」


 そう言ったセレスさんは、寂しそうに俺の手を握っていた。

 俺たちがここにいる理由はもうないのだ。


 しかし……。


「あ、いいえ、そのまま住んでもらっても構いませんよ?」


「……本当ですか?」


「本当です。確かにこの森は進んで住むような場所ではありませんが、これからは変わっていくと思います。それはいい方向に、です」


「いい方向に……」


「あなたたちは理由を求めているようですが、理由などいりません。ここにいたいのなら、いればいいのです。だって、ここはあなたたちが解放した森ですもの。ここはもう、あなたたちの森です」


「ロストルジア様……」


「だから、セレス。心配はいりません。柴裂くんもです。環境が変わっても。何も変わりません。その気持ちがあるのなら、終わることはないのです。だから、自分の気持ちに素直になりなさい」


「……‥…っ」



 そして、次の瞬間だった。



「シバサキくん…‥っ。だめ……ですか?」


ちょん……と俺の服を握って、上目遣いをするセレスさん。

甘えるような、瞳だった。


「私、あなたとの生活、楽しかったです。だから……ここにいてくれますか?」


「俺も……そうしたいです。俺には……ここしかありませんので」


 なにより、セレスさんとの暮らしは俺も楽しかった。

 だから、続けることができるのなら、そうしたい。


「「じゃあ……」」


 俺たちは顔を見合わせた。

 そして、同時に頷き合っていた。


 そして……。


「では、これからもよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺たちは改めて、お互いにそう言っていた。


「これからは、ロストルジア様も一緒にですよっ」


「あっ、私のことも誘ってくれました! では、ぜひ、お願いします」


「もちろんっ」


 ロストルジアさんも喜んでいた。


 こうしてこの森での生活も、続けていくことになった。




 その後、セレスさんにはもう一つ心配事もあったようだけど、それに関してはロストルジアさんの言葉もあってこうすることになった。


「私は王族です。これでは王族の使命を放棄することになってしまうのではないでしょうか……」


「ふふっ。セレスは本当に真面目な子ですね。しかし、それに関してなら、むしろ、あなたはこの森にいるべきです。あなたは国民からの支持は絶大でしたが、城の者たちや、貴族たちから、疎まれていますよね」


「そ、それは……そうかもしれません」


 セレスさんが俯きながら頷く。

 どうやら事実のようだった。


「あのまま、あの国にいたら、セレスは殺されていたと思います。だからあなたは国の外にいた方がいいと思います。王族の使命というのなら、あなたはすでにあの国の王族として幼き頃から十分な成果を残しています。それでも、気になるのなら、何かあった時、あなたが動けばいいのです。あなたは王都では死んだことになっているので、逆に色々動きやすいと思います」


「……やっぱり死んだことになっているのですね」


「ええ。柴裂くんと同じです」


「……シバサキくんと同じ……。それならいいかもですっ」


セレスさんが嬉しそうに俺の手を握る。


俺も死んだことになっているだろう。

だから死んだもの同士としても、通じ合うものがあるのかもしれない。多分、それはロストルジアさんもだ。




「それでも、一旦、王都には行ってみましょうか。セレスも、柴裂くんも、気になることはあるでしょうから、私が王都まで転移させます」


「「よろしくお願いします」」


 その後、俺とセレスさんはロストルジアさんの力によって、王都へと転移するのだった。

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