第7話 ギャレンとマクロスキー
十一月。
リンカンタウンの町はずれ、浮浪者たちがひしめく裏通りに一台の車が停まった。
クリーム色のワゴンから降りてきたフードを被った銀色コートの男たち。
目的は
「お前たち。腹いっぱい食わせてやる。車に乗れ」
群れは虚ろな目で腰をあげた。
その中にいた若い男が銀色コートの一人の手を取った。
「何だお前は。手を放せ」
「あなた、ギャレンさんでしょ? やっぱ、その立派にたくわえた髭はロレンツォ・マフィンの右腕ギャレンさんだ」
厳しく睨むギャレンから若者は手を放した。
「……俺に何の用だ」
「ボランティア、ですか? ご苦労様です」
「それが言いたいのか? 早く乗れ。いらつく」
ガシリと長身のギャレンを若者は見上げ、言った。
「俺はあなたたちの欲しい情報を持ってる」
「はあ? キサマ何者だ」
「俺の名はマクロスキー。前に匿名でサンダース絡みの情報流したの俺ッス。きっと役に立ちますよ」
****
あれから数日後。
シェリルは上司からの返答をダグラスに伝えた。
「あなたは雇えないって……」
シェリルにとって、彼との時間は大切になっていた。
何でも話せる――彼は正直な人。親身に話を聞いてくれる人。そんな思いを寄せていた。
できることならいつも一緒にいたかった。
「……仕方ないさ。ありがとうシェリル。誰でも雇ってくれるって、俺、勘違いしてたようだ」
「ごめんね。私の推しが足りなかった……」
「俺の障害が引っかかったんだろ」
「そんなふうには感じないのに……」
凹むなヨシヨシとダグラスはシェリルを駅まで送り、またなと手を振って別れた。
彼がタクシーに乗り込んだその時、二人の男が後部座席に押し入った。油断していた。
「ダグラス・ステイヤーだな。車を出せ」
銀色のコートを羽織った二人を、ダグラスは知っていた。
銃を突きつける口髭の男はロレンツォ・マフィンの右腕ギャレン。
そしてもう一人はあのマクロスキー。狡猾な目のあいつだ。
運転席のダグラスは手をあげ、ルームミラーで語った。
「なあ、俺が何したっていうんだ?」
半笑いで聞くダグラスの後頭部に銃口があてがわれる。
マクロスキーが指差して笑った。
「ダグラスよぉ。お前悪い子じゃん」
「ゴールドブラッド霊園まで走らせろ。先ずは
ギャレンの指示に従い、ダグラスはハンドルを握った。
走る車内で話は繰り広げられる。
「もう一度、最初から話せマクロスキー」
ギャレンの横でマクロスキーは頷き、べらべら喋りだした。
「……俺もダグラスもハリーもブライアンも、アナザーサイドにあるシードタウンってスラムで育った。十年前のある日、殺し屋のキニーって男が現れた。あの界隈じゃ奴の趣味は有名だった。変態キニーってな。奴は俺の鼻を摘み仲間はいるかと言ってきた。銃で脅されたんだよ。キニーは俺たちの寝ぐらを荒らしまわった後、ブライアンの腕を掴んで引きずって行った。俺は髪を掴まれ壁に投げつけられた。ダグラスもハリーも銃を持った手で殴られた。そうだったよな? ダグラス」
ギャレンは銃を向けながらタクシーの内張りをじろじろ見回し天井からシートの隙間までチェックしている。盗聴はないかを。
「……マクロスキー、お前いつからマフィンの一員になったんだ?」
そうダグラスが訊くとギャレンは黙れと言い、マクロスキーの方も黙らせた。
暗雲が立ちこめ、空が唸り出す。
霊園に着くと車を降り、ギャレンはマクロスキーにダグラスの両手首を背中に縛らせた。
ギャレンはダグラスの足を蹴りひざまずかせた。
マクロスキーは話の続きを始めた。
「キニーはブライアンを気に入って連れ去ろうとした。きっと悪戯するつもりで。ハリーは這ってキニーの足を掴んだが踏んづけられた。大声を上げた俺にキニーは拳銃を向けた。その時、横から忍び寄っていた
ギャレンがマクロスキーの顔を見て既に聞いた話を反芻して言う。
「キニーを撃ち殺した」
「そう。このダグラスは人殺しだ」
人差し指を向けるマクロスキーにダグラスは歯をむき出して吠えた。
