第409話 スイーツの重要性と今後の話

「これは、食べられるのか?」


 陛下が半信半疑な様子でそう呟く。確かに一度も見たことがなければ、食べ物かどうかも判断できないのか。


「もちろんです。大公家で開発・販売をしていまして、ラースラシア王国の貴族の間ではブームとなっております。コーヒーに合うと思いますので、一緒に召し上がってみてください」


 俺のその言葉の後に、ロジェがケーキを切り分けてお皿に盛り付けてくれた。そしてそれぞれ給仕されると、陛下達は目の前に置かれた綺麗なケーキの断面に釘付けになる。


 それからしばらくはケーキをただ眺めていたけれど、数十秒後に意を決した様子でカトラリーに手を伸ばし、ケーキにフォークを差し込んだ。そしてゆっくりと口に運ぶと……口に入れた瞬間に驚きの表情を浮かべる。


「……っ、これは、美味いな」

「本当ですね……こんなに美味しいものがあったなんて」

「おおっ、結構甘いのですね。食感が面白いです」


 陛下と第一王子殿下は驚愕に目を見開き、フェリシアーノ殿下はキラキラと瞳を輝かせてケーキを凝視している。とりあえず好評みたいで良かった。


「お口にあったのでしたら良かったです。では一緒にコーヒーも飲んでいただけますか?」

「分かった。……ほう、これは合うな」

「ケーキの甘さとコーヒーの苦味が合いますね」

「これは面白い、こんな食べ物があったなんて」


 フェリシアーノ殿下はかなり興味を持ってくれてるみたいだ。それに第一王子殿下も反応からして甘いものが好きみたいだし、これからはヴァロワ王国でもスイーツ開発が進むかもしれない。

 地球には無かったような、この世界特有のスイーツとかが生まれたら嬉しいな。


「マルティーヌはどう?」


 三人がそれぞれケーキとコーヒーを堪能し始めたので、俺は体の向きを変えてマルティーヌの方に向き直った。するとマルティーヌは笑顔でスイーツとコーヒーを楽しんでいる。


「スイーツとこんなに合うなんて驚いたわ。私はコーヒーだけだと牛乳と砂糖が入ってもそこまで好きじゃないと思ったけど、ケーキと一緒に飲むとなると変わるわね。お茶よりも合うわ」

「やっぱりそうだよね! 俺もケーキにはコーヒーが良いと思ってたんだ」


 マルティーヌが気に入ってくれたなら、ラースラシア王国で流行ることはほぼ確定だ。早めにシュガニスのメニューにも追加できるように頑張ろう。


「ここまで合うとなると、コーヒーを使ったスイーツというのも楽しみね」

「そっちも凄く美味しいよ。楽しみにしてて」


 俺のその言葉にマルティーヌがにっこりと可愛い笑顔を浮かべてくれたところで、ちょうど陛下に話しかけられて俺はまた体の向きを変えた。


「使徒殿、これは輸入できないのか?」

「こちらは長期保存が難しいので、輸出入は不可能だと思います」

「そうか……作り方を聞くわけにもいかんし、我が国でも砂糖を使った料理の開発を進めるべきか」


 陛下のその呟きにいち早く反応したのはフェリシアーノ殿下だった。殿下は新しいものが好きなのかもしれない。


「陛下、ぜひ開発を進めましょう! 食が豊かであることは国が豊かであることの証です!」


 俺はフェリシアーノ殿下のその必死さにミシュリーヌ様が重なり、思わず苦笑を浮かべそうになったのを何とか抑えた。そして殿下の援護をするために口を開く。


「陛下、実はスイーツはミシュリーヌ様の好物でもあるのです。したがってこれからミシュリーヌ教を広めようとされている貴国では、スイーツ開発をするのにちょうど良いタイミングだと思います」

「なんと……ミシュリーヌ様の」

「はい。さらにクレープには好物というだけではない、深い意味があります」


 それから俺は降誕祭のこと、そしてミシュリーヌ教でのクレープの位置付けについて詳しく説明した。そしてその説明を最後まで真剣に聞いてくれた陛下達は、完全にスイーツ開発に前向きになっていた。


