第9話 捧げ姫のフィリスティア
「あ、柴裂くん」
「七宮さん」
フィリスティアさんと別れ、召喚の間、つまり俺たちがこの世界に召喚された時にいた場所に戻ってきた時のことだった。
七宮さんと目が合った。
七宮さん。今朝、俺にハンカチを差し出してくれた子だ。
これから、この召喚の間で、帰還の儀が行われる。俺たちは一応、元の世界に帰ることができるのだ。
帰還の儀が行われるまでにはもう少し時間がかかるようだが、俺が召喚の間に戻ってきた時には、すでに数十人の生徒の姿があった。
男女それぞれ10人ほどが、教会のような作りの部屋の中にいる。
壁際に座り込んだり、固まって会話をしたりしている。
この場にいない生徒たちは、各自でまだ異世界を散策をしているんだと思う。
「おかえりなさい、柴裂くん。柴裂くんは確か、今日は王女様と一緒だったんだよね」
「うん。さっき、そこまで一緒だった」
「そっか……」
「七宮さんは、ずっとここに?」
「うんっ。出歩くのは怖いから残ってた。居残り組でした」
「そっか……」
「「…………」」
少し言葉を交わすと、無言になる俺たち。
元からそんなに話す方ではないから、これは自然なことではある。
それでも、七宮さんは「そうだっ」と言うと、自分の隣をぽんぽんと叩いて、指し示した。
「柴裂くん、ここどうぞ。あのね、見せたいものがあるの」
「見せたいもの……?」
「うん。見ててね? 『ライト』」
ジュボォ……ッ!
「おお……!」
七宮さんの手から……光が出た!
「これで私も魔法使いです。えへっ」
得意げに言う七宮さん。
「私、この世界に来てすぐの鑑定の儀の時、スキルを貰えなかったでしょ? その時、王女様が、とっても心配してくれてて、申し訳なかったの……。だから、魔法を使えたらいいなって思ってたら、使えるようになったの」
「じゃあ、そのそばに置かれている本は……」
「うん。城の人たちが暇潰しにって持ってきてくれた魔術書。これで練習したの」
七宮さんの手元には、本や、魔法陣が書かれてある紙があった。
元の世界の文字とは違う文字が書かれてある。だけど、不思議なことに、俺は読めた。どうやら異世界に召喚された時点で、読めるみたいになっているようだ。
「私、この本で調べて、結構、詳しくなったよ。あのね、魔法には代償がいるんだって。スキルを発動する時にも、代償がいるんだって。それが魔力。だから、その対価を差し出すことが、重要なんだって」
「おお……詳しい」
「でしょっ。この世界、とってもファンタジーだよね」
柔らかい笑みを浮かべる七宮さん。それからも、魔法について語ってくれた。
「でも、そう考えると、引っかかることもあるの」
「……引っかかること?」
「うん。城の人たちは、元の世界に戻る時に使われる帰還魔法にも準備とかがいるって言ってたよね」
「うん……」
「でも、だったら、この世界に来てすぐの鑑定の時に、クラスのみんなにスキルが与えられた。その時、スキルの対価は使用されていなかった。それは理に反することで、だからこそ、呪神ロストルジアに呪われないのかなって……。呪神ロストルジアというのは、呪いと災いの神様で、でも調べてみると、それも少し齟齬があるの。でも、考えすぎなのかな。それとも、何か別の要因が…………でも、」
「な、七宮さん……っ。柴裂くんが困ってるよ……っ」
そばにいた女子生徒が、自分の世界に入って険しい顔で考えだした七宮さんに呼びかけていた。
「ごめんね、柴裂くん。七宮さん、結構凝るタイプみたいなの」
「あ、ううん」
「私なんかだと、異世界だし、なんでもありだって考えるけど、そういうわけでもないのかな?」
その子が苦笑いをしながら、話しかけてくれる。
他にもそばにいた数人の女子たちも苦笑いをしていて、七宮さんの疑問にあれこれと意見を出し合っていた。
明るい雰囲気だった。
七宮さんを中心に、その雰囲気ができているのだ。
今朝、ハンカチを持ってきてくれたことといい、七宮さんはそういう所があるのだ。
* * * * * *
そして、それからさらに1時間後。
徐々に残りのクラスメイトたちも召喚の間に戻ってきて、ついに帰還の儀が行われることになった。
国王様や、魔術師、騎士たちも召喚の間にやってきて、準備が着々と整っていく。
そして、第四王女、フィリスティアさんも召喚の間に姿を表した。
その格好は、今日、一日一緒にいた時に来ていた修道服ではなく、巫女服のような服に着替えられていた。彼女は俺の方を見ると、優しく微笑んでくれた。
だけど……気のせいだろうか。
その笑みには、どこか諦めが混ざっているように見えた。
……そして俺は、その意味をすぐに知ることになる。
「待たせてしまってすまない。では、これより、帰還の儀を始める。お主たちには、この世界に留まるか、それとも元の世界に戻るかの選択肢がある。各々スキルを得ているが、そのスキルはこちらの世界でしか使用はできない。それを踏まえた上で答えを出してほしい」
国王が手に杖を持ちながら説くように言った。
そして、話が終わると、部屋の奥。七色のステンドガラスがある辺り。
そこにフィリスティアさんが移動する。彼女はそのステンドガラスを見上げ、まるで祈るように目を閉じて手を組んでいた。
あれが帰還の儀だろうか……と思ったけど……どうも違うみたいで。
