第19話:メフィストフェレス:ロクな友だちいねえなあ……

一人、帰る。

誰かとはしゃぎながら今日という一日をふり返りつつ家路いえじにつくなんて気分じゃない。

今日もコントみたいな稽古けいこが終わった。

でも、だんだんコントじゃなくなってきている。

笑えない。

八坂のバカさ加減は色鮮いろあざやかに露骨さを極めていく。

が沈み、直射日光が消える。

残光だけが地平線から赤の名残なごりを映して淡くれている。

秋の紫。

包まれると頭がくらくらする。

意識が「夜と思っていいのか」「昼と思っていいのか」迷ってるんだ。

ゆらゆらクラゲ頭だ。

影ともつかない透けた黒をただぼんやり踏んでいくだけ。

何しに学校来てるんだろう……。

「よーうッ」

後ろから、ケケケッと、疲れた身体からだなぶりり笑う無神経な調子こいた声がした。

振り向くと、前にいたバンドのギターの男子だ。

なんだよ、疲れてんのに。

うすら能天気な声が胸に刺さりやがる。

「お前んとこ、今、オモシロイことになってんな」

トホホ……。こいつの方が、浅倉より部のことに詳しいや。

「何よ」

鬱陶しい。

「これから練習なんだ。また戻ってこいよ」

バンドかあ……。

久々のエレキ。

アンプがヒートアップしてモワッと塵埃ちりぼこりが燃えあがるこげげくさいにおいが鼻に浮かぶ。

セッション。

ドラムとベース。

音合わせ。

大音量。

思わず指がピクピクッと鳴る。

「……」

溜息がれる。

実は、水谷にひろってもらってから、自分の中ではバンド活動を封印している。

演劇のギターに専念することにしている。

両方やればいいわけだが、一度に二つの事をやるのが苦手。

と言うより嫌い。

ギターならできないこともないが、演劇の方が御座おざなりになって迷惑をかけたくない。

「来いよ。そろそろ、音、出したくてうずうずしてんじゃねえのか?」

図星。

BB&Aの『Superstition』を大音量できたい。

て言うか、石堂くんの前で弾きたい。

エレキで本領発揮して、私の本当の姿を見せたい。

「演劇に集中したいの」

 半分は本心、半分は言い訳。

「あんな演劇部でもか?」

「……」

 返せない。

「もう、あそこは西野と八坂のものだせ。浅倉は所詮しょせんあんな男さ」

「まだ、頑張ってる人もいるし……」

「お前のギターのパートが良くたって、八坂の芝居がまともになると思うか?」

「……」

「要は、誰のためにギター弾くかってことだよ」

 水谷……。

「水谷は、もう部長とは言えねえよ。あそこでギター弾くってのは、ヒロイン役の八坂へのお膳立てだ」

畜生、いちいち当たってやがる。

胸にこたえる。

足が重い。

アスファルトがてえ。

正直、疲れたなあ、ここんとこ来て……。

迷路に片足っ込んでるな……。

確かに、気付いたら、踏ん張るだけ八坂のためになっている。

マヌケだ。

改めて聞かされると、どっと疲れがでる。

何だか、だんだん腹が立ってきた。

「溜まってるだろ?。ちょっとガス抜きしてみろよ」

 ガス抜き。

 言い得て妙だ。

 面白くとも何ともないが、自分を納得させる口実にはなるかな。

 自分の体調を優先させてもいいかも……。

「あっちが忙しくなりゃ、いつでも抜けていいよ」

「……」

「西野には言わねえからさ」

「……」

 エレキを飛びねてあやつりまくる姿が頭をよぎった。

「呼ばれたら演奏中だって部活に戻るよ?」

「もちろん」

 呼吸が止まる。

「なあ」

 真っ白になる頭……。

「なあッ」

 ポロッと大きな溜息が落ちた。

「わかった……」

 ごめん、水谷……。

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