「使徒殿、重要な情報を感謝する。また礼をしなければならないな」

「いえ、この程度の情報共有に礼は必要ありませんよ」


 スイーツ開発を進めて欲しいっていう下心ありまくりの情報共有だからね……これで御礼なんてもらってたら罪悪感が生まれる。


「これから友好的な関係を維持していただけたら十分です。どちらが優位ということではなく、対等な関係を築いていきましょう」

「確かにそうだな。使徒殿、マルティーヌ王女、これからもよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

「ええ、もちろんですわ」


 ただ対等とは言っても、魔物の森を駆逐できるまでは助力が必要だよな……今回の使節団によってかなり魔物の森を押し返せたし、ヴァロワ王国の騎士達の魔物の森に対する練度も上がった。でもこれから先もまたイレギュラーがないとは限らない。


「陛下、魔物の森の脅威は一旦減りましたが、まだ魔物の森がなくなったわけではありません。いつまたファイヤーリザードと同等の脅威が現れるか分かりません」


 俺のその言葉に、陛下達は一気に表情を深刻なものに変えた。忘れていたい事実だけど、しっかりと直視しなければいけない。


「……そうだな。まだまだこれからが大変だろう」

「はい。ヴァロワ王国の騎士達だけで、魔物の森の進行を止めることは可能でしょうか? 私が見ていた限りでは、やはり人材が不足していると思うのですが」

「ああ、その通りだ。しかし騎士達からの報告を聞く限りでは、なんとか現状維持は可能ということだった。したがって今いる騎士達に頑張ってもらっている間に、人材を補充しようと思う」


 ……まあそれが一番現実的な手段か。魔物の森には最終的に、数の力で勝つしかないのだから。


「基本的にはその対策が一番だと思います。しかしそれは今回のような事態が起きるとすぐに崩れる脆い物です。したがって、私とファブリスをヴァロワ王国へ自由に出入りできるようにしていただけませんか?」


 俺のその提案に、陛下はほとんど迷うこともなく頷いてくれた。


「これから先も危機へ助力してもらえるのならば、それは本当にありがたいことだ。貴殿らの入国の自由はもちろん認めよう。いつでも自由に来てくれて構わない」

「ありがとうございます。ではミシュリーヌ様を通してヴァロワ王国の様子を定期的に確認し、対処しきれない事態が起こりそうな時は助力に来ます」


 ミシュリーヌ様には一週間に二、三回は様子を見て欲しいし……スイーツで釣るかな。これからは神力も増えるだろうし、そこそこ使っても問題ないだろう。


「使徒様、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」

「この御恩に報いれるよう、全力で我が国を良くしていこうと思います」


 殿下達はそう言って、頭を下げられない陛下の代わりに頭を下げてくれた。


「同盟国なのですから当然ですよ。助け合っていきましょう。ミシュリーヌ様も皆が助かることを望んでいますから。……そうだ、貴国の周辺国で魔物の森と接している国がいくつもありますが、そちらとは交流があるのですか?」

「はい。定期的にこの地域の国の長が集まる会議が開かれていますので。私が陛下の代わりにいつも出席しています」


 そう言ったのはフェリシアーノ殿下だ。この国はフェリシアーノ殿下が外交担当なのかな。


「ではその際にでも、今回のことを周知しておいていただけませんか? そして魔物の森は人海戦術で押し返すしかありませんから、できれば協力関係を築いていただけるとありがたいです」

「かしこまりました。いくつか折り合いが悪い国はあるのですが、大部分の国とは話し合いの余地があると思います。使徒様と神獣様、そしてミシュリーヌ教のこともお話してしまって良いでしょうか?」

「はい。よろしくお願いします」


 その会議の様子もミシュリーヌ様に見てもらって、民のことを思う良い国には同盟を結ぶなど表から助力をしても良いかもしれない。そうでない国は……さすがに放置はできないから、こっそりと脅威だけは排除しよう。国のトップがダメでも平民達が悪いわけではないのだから。


「では周辺国ともできる限り協力して、魔物の森の駆逐にあたろうと思います。その際に使徒様のことについてお話させていただきます」


 これで周りの国にもミシュリーヌ教が広まっていくかな。今回の遠征はミシュリーヌ教の伝播、その一点だけでも十分な成果があったと言えるだろう。


 そうしてこれからの関係性について話を終えた俺達は、また甘いケーキと美味しいコーヒーを楽しみ、和やかなムードで宴を終えた。そして宴の後は明日の出発に向けて早めにベッドに入った。

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