第422話 約束のお茶会

 今日はお茶会にお呼ばれしている。主催はマルティーヌではなく、カトリーヌ様でもエリザベート様でもない。場所は大公家の庭にある綺麗な東屋だ。メンバーは俺と主催の女の子二人だけ。


「本日はお招きありがとうございます」

「いえ、こちらこそ招待に応じてくださってありがとう。席をどうぞ」


 東屋に着くととっても可愛い女の子が席を勧めてくれた。俺は思わず緩みそうになってしまう頬に力を入れて、なんとかポーカーフェイスを保って腰を下ろす。


「とても素敵な花が咲いておりますね。思わず立ち止まって魅入ってしまいました」

「うちの庭師が丹精込めて育てているのよ。小さな黄色い花がたくさん咲いている場所は見たかしら?」

「もちろんでございます」

「あの花は私が大好きなお花なの」

「そうでしたか。一番に目が惹かれました」


 俺のその言葉に、女の子は優雅に微笑みを浮かべる。そうして最初に当たり障りのない挨拶をして、お茶会は始まった。


「レオン子爵はスイーツがお好きだと伺ったのだけれど」

「お恥ずかしながら、甘いものには目がないのです」

「良かったわ。今日はたくさんスイーツを準備しているから、お好きなだけ楽しんでもらえたら嬉しいわ」

「ありがとうございます」


 俺がお礼を告げると、主催の女の子――マリーがメイドさんに視線を向けて給仕を頼んだ。


 そう、今日のお茶会はマリーと俺、二人だけのお茶会なのだ。マリーの勉強の成果を発揮する場ということで、俺は兄という立場じゃなくて、レオン子爵という架空の人物設定になっている。

 女性相手のお茶会は相手がたくさんいて、いつでも練習できるけど、男性相手は経験不足だということで俺が男性貴族役をやることになった。


 ただ問題は俺の作法が完璧じゃないってことなんだよね……まあこれは半分お遊びみたいなものだし、それでも良いのだろう。

 元々は俺がヴァロワ王国に行く前に、帰ってきたら一緒にお茶会をしようって約束したのが発端だから。


「こちらのクッキーは野菜が練り込まれているの。とても美味しいし健康にも良いのよ。ぜひ食べてみて」

「いただきます。……本当ですね。とても美味しいです」


 さすがヨアンだな……野菜入りのクッキーはどんどん美味しさが増してる気がする。色合いも最初の頃より何倍も綺麗だ。


「こちらはカボチャが使われているのでしょうか?」

「そうなのよ。レオン子爵は良いものを食べていらっしゃるのね」

「いえ、マリー様ほどでは」


 俺のその言葉にマリーがにっこりと笑みを浮かべ、またクッキーを口に運んだ。マリーは本当に凄いな……子供の頃は何事にも吸収が早いと言ったって、ただの平民の娘からここまで成長するなんて。


 貴族らしい言い回しも使えているし、座っている姿勢も笑顔も、さらにクッキーを食べる所作まで凄く綺麗だ。マルティーヌの所作を良く見ている俺からしても気になるところがほとんどないから、かなりレベルは高いと思う。


「こちらのクッキーはシュガニスで売っておられるのですか?」

「ええ、そうよ」

「では今度お店を訪れることにいたします。ただあのお店はとても人気店ゆえ、売り切れていることも多いのですが……」


 俺がそう言ってマリーの顔をチラッと伺うと、マリーは少しだけ困ったような仕草をしたけれど、すぐに貴族の笑みに戻して優雅に頷いた。


「では本日のお土産にクッキーを包ませるわ」

「本当ですか! ありがとうございます」

「ただお店にも足を運んでいただけたら嬉しいわ。あのお店でしか味わえないスイーツもあるのよ」

「そうなのですね……では後日、お伺いさせていただきます」


 ちょっと困るような質問をしてみたんだけど、マリーの返答は完璧じゃないだろうか。さすがマリー、本当に可愛くて優秀で最高の妹だ。


 そうして俺がマリーのことを心の中でベタ褒めしていると、突然俺達のお茶会に乱入者が現れた。


『む? 二人でお茶会か?』


 ファブリスだ。ファブリスは甘い匂いに惹かれたのか、テーブルの上のスイーツに視線が釘付けになっている。

 これはお茶会の練習もここまでかな。俺がそう思った瞬間、マリーが貴族の笑みを完全に崩して、いつも通りの可愛らしい笑みを浮かべてファブリスに飛びついた。


「ファブリス! 一緒にお茶会したいの?」


 俺はそんなマリーの様子を見て苦笑を浮かべつつ、やっぱりこっちのマリーの方が好きだな、なんて貴族家当主としては微妙なことを考えていた。

 貴族らしい態度を完璧に身に付けても、マリーが素を出せる場所はずっと作ってあげよう。


『うむ。美味そうな香りだ』

「じゃあ一緒に食べよ! お兄ちゃんいいよね?」

「もちろん良いよ。ファブリス、何食べたい?」

『そうだな……シュークリームが食べたいぞ』

「私もあれ大好き!」


 ロジェ達や貴族には不評なシュークリームだけど、俺達家族とファブリスには大好評なのだ。俺はヨアンがたくさん作ってくれたシュークリームの中から、カスタードが詰まったものを取り出した。マリーとファブリスは生クリームよりもカスタード派だ。


「美味しそう!」

『主人、我に取り分けてくれるか?』

「ちょっと待ってて」


 俺は机の上に並べられていたお茶会用のスイーツをとりあえずアイテムボックスに仕舞い、ファブリス用の巨大な皿を取り出した。そしてそこにシュークリームを二十個載せてあげる。

 さらに俺とマリーの皿も取り出して、シュークリームを二つずつ載せた。


「はいこれ、ファブリスのね。これはマリーの」

「お兄ちゃん、ありがとう!」


 マリーが無邪気な笑みを向けてくれるのを見て、俺の頬は緩んだ。もう貴族役をやる必要もないし、ポーカーフェイスは良いだろう。


「マリー、両手を出してくれる? 手で食べるならピュリフィケイションで綺麗にしよう」

「分かった。はい、よろしくね」


 俺はマリーの手のひらから手首ぐらいまでを魔法で綺麗にした。もちろん自分の手も綺麗にして、ついでにファブリスの口周りも綺麗にしてあげる。


「じゃあ食べようか」

「いただきます!」

『いただこう』


 マリーと一緒にシュークリームを手にして口に運ぶと、シュワっと柔らかい生地の中から、溢れるほどにカスタードが飛び出してくる。やっぱりシュークリームはこう食べなくちゃ美味しくないよな……


「う〜ん、やっぱりこれ好き!」

「美味しいよね。そうだ、何か飲み物も飲む?」

「うん。りんごのジュースが良いかな」

「了解。ファブリスは何が良い?」

『我は牛乳にコーヒーを数滴垂らしてくれ』

「はーい」


 ファブリスはコーヒーの苦味はかなり苦手みたいだけど、あの匂いは気に入ったようなのだ。だからミルクに少しだけ垂らして、香りだけを楽しんでいる。


「やっぱり紅茶よりも、りんごジュースの方が美味しいなぁ」


 マリーはジュースを見つめながらそう呟いた。お茶会では紅茶を飲まなければいけないのが嫌なのだろう。

 俺は前世の知識があるからか紅茶は美味しく飲めるんだけど、基本的に紅茶って子供の舌にはそこまで美味しく感じられないのだと思う。結構苦味とか渋みがあるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る