第2章 部活インベーダー:黙って見過ごすのか?

第11話:侵入:誰かなんとか言えよ

ドアを開けると、ぎぎーっと重たい音が胸に割れ響いた。

キーンと無音むおんが耳を切りく。

誰も居ないの?。

中へ進む。

ギターをかったるくデタラメにすたれた音がする。

影が鈍い。

光の中にどろっとマーマレイドのようにれ流れている。

私の靴音が場違いに木霊こだまする。

部員がいた。

みんな、下を向いて喋らない。

ピクリとも動かない。

一人一人を見まわすが、気まずそうに目を合わせない。

目の玉だけがちょろちょろと落ち着かない。

何か変だと、私は更に見まわす。

かたまり。5人……。

 西野。

それと八坂。そして川田・樫山・中村の3人組。

へらへらと床に座り込んで、にやにやと目をトロンとさせている。

どうして?。

「私たち、今日から入部。よろしくね」

西野が牢名主ろうなぬしのようにけに図々しく発する。

川田が、見本品のオモチャのようにギターをいい加減にチューニングしてげんを引っ張っている。

思わず舌打ちしそうになったが、グッとこらえた。やめろ、ネックが曲がる……。

「そうなの?」

 私は、さも重大視することではないようにサラッと水谷に尋ねた。

「うん」

 水谷は目を合わせなかった。進行表のチェックで忙しい。

「そうなんですか?」

 今度は事務的にかたく、顧問の女性教師・池田に聞いた。

「裏方でいいって言うし、もうすぐ文化祭で人手も欲しいから……」

池田はあたふたして弁明する。

他の部員は、依然いぜん、下を向いて黙っている。

特に1・2年は、肩がピーンとり上がって硬直こうちょくしている。

いつしか壊しかねないギターをいじくる川田に私はたまらず発した。

「ギター返してよ」

「貴方の?」

 売ってもいないケンカを無理やり買うように川田が、そく、反問する。

「芝居で使う」

八坂がククッと肩を小刻みに揺らしてわらう。

川田は、どう料理しようかと、私をもてあそぼうとへらへらとにらむ。

私は周りを見渡す。

みんな、視線を動かさず、黙って動かない。

一瞬、があき、膠着こうちゃくする。

「ギターは芝居で使うので扱わないで下さい」

水谷がノートをチェックしながらきっぱりと言った。

川田はニタニタと挑発的に私の視線をめてギターをよこした。

数人の、「助けを得たような」息を吐く音が聞こえる。

痛めつける目の中のゴミがはずれたような……。

ギターは、ピキンピキンに限界まで弦が引っ張られている。

畜生、ギターになんてことを。

急いでチューニングし直す。

そして、川田が触った所のあぶらを思わずそでぬぐった。

依然、沈黙が続く。

私の調弦音ちょうげんおんが、ゴーストタウンに流れるジプシーの旋律せんりつのように部屋に浮遊する。

その音を、みんな、無理やり耳にみ込んでいる。

やがて音を合わせた私は、ジャガジャッ、と仕切りの音を入れてギターを置いた。

その仕切りを聞いて、西野が、横取りしたキャンディーをチロチロとしゃぶるようにダラダラ言った。

「私たち、何すればいいのォー」

「セットを作るのを手伝って下さい」

水谷が事務的に言う。

西野たちはニヤニヤ無視して動こうとしない。

水谷はただ黙ってっとく。

池田が2年の美術係に「説明してあげて」と西野たちを接待した。

2年生の美術係が「こちらです」と顔を青くして西野たちを案内する。

「なにこれー」

と、八坂と3人組が手作りのセットを声を上げて軽薄に冷やかす。

3年の副部長の視線がカチンととがる。

水谷が冷静に手で制した。

チェックが終わった水谷が顔を上げ、りんと部員に発声練習を命ずる。

部員は整列して声をしぼり出す。

何人か動揺して裏返っている。

私はギターを練習するしかない。

爪が弦を空振からぶる。

西野たちが、ケケッとおちょくって見ている。

「ねえ、それ、私たちもやっていーい?」

 西野がしゃくれたあごをさらにしゃくらせて聞いた。

「やだよ、わたし」

 八坂が、ケラケラと声を上げて笑った。

「発声練習は出演者だけだから西野さんたちはセットをお願いします」

 水谷はあくまでも取り合わない。

「何であんたが命令するの?」

西野のしゃくれが引いた。

発声が一斉に止まる。

私のギター音だけが残り、ピリピリと鼓膜こまくを切る。固まっていない瘡蓋かさぶたを無理やりがすように。

「水谷さん、部長だから……」

 3年の一人がかばうように言った。

「部長って命令していいの?。命令って先生がするんじゃないの?」

 西野の顎が、またニタッとしゃくれた。

顧問の池田は〝私に振るなよ〟とただオロオロする。

そんなとき、浅倉のバカが、能天気に「よォ」と手を挙げて入って来た。

一斉にみんなの目が救いを求める。

ヌケ作の浅倉は、入るなり西野たちを見て

「あれ、どうしたの?」

とお気楽に言いやがった。

空気読めよ。

「今日、入部したの。文化祭たいへんだから手伝おうと思って」

 八坂がしなをつくって御説明する。

「ふーん」

浅倉は、今日も、いつものようにボタンを水谷に締めてもらう。

水谷をにらむ八坂。

他の部員たちがゴクリとつばを飲み込む音がする。

「さあ、みんな発声練習始めてッ……」

池田がわなわなと悲しく威張いばって指示した。

部員たちが女王ありを失った働き蟻のようにパラパラそわそわと散らばる。

過去に部活を追われたときの気分がよみがえって背中に汗がべトついた。

あの、世の中からめられる気持ち……。

大丈夫かよ……、文化祭……。

今回もダメか……。

私はぶつぶつギターをかなでるしかない。

文化祭まで一ヶ月。

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