第26話 洞穴に潜み立つトーテム達を越えて

 サティスもまた舞い降りてきて、中の様子を見てみる。

 穴から差し込む光で内部の様子が見れた。


 埃っぽい空気に薄っすらと浮かぶ壁画。

 そして埃と蜘蛛の巣に塗れた"トーテムポール"が奥に沿って並べ立てられている。


「丘の内部にこんな空間があったなんて……すごいよなサティス」


「え、えぇ、そうですね」


 この仄暗い空間にサティスは、少しばかり曇った表情を見せる。

 かつての拷問やリンチの記憶を思い出してしまったのだ。


「……大丈夫か?」


「えぇ。心配なさらないで。……ところで、ここは一体?」


 セトに心配をかけぬよう振る舞いつつも、この空間の異質さに目を向ける。


 サティスは村長の家で、この土地にいる先住民達の話は聞いたことがある。

 村からずっと離れた場所にいるとされる自然と共に生きる人間達で、トーテムポールを扱うことでも有名だ。


 だが、こんな場所にこんな遺跡めいたものがあるというのは聞いたことがない。

 


「奥まで続いているようですね」


「埃や蜘蛛の巣の具合から見て……長いこと放置されてたみたいだな」


 ピクニックから探検へ。

 セトの好奇心に応え、サティスは光の魔術にて松明程度の明かりを灯す。


 奥へ進むたびに空気は冷たく埃っぽく。

 そしてなにより、光に照らされる無数のトーテムポールが仄暗さの中で不気味さを演出していた。


 このトーテムポールには大鷲やカワウソ、熊やコヨーテ等の動物が見受けられるが、

 若しくは、珍妙な顔をしている。

 


「変なのがずっと立ってるな」


「トーテムポールですね。だけど……これはかなり古いものです。言ってみれば今のトーテムポールの原形とも言える代物でしょう。本来はこんな場所に立てるものではないのですが」


「トーテムポール。聞いたことがある。確か……ある土地の先住民達が先祖や精霊を祀る為に作る像だったか? ……だけど、これは」


「えぇ、少なくとも我々の知っている時代のものとは違います。……トーテムの元々の意味は『次元と因果』だそうです。もしもそれに関わる像であるとするのなら、この彫刻された奇妙な動物達はなんなのでしょう? ……使われている木も、植物というよりも鉱物のような」


 謎が深まる中奥へ進む。

 無数に立ち並ぶ無貌なるトーテムにじっと見られているような錯覚に陥っていく。


 生き物の気配のない死の世界。

 思わずそう感じてしまうほどに静かで暗くて寒い。


「ん? 奥になにか見えますね」


「あれは、祭壇か?」


 ここまで一本道で、ようやくゴールと思しきだだっ広い空間に辿り着く。

 木や動物、そして民族衣装の人間が描かれた壁画。

 無貌なるトーテム達、そしてなにかを祀る為の場が奥にある。


「なるほど……もしかしたら……」


「知ってるのかサティス」


「えぇ。これは魔物の話になるのですが。……魔物にはいくつもの派閥があります、いえ、ありました。数百年前に多くの派閥が魔王の所と合併し魔王軍となったのです。ですが……ひとつだけ魔王に属さない一派がありました」


「魔王軍に属さない魔物? それが、先住民族達の信仰と関わりがあるのか?」

 

「えぇ。魔物……と言っていいのかはわかりませんが、少なくとも人間達にとっては魔物も同然でしょう。……その存在の名は『ウェンディゴ』、自然の意思にして精霊の一種であるとされています」


「ウェンディゴ……。その存在を祀る為の空間だっていうのか?」


「恐らくは。彼等はこの世界が始まったと同時に存在したとされています。……そうかぁ、ここだったんだ。ウェンディゴ達がいる土地は」


 光で照らしながら、歴史の一端を目の当たりにしたサティスの目は不思議と輝いていた。

 彼女にもまた知的好奇心が芽生え、セトと同様未知なる光景に関心を抱いている。


「ここはその跡地、かぁ。もしかしたら……ウェンディゴや先住民族達とこの先出会う可能性もあるかもしれないな」


「彼等に、ですか……?」


次元と因果トーテムがもしも俺達を招き寄せたのなら……そういう未来も招き寄せるかも知れない」


「……話だけ聞くとロマンチックですけど、荒事も招き寄せそうで怖いです」


「そのときは俺がなんとかする!」


 自信満々に答えるセトに、思わず吹き出すサティス。

 可笑しかったというよりも安心した意味合いで、笑みが零れてしまった。


「なぁに言ってるんですか。私だって本気出したら強いんですからね! ……私をもっと頼ってください。もう森の中で出会った頃の私じゃないんですから!」

 

「そうだな。わかった。これからもよろしく頼む」


 仄暗い空間に2人の笑顔が満ちる。

 セトはそろそろ帰ろうかと思ったが、サティスの好奇心に更に火がついて、その場にいることとなった。


「なぁ~おい、そろそろ戻らないか?」


「ダメですッ! こんな素晴らしい歴史の遺産を調べもせずに放っておくなんて私には出来ませんッ!」


「いや、別に今日じゃなくてもいいだろ……」


「待っててください、あとちょっと……」


 眼鏡を輝かせながら壁画や祭壇、果てはあんなに気味悪がってたトーテムポールすらも調べ始める。

 なにかに熱中している彼女の姿は初めてかもしれないと、セトは新鮮な感覚を抱きつつ見守ることとした。


(サティスが自分の為にあそこまで生き生きしてるのは初めて、かな。大抵は俺の為に色々してくれているときに……)


 思い出している途中でやめた。

 サティスの今までの蠱惑的な仕草が脳裏で反芻している。


(趣味、かぁ。俺の趣味ってなんだろう……。そういえばこんなこと考えたことなかったな)


 思いふけていると、セトの視界にあるものが映る。

 その方向は祭壇の方。


 祭壇の奥の壁に巨大ななにかが描かれている。

 

 黄色いローブをまとった男……のように見える触手の塊めいたもの。

 よく見れば見るほどにその絵に引き込まれていく。


 まるでその真っ黒に塗りつぶされた顔部分からセトに呼びかけているかのようだった。


「セト? ……────セト!」


「おぉ!? なんだ? なに?」


「さっきから呼んでるのに全然反応がないから……」


「え、あぁごめん。あれを見てたんだ」

 

 サティスは彼の指差す方向を見る。

 だが、怪訝な表情を崩さぬまま目を細めるばかり。


「なにも、ありませんよ?」


「……え?」


 その方向を改めて見てみるが、サティスの言う通り。

 ────セトが見たあの壁画は影も形もなかった。


「……ごめん、気のせいだったかも」


「ん~、まぁ暗いですからね。暗いと目の錯覚を起こしやすいでしょうし。さぁ確認戻りましょう。お日様の下でもう一度ゆっくりして、ね?」


「そうだな。うん、それがいい。もう一回膝枕してほしいな、なぁんて……」


「フフフ、いいですよ」


 そう言って2人は地上へと戻っていく。

 この発見は村に戻ってすぐに村長に伝えられた。

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