「てめえ! あそこでお前が殺されたかもしれねえんだぞ!」
マクロスキーは被っていたニット帽を地面に投げつけ言い返した。
「人を助けるなら最後までだ! 俺を助けたつもりだろうが……お、俺だけスラムに残しやがって……」
「お前、逃げていなくなったじゃねえか。俺が撃った後、姿を眩ませただろ。さすが盗っ人だ、逃げ足が早えと思った」
「……引き返して影から見ていたんだ。お前たち三人がストーン・サンダースの車に乗るとこまで」
まあ待てとギャレンがマクロスキーの肩を引き寄せた。
「で? とにかくそこに現れたのがサンダース・ファミリーのドン、ストーンだ。奴が事件をもみ消し、三人を連れてった。それからこのダグラスたちはサンダースの人間になった。そういうことなんだろ?」
泣きっ面のマクロスキーをはねのけ、ギャレンはダグラスに詰問する。
「認めろ。お前はサンダース・ファミリーの人間だな? そのハリーとブライアンて奴も」
「違う……」
「はあ?」
「今は、違う。俺はマフィアじゃない。俺たちは三人とも、組織を抜けた」
「嘘を言うな!」
ギャレンはダグラスの左頬を殴りつけた。
「おい、しらばっくれんな。お前はサンダースの者だ。俺たちをツケ狙ってる」
殴る、蹴る、をギャレンは繰り返した。
「違う! 俺たちは」
「もっと調べればわかるんだぞ。てめえの身なりも暮らしもあのタクシーだってサンダースが用意したものだ。いろんなやつから聞いたぞ。障害がある? 嘘つきめ! こそこそとシェリル・プディングに近づきやがって! そうだろクッソ、何を企んでやがる。工場に忍び込んだのもまさかキサマか!」
血だるまになってゆくダグラス。
マクロスキーもダグラスの胸ぐらを掴み吠えたくった。
「てめえらだけいい思いしやがって! 俺はこの人に頼み、マフィン・グループの人間になったんだ」
ダグラスは血反吐と土埃で赤茶色に染まった。
「お寝んねにはまだ早えよ。ほらダグラス・ステイヤー、てめえに話しかけてんだよ!」
ギャレンが唾を飛ばして言い、マクロスキーが調子づく。
「ダグラス……てめえらを見返してやる。俺はナピスの血を得て、戦士になるんだ」
ストップ、もうそこでやめろとギャレンが急にマクロスキーの頬をつねった。
「喋りすぎたマクロスキー。もうこれぐらいにしておこう。行くぞ」
冷たい地面に転がされるダグラス。
意識が遠のいてゆく。
これは見せしめだとギャレンは指差し、マクロスキーを連れ、ダグラスのタクシーを奪って立ち去った。
噴き出る血と泥の味は悪夢を呼び覚ました。
記憶の隅から炎と爆音が時間を捻じ曲げ襲いかかっくる。
――テロ組織の機銃が理不尽に村を襲い、ナパームが住処を焼き払った。
親を失った五歳のダグラス。
逃げて転んで口の中を切り、地べたに頬を擦りつけた。
まだ事の成り行きも何もわからなかった。
慈悲深き牛乳配達の男に助けられ焦土を這い出て、その後居場所を求め町から町へ流れ流れて、いつしか同じように一人でいるハリーと知り合った。
空き缶拾いで日銭を稼ぎ、肩を寄せ合った。
戦争に勝つための爆弾作りの工場は幾たびの暴発で死人に溢れ、逃げるのがやっとだった。
スラムの
モラルも正義もドブに垂れ流す恐ろしい大人の世界。
ヨゴレだ野良犬だと糞みたいになじられ、ゲロのような残飯しかありつけない夜をいくつも数えた。
大寒波に備えて清掃工場に潜り込み、監視の目を盗みありったけの古紙を集めた。
見上げるといくつもの煙突が天空に手を伸ばすように聳えていた。
焼却炉の裏側で煤煙に咳き込みながらブライアンも一緒に三人で眠った。
黒い神の空に手をかざし、固まって眠ったあの温もり……俺は……俺たちは――。
「……ぅ、うう……」
数時間後、雨がはげしく打ちつけた。
ダグラスは朦朧と身を起こした。
覆い被さる膨れた目蓋の隙間から、黒く冷たい空を見上げた。
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