第13話:戦い:まず失われるのは若者の命

ヒロインの2年生が辞めた。

実家の店の手伝いが忙しいとのこと。

建て前はな。

西野と八坂に決まっている。

昼休み、部室に呼び出されて何か言われたらしい。

おどされたのか何をされたのか分からないが、これが決定打だろう。

予兆は嫌と言うほどあった。

八坂が来て、このはもう居場所が無かった。

まず、ヒロインを務め上げなければならない。

しかし、ヒロインは八坂に横取りされる。

八坂が浅倉にじゃれ出すと稽古けいこが進まない。

文化祭は間近……。

板挟いたばさみになったんだろう……。

水谷がずいぶん説得していたらしいが無理だった。

そりゃそうだ。

3年生から、しかも、実質的な学校のボスから脅されたんだから。

泣いていたらしい。

何かがプッツリ切れた。

みんな糸が切れた……。

スカスカ、ペタペタ。夏の終わりの夕暮れの海水浴。

糸の切れた操り人形。

部員の歩く音がれる。

前は、上履きの勢い良くキュッキュッとれる音が、きとフローリングを楽器のようにかなでていた。

今は、ペタペタと、気怠けだるく、同じ箇所を繰り返す壊れたCDのように耳にまとわり付く。

息遣いきづかいを不規則にかされたり止められたりするようで身体からだの内側から疲れる。

ペタペタペタペタ頭の中で鳴って、やがて視界がボヤけて思わず溜息ためいきが出る。

みんな、歩きたくない。

歩くと、ペタペタ鳴って、自分が恥の脚光を浴びているような気分に襲われる。

やたらトイレに出ていく人。

作業に没頭するフリをする人。

知らん顔する人。

ドーランを塗り過ぎてにぶくテカる顔。

そこに髪の毛がぴたぴたと付着する。

指でつまむ。

指先にドーラン。

面倒臭くて衣装でこすぬぐう。

頬杖ほおづえついて黙って固まってガムを噛んでいる人。

酸味かったつばでゴムがえる。

まるであごの重量上げ。

ペタペタ容赦なく床は鳴る。

衣装を着ようとする人。

ハンガーのチャカチャカと響かない干乾ひからびた金属音。

衣装を着たって稽古できないよ。

ヒロインが居ないんだから。

みんな、えさの無い水槽をにょろにょろ彷徨うろつくウナギだ。

私は、この日、とうとうギターをかなかった。

弾く気なんてしない。

みんな、声もロクに出ないのに。

ギターの弦は弾けば容赦なく音が鳴る。

私だけ弾いたってまともな音は出ないよ。

水谷、どうする。

ヒロインに代役は立ててないぜ。

あの、可愛かったな。

浅倉と似合ってた。

西野のスマホがベース音をボムボムわめくく。

やたらうるさいヒップホップ。

この芝居、20世紀初頭が舞台だぜ。

チューニングするギター音がき消される。

泣ける……。

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