第34話 演者には触らないでもらえます?
ミュージックと共にステージへと足音を刻む和奏。スポットライトが浴びせられる。
三百人の観客の前。たいしたことない数だと思っていた。乙女華の全校生徒の数よりも全然少ない。けど、熱を持ったそいつらが、和奏のことを凝視する。
良い意味でも悪い意味でも、視線というモノが、これほど刺さるとは思わなかった。けど、和奏は動じない。『よっ』と、言わんばかりに敬礼して見せる。
穂織は、淡々と登場。微笑みを浮かべていた。追随する心音は、手を振りながら明るい笑顔を見せる。
「――ここが、スタートだ。穂織のおかげで、ここまでこられた。ありがとな」
小声で、つぶやくように伝える和奏。
「ふふっ。お安い御用でした」
「ここからは、あたしが連れて行く。夢の世界へだ」
「楽しみにしてるよ」
拍手。というには頼りない出迎えだった。まばらにパチパチ。和奏たちの私語を、かろうじてかき消してくれる程度。その拍手も、数秒で鳴りを潜めてしまう。
――とても静かになった。
まあ、客のほとんどが地元民である。噂を聞いていれば、応援もできない。『いかにもな連中』が、そういう好意的な拍手を送る客に対して睨みを利かせている。
結構キツいな。と、和奏は思った。まるで冷たい向かい風が吹いているような気分だった。
「はぁい。どもっ! シュルーナの唯坂心音でぇす。――間違えた! コロネちゃんでーす。本日は、お集まりいただきありがとうございましたっ。ファンの皆様も、対バンのファンの皆様も、みんなまとめてお楽しみいただける歌をご用意してきました! 期待してくださいね! けど、その前に自己紹介! まずは、うちの炎上王子こと若様!」
「はいはーい。御紹介ににあずかった炎上王子です。秋野和奏です」
「本日の意気込みをお聞かせくださぁい」
「意気込み? ええと、そだな。とりあえず炎上しないようがんばります」
「六十点のコメントありがとうございます。さ、次はうちの不思議ちゃん、夏川穂織ことほーりぃ先輩。挨拶をお願いします」
「このような素敵なライブハウスでデビューさせてもらえるなんて嬉しいね。期待に応えられるようがんばるよ」
「もっと、バズるようなこと言いましょうよ。例えば……恋人はいるんですか?」
「いないよ。けど、片思いはしてる」
「わわっ、いいんですか? いきなりスキャンダルッ! やばい! でも気になるっ! 相手は誰ですか――って、さっきから若様の方を見過ぎです!」
「いや、あまりにかっこいいから……」
「片思いの相手って、あたしか?」
トークをしながらも、和奏は観客の様子を観察していた。ガラの悪い連中が、睨みを利かせている。そういう奴らに気を遣っているのか、一般の客もそわそわし始めていた。
「――さて、緊張もほぐれてきたところで、そろそろ一曲目、いっときましょう!」
心音が拳を勢いよく掲げた。打ち合わせ通り、曲が流れ始める。観客がざわつき始めた。本当にライブが始まるのか。柄乃組が襲撃するという噂は本当なのか。どうなるんだと、不穏な空気が漂った。
「それじゃあ、みなさん! 楽しんでくださいね!」
前奏の間に捲し立てる心音。和奏も穂織もスタンバイする。
一曲目。『クレイジィ・ラブ・ライアー』。エミルが、知り合いのシンガーソングライターに依頼して作ってもらった曲である。
作詞は心音。ラブレターを書くのが趣味なので、なかなか恥ずかしい文章で仕上げられた。ただ、それを心音が歌うと、想いが曲と一体になり、心地よいメロディとして成立する。
正直、負けていない。プロ相手でも。それほど、唯坂心音の歌声は神がかっている。
彼女の歌を聞いた観客は、完全に押し黙ってしまう。盛り上がるというよりも、酔いしれているといった感じか。この曲は、彼女がメインの曲。和奏のパートもあるが、そこに切り替わった瞬間、会場から失笑が漏れたのは悲しい。
しかし、客は乗らない。
ただ、眺めているだけ。
――そして、歌が終盤に差し掛かった時、和奏の額に激痛が走る。
「ッ!」
声にならない叫びだった。仰け反るようにして派手に吹っ飛ぶ。何が起こったのかは、ステージに転がったそれを見て理解した。客席から極太のスパナが飛んできたのである。
