閑話 光る女神像 後編(アレクシス視点)

 それからしばらく待ち、やっと手配が整ったようで私達は中央教会まで来ていた。外には平民が大勢いたが、礼拝室までは完全に人払いを済ませてあるようで静かだ。

 礼拝室に入ると女神像は光っていない。ここには一度だけ来たことがあるが、以前と何も変わらないように見えるな。


「今は光っていないようだな。最後に光ったのはいつだ?」

「三十分ほど前でございます」

「どの程度の間隔で光るのか決まりはあるのか?」

「今のところ規則はないようです。数分の時もあれば一時間ほど空けて光った時もあります」

「そうか」


 ではいつまで待てば光るのかわからないな。こうして見ていると特に変わった様子はないが……本当に光るのだろうか? 実際に見ないと信じられないな。

 そう思った時だった。急に女神像が神聖な光を放ち始め、光はどんどん強くなっていく。


 凄い……心が洗われるような神聖な光だ。強い光だが眩しいと感じることはない。

 どこか優しさも感じるような光だな。私は光に目を奪われて、暫くの間見つめ続けていた。


「リシャール、これは凄いな」

「はい……正直ここまで素晴らしいものだとは思っておりませんでした」

「私もだ」


 私は自然と片膝をつき手を組み、祈りの体勢になった。この光を見ると自然と祈りたくなる。不思議な力を持つ光だな……

 私が膝をついたことで驚いた者がいたようだが、これから女神様と使徒様の支持を表明するのだから良いだろう。

 他の者も皆、私に続き祈りの体勢になったようだ。


 ……女神様。この国をどうか、お見守りください。


 それからしばらくはそのまま祈り続け、光が収まったところで立ち上がった。光は数分で収まったが、もしもっと長い時間光っていたとしたら、その時間ずっと祈っていたかもしれない。

 そう思うほど神聖な光だった。


「リシャール、戻ることにしよう」

「かしこまりました」



 女神像の視察を終えて執務室に戻り、またリシャールと二人での話し合いを再開した。


「リシャール、凄い光だったな」

「はい……思わず見惚れてしまいました。それほどに強く優しい光でした。あれは女神様のお力によるものとみて、まず間違いないでしょう」

「ああ、あれは人が作り出せる光ではない。女神様のお力だろう。とりあえず、貴族にも中央教会を訪れるように通達を出しておこう。あの光を見れば考えが変わる者もいるだろうからな」

「ご指摘の通りだと思われます。通達を出しておきましょう。女神像が光る周期が分かりましたら、それも通達に加えておきます」

「頼んだぞ」


 あの光を見れば女神様や使徒様の教えを守ろうと、考えを変える者も現れるだろう。


「それから平民への通達だが、騎士に兵士詰所まで行かせてそこで口伝するので良いだろうか?」

「兵士長を騎士団詰所まで呼ぶのではないのですか?」

「最初はそう思ったが、兵士長だけを呼ぶとその者が誤った情報を伝えた場合、その地区全員が誤った情報を聞くことになる。それを防ぐためにも、兵士全員に聞かせた方が良い。その後は兵士に各家を回って伝えて貰えば良いであろう」

「確かに、おっしゃる通りでございます。ではその方法で伝えるとして、内容はいかがいたしますか? 口伝である以上、あまり長い内容は避けた方が良いと思われます」


 長い内容では、間違えて伝わったり一部が伝わらなかったりする。とりあえずは今回の出来事と、女神様と使徒様の教えとして、平民と貴族が助け合うという内容で良いだろう。


「中央教会の女神像が神聖な光で輝いたこと。女神様と使徒様の教えでは貴族と平民は助け合っていくべきとあること。この二つでいいだろう。また、貴族が理不尽なことをしているようなら、兵士詰所か教会職員に訴えるように付け足したいのだが」


 女神様や使徒様の教えを盾に、平民に反乱を起こされたら大変だ。特に今まで圧政を敷いてきた領地は危険だろう。それを防ぐためにこの言葉を付け足した方が良いと思うのだが、逆に貴族を挑発しすぎるだろうか?


「平民の反乱を防ぐためにこの言葉を付け足した方が良いと思ったが、貴族を挑発しすぎると思うか?」

「そうですね……貴族は今の状態では下手に動けないと思われますので、これで良いでしょう。その程度の通達であれば、とりあえず表立って行動してくることはないと思われます。ただ、訴えのあった貴族は罰するのではなく、まずは注意程度に留めておいた方が良いと愚考いたします」

「確かにそうだな。ではその方針でいこう」

「かしこまりました」


 後は貴族への通達だが、これは多くを語らない方がいいだろうな。貴族は言葉の端々を切り取ったり拡大解釈したりするので、少ない言葉で伝えるのが一番なのだ。


「貴族への通達は、女神様と使徒様の教えをしっかりと守る、という言葉だけで良いだろうか?」

「貴族へはそれだけで全てが伝わるでしょう。できる限りお言葉は少なくした方が良いので、それだけで充分でございます」

「では貴族への通達と平民への通達、よろしく頼む」

「かしこまりました。すぐに手配いたします」


 これからまた忙しくなりそうだ……まずはエリザベートとステファン、マルティーヌにこの話をしなければな。

 今日は夕食の時間を早めてもらい、その後に時間を作ろう。ステファンとマルティーヌには、王立学校で苦労をかけるかもしれないからな。

 王族に生まれたからにはしょうがないのだが、それでも我が子には、出来るだけ穏やかに楽しく過ごしてほしいと思ってしまう。そのために私が出来ることは全てやろう。


「では本日はこれで終わりにしよう。レオン様に伝えておいてくれ。もちろんリュシアンにも」

「しっかりとお伝えします。では、私は諸々の手配を済ませてから帰宅いたしますので」

「ああ、よろしく頼む。明日に回せることは回して良いからな」

「かしこまりました。恐れ入ります」


 そうしてリシャールと別れて、私は北宮殿へと帰った。

 これから何かが起きそうな予感がする。ステファンに王位を引き継ぐまで、平和に過ごすのが目標だったのだが……

 こうなったらステファンに王位を引き継ぐまでに、全ての問題を解決する心持ちでいこう。

 私は心の中で気合を入れ直し、北宮殿への扉を潜った。

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