第一話

ファイヤーバード(1)

 光の連鎖が星明りの宇宙に筋を描く。


 無限に思える宇宙空間では本当にささやかな光なのに、そこには膨大なパワーが秘められている。その証拠に、先頭を切るのは人の形をした機動兵器。

 身長は20m。質量なら100tに及ぶ。それだけの重さのものを薄紫のジェットの光が押しだしているのだから推して知るべし、である。


「うっげぇ、なんだよ、この速さは!」

 苦言を呈しているのは追われる身のほう。

「まさかアームドスキンだってのか?」

「分かってんなら止まんなさーい!」

「いや、止まったら捕まるだろーが!」


(なに、この茶番じみたの……)

 エルド・クアシスは内心でこぼす。


 彼は星間警察に属する刑事である。国家に属する警察機構の刑事と違い、星間銀河すべてが管轄となる。


 星間警察は星間管理局の治安組織であり、星間法に触れる犯罪を取り締まる。正確には星間保安機構ギャラクシーセイフティオーガニゼーションが正式名称。なので『GSO』の略称を持ち、エルドの胸にもロゴがある。

 しかし、一般には「星間警察」と呼ばれることが当たり前で、下手すれば正式名称を知らない人もいるだろう。管理局ビルのブースにはきちんと「星間保安機構」と書いてあるのだが。


「星間警察に追われる覚えなんかねー!」

「じゃあ、なんで逃げるかー!」

 刑事ドラマの追走劇か、とツッコみたくなる。

「俺だってスピード違反くらいしたことあるし!」

「そんなちんけな容疑でこのあたしが出向くわけないでしょー!」

「だったらなんの容疑だってんだよ!」

 どんどん気が削がれていく。

「女のあたしにそれを言わせるの?」

「言えよ!」


 これは相手が正しい。嫌疑がかかっているなら通告する義務がある。


 星間法にも様々な条文が定められている。しかし、惑星国家の定める各種法律に比べればはるかに少ないといえよう。

 それは星間管理局の役割、航宙保安の維持や交易不均衡事案、様々な人権問題に対応するのに必要な内容が定められているだけだからだ。いわゆる刑法に分類されるような窃盗や傷害、殺人などの犯罪に関してはその限りではない。


 しかも、航宙保安に関してはほとんどが星間ギャラクシー平和維持ピースキープフォース、通称GPFの管轄で、星間警察が動くとすれば海賊行為の初動対応ていどである。追跡などを除けばあまり宇宙での活動はない。


(だってのに、最近の僕ときたら、もっぱら宇宙ばかり飛んでるし)

 同僚にはとても自慢できない。


 それは彼が「アシスト」と呼ばれる職務に就いているから。刑事として彼女の補助をするのが務めである。そう、彼女は星間警察の刑事ではない。


「わがままねぇ」

 彼女の声は溜息まじり。

「だったら、これを見たら思い出せる?」

「なんだって……、って、おい! それ本物か?」

「偽物だったら大犯罪でしょーが」


 彼女のアームドスキン、ベースは白で各部が赤く染められた機体の左胸の前にエンブレムが投影される。それは金の翼を模してあった。


「お遊びはそれくらいにしときましょうよ」

 いいかげんうんざりしてきた。

「さっさと捕まえてください、ファイヤーバード」

「コードネームぅ? 本当に本物だったのか!」

「お解り?」

 さすがに怯えが混じる。

「どうして司法巡察官がここに?」

「それはあなたが一番よく知ってるんじゃない?」


 彼女のコードネームは『ファイヤーバード』。刑事ではなく星間警察所属でもない。司法部巡察課の司法官である。

 司法権と捜査権を有する特殊な職責。自ら出向き、自ら捜査し、自ら裁き、自ら執行する権限を持っている。なので正体は秘され、普段はコードネームで呼ばれるのだ。


「国家間不正競争防止法違反ほう助容疑で捕まえちゃうぞ。お話聞かせてね」

「可愛く言っても止まるかよー!」

 余計に加速した。当然だろう。

「エルド、発砲許可」

「はいはい」

「もしコクピットに当たっちゃったら『てへっ』て言うのよ。そしたら許しちゃう」

「当てませんよ」


 ファイヤーバードは司法巡察官ジャッジインスペクター。彼女を補佐するのが星間警察刑事のエルドの「アシスト」という職務。

 公に彼女が司法巡察官を名乗って捜査をすれば犯罪者はすぐに潜伏してしまう。証拠もなにも目視あるいは聴取しただけで裁かれるのだから怖れられる。

 なので彼のようなアシストがついて、星間警察のバディの捜査であるかのように振る舞うのだ。


「たまには羽目を外してもいいのにぃー」

「羽目を外して容疑者を射殺なんてできません」

 アシスト役というよりツッコミ役。

「その物騒な考えは引っ込めといてくださいよ。曲がりなりにも倍率十万ともいわれる狭き門を抜けてきた優秀な方なんですから」

「えー、好き勝手していいからこの職に就いたのに」

「通報しますよ?」

「無罪。あたし判決」


(これくらい突き抜けてないと司法巡察官ジャッジインスペクターになんてなれないもんなんだろうか? それなら僕は志望なんてしないね)


 万事がこんな感じではない。が、少なからず破天荒な言動がある。

 優秀な人物なのも間違いない。彼であれば、この容疑者をつきとめて逮捕に至るまで十倍どころでない時間を要するだろう。


「部下が構ってくんないから構って」

「げふぅ!」

 瞬時に回りこんだ彼女のアームドスキンが膝蹴りを決めている。

「優しくするから」

「優しくねぇよ!」

「はい、なでなで」

 肘が落とされ頭部が破砕された。

「お姉さんの言うこと聞いて?」

「……はい」


(とうとう諦めましたか)


 いつも通りな展開にエルドは安堵の吐息をはいた。

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