客席から悲鳴が上がった。けど、すぐに静かになって、野太い声の罵声が浴びせかけられる。
「やめろやめろ!」「おまえらヘタクソなんだよ!」「小学生レベルの歌で金取ってんじゃねえ、このブスどもが!」「失せろやボケが!」「おい、音楽とめろ!」
和奏は、よろめきながらも立ち上がる。額からは紅くて生暖かいモノが流れ落ちていた。
流れていたメロディが止まる。だが、心音は歌うのを止めなかった。静寂に満ちた会場に、彼女の綺麗な歌声だけが響き渡る。
――始まったか。といった気持ちだ。観客を掻き分け、奥の方にいたチンピラや極道連中がステージ下へと詰め寄ってくる。
「おい、やめろって言ってんだろうが!」
心音めがけて、スパナが投げつけられる。だが、穂織がすかさず割って入った。マイクをぶつけて払いのける。凄まじい金属音が会場を振るわせた。さすがに心音の歌も止まった。
「演奏を妨害するのは、マナー違反だよ」
チンピラにそう告げたのち、心音を一瞥する穂織。すると、彼女も悟ったのか、すぐに気を取り直して表情を戻した。
「はいはーい。ここはライブハウスですよー。エキサイトするのはいいけど、怖いことはしちゃだめですからねっ? 音響さぁん。途中からでもいいので、もう一度曲を流してもらえますか? お願いしまーす」
曲は流れない。
引き続き、野次が飛ぶ。
「ライブは中止だ。ゴミみてえな歌を聞かされるこっちの身にもなれよ」
「そうかな? 心音ちゃんの歌はプロにも負けないと思うけど?」と、穂織が言った。
「ほぉ、俺たちの耳がおかしいってのか? あ? じゃあ聞いてみようぜ。――なあみんな! こいつらの歌が上手いと思う奴はいるか?」
チンピラが、観客の方を向いて大仰に問いかける。だが、誰ひとりとして挙手する人はいなかった。和奏の流血が生々しいのだろう。怯えているようだった。
「ってことだ。おまえら、土下座して詫びろや。汚い声を聞かせて、すみませんでしたってなぁ。んで、とっとと消えろ。町からも出て行け。ヤクザ社長にも言っとけ」
「すみませんね。拙い歌で……。けど、ライブハウスにはちゃんと許可もらってるんすよ。どうか、最後まで歌わせてくれませんかねぇ?」
無礼なほど丁寧。皮肉タップリに和奏は言った。
「降りろ。客を舐めんな」
「音響さん! もう一度、曲を流してもらえませんかねぇッ!」
叫ぶ和奏だが、当然、極道連中を敵に回してまで、音響さんが動いてくれるはずがなかった。極道の男が、ステージに向かってくる。
「――ちょっと、大人げないんじゃないかな?」
それを止めたのは、会場にいたエミル先生だった。弟子たちの晴れ舞台を見に来てくれていた。
「おい、姉ちゃん。内輪の話に首突っ込むと、ロクな事にならねえぞ?」
別の男が、エミルの背中にドスを当てていた。けど、彼女も負けていなかった。
「……そんなものを出したら、あとには引けなくなるよ?」
「こっちは、なるべく穏便に済ませようとしてるんだ。黙って見てろ」
チンピラの男が、ひょいとステージに飛び上がる。和奏の前に立ちはだかる。そして、腕を鷲掴みにした。
「おら! 降りろや! このっ! このっ――」
しかし、和奏はビクともしなかった。
「アイドルに手を触れないでもらえますか?」
「ふっ、ざけんなッ!」
腕を振り払うと、大振りのパンチが飛んでくる。回避すると。次は蹴りが飛んできた。軽く跳躍して避けてみせる。ならばと掴みかかってくるが、和奏はそれらを空手の受けで、すべて捌いていく。
隙を見て、顎に軽く一撃入れる。さほど威力はなかったが、脳を揺さぶるには十分。チンピラはふらりとよろめき、ステージの下へ消えていった。
「お見事。一本」と、穂織。
床に転がるチンピラを見て、明らかに雰囲気が本職の男が告げる。
「嬢ちゃん、もうあとには引けないぜ」
「そういわれましてもね。社長からの命令なんすよ。絶対にライブを成功させろってね。逆らったら、伊勢湾に沈められちゃいますんで、こっちも必死っすよ」
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