「では、帰還の前に、重要な儀式を行う。それが、『捧げの儀』だ。各々にスキルを授与してくださった神々に、供物を納める儀である」
「「「供物……?」」」
供物……。
「スキルというのは、ただで分け与えられるものではない。相応の供物を差し出すことを条件に、神が異世界の英雄に才能を授けてくれるのだ。その供物は、代々、我が国の王族の中から選ばれてきた。そして、こたびの供物の名は、フィリスティア。我が国の第四王女、フィリスティア・デレクトルである」
「「「!」」」
「承りました。私、この国の第四王女フィリスティア・デレクトルは王族の責務として、ありがたきお役目を全うさせていただきます」
「ねえ、見て……!」
「「「なに……あれ!?」」」
突然の異変。
そこにあったのは、黒い扉のようなものだった。
七色に輝いていたステンドグラス。それが、黒い扉に姿を変えており。
そこから黒いものが、どろりと出てきている。
そしてフィリスティアさんが腰からナイフを取り出すと、それで自分の手のひらを切った。
血が滲み、ぽたぽたと床に落ちていく。真っ赤な模様に反応するかのように、この部屋全体が揺れていた。
そして、フィリスティアさんが供物だという。
供物で。代償で。身を捧げる。
そして、捧げ姫。
何かをする際には、それに相応しい代償が必要で。
この場合、その供物であるフィリスティアさんはどうなるのか。
それは、考えなくても分かることだった。
つまり、他の言い方をするのなら、生贄とか犠牲とかいうものだ。
捧げ姫のフィリスティアさんは、身を捧げることになるのだ。
そう考えた時、今までのことがガチリと噛み合った気がした。
あの笑顔も。あの言葉も。
……フィリスティアさんはそれを分かった上で、今日一日、俺と行動を共にしていたのだ。
「神よ、この私、第四王女フィリスティア・デレクトルを、贄として、どうぞ、お受け取りください」
フィリスティアさんは振り返ることなく、どろりとしたモノに語りかける。
国王や騎士たちもそれが当然といったように、安全な場所へと移動して、事を見守っていた。
彼女がそうなるのは当たり前のことみたいだった。
しかし……。
ここで予想外のことが起きる。
「……えっ」
神様だという、黒くてどろりとしたモノが、フィリスティアさんの横を素通りした。そして這うように、クラスメイトたちが集まっているこっちにやってきていた。
そして、ガシッと。纏わりついたのは、七宮さんの体にだった。
「!?」
「ま、待ってっ、違っーー」
慌てて、動くフィリスティアさん。
だけどすでに遅く、七宮さんの体が、黒い扉のような場所へと引きずり込まれようとしていた。
「ううう……!」
途中で、なんとか七宮さんの手を掴み、引きずり込ませまいと引っ張るフィリスティアさんだけど、彼女自身も巻き添えを受けるように引き摺り込まれている。
「ねえ、これ、やばいって……!?」
「このままだと七宮さんも、王女様も危ないよ……!」
「どうなるの!?」
ひぃ、と怯むように、事の一部始終を見守っているクラスメイトたち。
「……くっ」
俺の足は動いていた。
床を蹴り、引き摺り込まれようとしている七宮さんと、フィリスティアさんの元へと駆けて、その手を掴んだ。
「え、英雄様っ」
「紫裂くん……」
「フィ、フィリスティアさんは、い、今のうちに……ッ」
「で、でも……」
「は、早く……! このままだと、二人とも引きずり込まれる……!」
だから、とりあえずフィリスティアさんからでも、避難しないと。
その後に、七宮さんも必ず……!
と、そう思いつつ、七宮さんの手を握り、歯を食いしばっていた時だった。
ーースキルが譲渡されましたーー
「「……!?」」
バチっと俺の中で何かが切り替わっていた。
同時に、七宮さんも何かを感じ取ったようで、彼女を引き摺り込もうとしていたモノが、標的を変え、俺目掛けて伸びてきた。
「英雄様!」
「……柴裂くん!」
ぐるりと、その黒いのに巻きつかれた俺は、握っていた七宮さんの手を離し、そのまま引きずり込まれ、この場から姿を消した。
そして、一瞬。視界が暗くなり、次に目に飛び込んできたのは、森の風景だった。
黒くて、濁った森。そこに俺は移動していており。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
目の前にいたのは、一匹の真っ黒い獣だ。
見上げるほどに大きなその魔物は、牙を見せつけながらの咆哮を上げて、その口にはドロリとした舌がある。
あれは、さっきまで俺たちを引きずり込もうとしていたアレの正体だと思う。
「何が神様だ……。獣じゃないか……!」
神様のための生贄とか言っていたけど、獣の舌じゃないか……ッ!
俺は、すぐにスキルを発動して戦おうとしたものの、スキルは発動しなかった。
だから、この後のことも当然のことだった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
近づいてくる牙。迫ってくる圧迫感。
分かったのは、逃げることもできず、死んでしまうということだった。
そして、一瞬の出来事だった。その魔物の牙は、俺の体の所で噛み合わされていた。
そのことにより、痛みを感じる暇もなく、恐怖で叫ぶ暇もなく。
俺は食われて、死んでしまったのだった。
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