第48話:諦観と欲望:勝ち組の子は勝ち組

外国。

いきなり平手打ちを喰らう。

駅?。

薄暮はくぼなのに、ライトアップされて昼のようだ。

平原のようにひらかれたロータリー。

整備された駐輪場。

車がつるーんとすべっていく。

レンガ色のタイル。

優しく包む。

分離帯ぶんりたいの草木。

街の音がサラサラとすべって耳をぜる。

くすぐったい。

場違い……。

人里に下りてきたたぬきのよう。

目がキョロキョロまわる。

視界がブレる。

身体が動かない。

外車のクラクションがプワンと上品に鳴った。

夢から覚める。

チクショウ、気取りやがって。

許せん。

行かなければッ。

自宅だ。

ここからの場所を知らなければ。

とあえずコンビニに入って落ち着いてスマホの地図アプリで場所の確認をする。

高台のほうだな。

急いだ。

坂をのぼると、車の音が去っていく。

やがて全くしなくなる。

私のアスファルトを刻む音だけが目の前にキュキュッと浮かぶ。

洋風の大きな家々いえいえがズンと見下みおろすように迫ってくる。

オフホワイトやライトキャメルの中間しょくの洗練された色。

とりで

高けぇ……。

みんな城壁のようなへいで自らをガッシリと守っている。

薄い光の黄昏にジワーッと調和してそびえ立ち、

生臭なまぐささの無い高級住宅街の匂いをジワリジワリとかもし出し漂わせている。

良いのか悪いのか、酔う。

飲み込まれそうだ。

が落ちてきた。

急がないと。

西野が帰宅する前に着きたい。

『NISHINO 』。

ライトアップされたアルファベットの表札。

ガラス板の中に文字が浮かんでいる。

ってやがるなあ。

すでに、月の明かりの下。

見上げる。

首が痛てえ。

ズッシリ重そうな岩のような外壁。

天に突き抜けている。

何だろう……。中世ヨーロッパ?。発想が貧困だ。

高価たかそうな家だなあ。

デカイ……。

でーんと大きな尻を落としてズシリと腰をえ、ふんぞり返って座っているようだ。

太い。

視界に収まらん。

あの野郎。こんな家に住んでやがるのか。

2階にいくつもの窓。

まだ灯りは点いていない。

あいつの部屋どれだ?。

高級オーディオでエイベックスのCDなんか長閑のどかに聴きながら紅茶すすって受験勉強してやがるんだろう。

親の話し声なんて聞こえやしない。

さぞ集中できて頭に入るだろうな。

成績も良くなるはずだ。

見ているうちにだんだん腹が立ってくる。

きりが無いからインターフォンを押した。

母親らしき女の声がスピーカーからのこのこ出てきた。

耳慣れないチンタラ明るく甲高かんだかい声。

ウッと身構え、一瞬、戸惑とまどうが、ここまで来てもう迷いは無い。

忘れ物を届けに来た、と私も口調を合わせてのらくら明るく言う。

笑った方がいい。波長を合わせた方がだましやすい。

とにかく入らねば。

しばらくすると、声の主のオフクロが出てくる。

ブランド物のエプロンに、派手な大きいレンズのメガネ。

薄化粧してやがる。

マドンナみたいなしゃくれたあごが似ている。

ニコニコ笑顔がうざってえ。

オフクロの声はやはり呑気のんきで無駄に甲高い。

「ごめんなさい、理香りかちゃん、まだ帰ってないの」

同じ学校の制服を着ているので怪しまれない。

それにしても「理香ちゃん」かよ……。

トホホとしたが、私もニコッと付き合った。

「直接渡す約束をしてたんです」

私は目をらさず、笑顔で構える。

あくまでもオフクロのペースに乗って、上手く転がした。

すると、オフクロは警戒もせず、すんなり私を中へ入れた。


ピカピカの廊下をすべってダイニングに着くと、オヤジが風呂上がりでくつろいでいる。

さすが公務員。お早いお帰りで。

バーバリーのパジャマね。

大理石のキッチン。

ながーい一枚板のテーブルが置かれたダイニング。

間接照明に照らされる輸入家具の広いリビング。

スゲーなあ……。有るとこには有るもんだ。

私はリビングに案内されたが、なんか、ここのグラウンドの色に染まりたくなかったので「ダイニングで待たせてほしい」と丁寧に断わった。

〝一緒〟になりたくなかったので、ちょこんと座る。

オヤジが、お気楽な表情でビールを飲む。

この時間帯でビールかあ……。

ロックミュージシャンか公務員かだな。最高だよ。

オフクロは夕食の支度したく

大中小、一つの輸入メーカーで統一された鍋や皿がピカピカしてる。

ついでにオフクロもピカピカ。

なんで、こう、ムリヤリ無駄に明るいかね。

ニコニコ、テカテカ。ここまでくると病気だぜ。

頼むからネイルを付けた手で生野菜を切るなよ。

真っ赤な指先。

その指先からお茶が出た。

スリランカナンタラカンタラ……。輸入物の紅茶。

音を立ててすすってやった。

自販機の紅茶と大して変わんねえ。

「うちの理香ちゃん、どーお?」

オヤジもオフクロも、やたら学校での西野のことを呑気のんきに聞いてくる。

この人たち、何も知らないんだなあ……。

ガックリ頭が落ちる。

改めて西野の要領の良さを見せ付けられる。

さすがにヘコんだ。

苦労が無いんだなあ、この人たち……。

オヤジもオフクロも、二人とも呑気で人当たりがいい。

人生は上手くいって当たり前、みたいな顔してやがる。

娘のクラスメイトに見栄を張る気持ちもあるのだろうが、少し違う。

腹の底からしみじみお気楽だ。

オフクロが「うちの理香ちゃんは」「うちの理香ちゃんが」とやたら自慢話をひけらかす。

理香ちゃん?。

誰だよ。

頼むから人前で自分の娘を「ちゃん」づけするのはやめてくれ。

テメエの娘は、間違いなくどこへ出しても恥ずかしい人間だよ。

人の痛みを知らない明るさ。

悲しくなる。

西野がイジメっ子に育った理由が少し解かったような気がする。

あいつは、イジメっ子ではなく、単なる刹那的せつなてきな気まぐれ者である。

人格の屈折がない。

「痛み」を知っていたら、人を傷つけたりなんかしない。

あいつは、「痛み」というものに無責任な好奇心を持っていて、

ただ単に「痛み」に興味があって人を痛め付けている。

自分の興味は、すなわち自分の価値観であり、自分を気持ち良くさせるための正義である。

それ以外の周りは見えない。

その、他人の「痛み」には無関心な、自らの個人的な正義をただまっとうするために人をイジメる。

チンピラが持つ半端者はんぱものの哀しみがなく、突き抜けて明るいのはそのせいだ。

あいつにとって重要なのは、その瞬間瞬間の気分であり、

その気分にいつも忠実でありたいと思っていて、

その気分が人を痛め付けたいと興味を示せば、それに従い、人をイジメる。

もちろん、罪を犯している意識はないから、罪悪感に苦しむこともない。

まあ、早い話が自己チュー。

真っ白いいい性格だ。

「痛めつけた先、傷ついた相手の顔が見えてしまい、ウジウジ迷ってしまう私」とは正反対だ。

性質が悪い。

更生の仕様しようがないもの。

誤っているという自覚がない。

許せない、やっぱり。

私がまぶしい放射能のようなバカ夫婦の幸せ光線を浴びているうちに西野が帰宅してきやがった。

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