第398話 厳かな神託
全員が跪いて礼拝堂の中に静寂が訪れると、またミシュリーヌ様の声が聞こえてきた。
『レオンの隣にいるのがこの国の王かしら?』
「は、はい。私がヴァロワ王国の国王である、エドゥアール・ヴァロワでございます」
『ではあなたに伝えましょう。貴国は魔物による被害を受けたようだけれど、レオンとファブリスが動いているならば心配はいらないわ。二人にとっての保護対象は私にとっても守るべきもの、安心なさい』
「あ、ありがとうございます。……ミシュリーヌ様のお声を拝聴する栄誉を賜り、恐悦至極にございます」
陛下は最大限の敬意を払い、ミシュリーヌ様に神託を受けたことへの礼を述べた。
『構わないわ。では最後に一つだけ、有意義な情報を与えます。数日前にレオンがいた国、チェスプリオ公国で内戦が起きるみたいよ。事前に対処すべきではないかしら』
「なんと……、そのようなことまでお分かりになるのですね」
『神は世界中を監視できるもの。ではまた会える時を楽しみにしているわ』
ミシュリーヌ様は最後に重要な情報を投下して、神託を終わらせたようだった。結局内戦になるのか……公爵は反対勢力を抑えきれなかったんだな。
そしてミシュリーヌ様の声が聞こえなくなると、礼拝堂の中は厳かな静寂に包まれ……
……ていたけれど、俺だけはそうではなかった。
『レオン、私の神託どうだった!? 凄くカッコ良くできてたでしょ!』
俺にだけはミシュリーヌ様の興奮した声が聞こえていたからだ。はぁ……神としての成長ぶりに感動していた気持ちが吹き飛んだよ。でもまあ、俺としてはこっちのミシュリーヌ様の方が好きなんだけど。
「凄く良かったですよ」
周りに聞こえないようにボソッそう告げると、ミシュリーヌ様の喜ぶ声が聞こえてきたので、俺の声は届いたようだ。
『レオンに神らしさの話をされたじゃない? あの話をシェリフィーにしたら、シェリフィーが勉強しなさいって漫画を読ませてくれたのよ。その漫画に出てくる創造神の真似をしてみたの!』
そういうことだったのか……さすがシェリフィー様だ。ミシュリーヌ様のことをよく分かってる。話し方の本を渡しても真剣に読まないだろうけど、漫画なら読むからね。
「これからも神託をする時は、さっきの感じでお願いします」
『分かったわ。じゃあまた漫画を読んで練習しておくわね!』
その言葉を最後にミシュリーヌ様の声が聞こえなくなったので、俺との通信も切ったみたいだ。俺はそこで一度深呼吸をして、まだ呆然と佇む陛下に声をかけることにした。
「陛下、いかがでしたか。ミシュリーヌ様の存在を信じていただけたでしょうか?」
「それは、もちろんだ。というよりも、私はミシュリーヌ様の存在を疑うなどなんて不敬なことを……使徒殿、いや使徒様、大変申し訳ございませんでした。今までの無礼をお許しください」
陛下は突然丁寧な口調になり謝罪を口にすると、今度は俺に向かって頭を下げた。一国の王に頭を下げられるのって……何度経験しても本当に落ち着かない。
でもここで敬語は必要ないですよとか、そういうことを言わない方が良いだろう。この国では特に使徒として振る舞うべきだと思うのだ。これからミシュリーヌ教を浸透させるためにも、使徒として上位の存在であることを周りに印象付けた方が良い気がする。
居心地悪いしむずむずするけど、この国では敬われることに謙遜するのはやめよう。
「陛下、頭を上げてください。謝罪は必要ありません。ミシュリーヌ様の存在を、そして使徒である私とファブリスのことを、これから知ってくだされば問題ありませんので」
「……寛大なご処置に感謝いたします。改めて、この国を救っていただけるでしょうか」
「それはもちろんです。お任せください」
陛下は俺の顔を眩しそうに見上げると、もう一度丁寧に頭を下げた。思った以上に陛下がミシュリーヌ教の信者になってくれそうだな……
陛下を幻滅させないように気をつけてと、ミシュリーヌ様に後で忠告しておこう。さっきの神様らしいミシュリーヌ様がいつまで続くか分からないし。
「これからこの礼拝堂はどうするのですか?」
跪いて立ちあがろうとしない陛下達をマルティーヌと共に説得して、なんとか全員が立ち上がったところでそう疑問を口にしてみた。
すると陛下は決意を込めた瞳で、拳を握り締めて口を開く。
「ミシュリーヌ様が作られた神域が、このような現状となっているのは許せることではありません。まずこの礼拝堂をすぐにでも綺麗にして、さらにこの辺一帯の貧民街を解体することにいたします。そしてその際ここに住んでいた者達には、住居と仕事の斡旋を行います。貧民街の問題はいずれどうにかしなければと思っていたのです。ミシュリーヌ様に良い機会を与えていただいたと、改革することにいたします」
陛下がすぐにここまでを決断するって、ミシュリーヌ様の、というよりも神の影響力が凄い。でも当たり前か、実際に神の声を聞いたら影響されない方がおかしいだろう。人間では想像もできないような次元にいる存在なのだから。
こうして改めて考えると、そのミシュリーヌ様といつでも連絡が取れてお願いまでできる使徒って、本当に凄い立場だよね。
「とても素晴らしい決断だと思います」
「使徒様にそう仰っていただけると、とても心強いです」
「ミシュリーヌ教を広めるのですか?」
「もちろんです。使徒様と神獣様に助けていただくということは、ミシュリーヌ様に助けていただくということ。助けを乞うて感謝もしないなど不敬にも程があります。ミシュリーヌ教は国教とし、全ての国民に誰の助力を得て国が助かったのか、しっかりと公布をしようと思います」
陛下がここまで気合を入れてるなら、本当に近いうちにミシュリーヌ教が国教となるだろう。ミシュリーヌ様にこっちの礼拝堂にもたまに顔を出して、神託をするように話をしておこう。こういうのは最初が肝心だから。
「国民には受け入れられるでしょうか?」
「そうですね……魔物に襲われた地域ではすぐに受け入れられるかと。それ以外でも魔物の森の脅威は日々感じていますから、受け入れられるどころか心強い存在だと、歓迎する者が多いのではないかと推察できます」
確かに神や使徒という強大な存在が実在していて、さらにその存在が自分達を守ってくれるとなったら普通は信仰するか。……魔物の森という脅威に晒されている国では、ミシュリーヌ教を広めることも難しくなさそうだ。
というかこの世界に実在している神はミシュリーヌ様しかいなくて、ミシュリーヌ様はいろんな制約があれど下界に干渉できるのだ。逆に今のほとんど信仰されてない現状の方がおかしい。どれだけサボって色々と失敗したら、神力をほぼ使い切ってるのに全く信仰されてない神様が出来上がるんだろ。
――やっぱりミシュリーヌ様って、かなりダメダメな神様だな。最近は少し成長が見られるんだけど。
「ミシュリーヌ教のこと、よろしくお願いいたします」
「かしこまりました」
そうして陛下がミシュリーヌ教の布教、神域である礼拝堂の整備、さらに貧民街の解体を約束してくれたところで、俺達は今日の日程を終えて王宮に帰ることになった。
カカオについて詳しい話を聞けたし、ミシュリーヌ教の布教には成功したし、今日は最高の成果を得ることができて満足だ。王宮に帰ったらファブリスにお土産の串焼きを渡しながら、ミシュリーヌ教のことについて報告をしよう。
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