第4話 真の敵は味方

「……で、なんでおまえもついてくるんだよ」


「親友の心配をするのは、親友の勤めなんだ」


 その日の放課後。和奏と穂織は高道屋商店街へと来ていた。


 目的地は当然、榊原芸能事務所。三顧の礼という言葉があるように、繰り返し訪問することで、相手の気が変わることもある。


「このリモートの時代に、事務所を構えているぐらいだぜ? きっと、昭和か平成に近い価値観を持ってるんだ。この和奏ちゃんさんの根性を試しているのかもしれないよな」


「女子高生に、そこまでのポテンシャルは求めてないと思うけど?」


「相手は元ヤクザなんだろ? そういった昔気質の子が好みかもしれねえじゃねえか」


 できたばかりの事務所なら、人材不足は否めないはずだ。社長の性格じゃ、最低限のメンバーを揃えるだけでも一苦労だろう。付け入る隙はあるはず。


 遠慮なく事務所に侵入。

 応接室の扉を開く。


「たのもう!」


「げ」と、うんこを踏んだかのように、嫌な顔をする抹茶頭のクズ野郎。


「よ、社長。オーディション受けにきました。ひとり一回しか受けられないとか、そんなルールどこにもありませんでしたし、いいっすよね? お願いします」


 相手が失礼な嫌味野郎なので、強引なやり方をしても、罪悪感が湧いてこない。


「……おまえ、どこの組のモンだ? 俺の邪魔をしてこいって依頼されたんだろ? そいつを伊勢湾に沈めてこい。そしたら、マネージャーぐらいやらせてやるぞ」


「噂に違わぬ皮肉屋だね」


「ほう、彼女同伴とはいい身分だな。いかにモテるかをアピールしにきたのか……ん? お?」


 京史郎が、作業中のノートパソコンを閉じる。そして、おもむろに立ち上がり穂織の方へと近寄った。「?」と、訝しげな表情を浮かべる彼女の顎を、くいっと持ち上げ、真面目な表情で京史郎が告げる。


「……おまえ、アイドルをやってみないか?」


「な、なななっ!」と、困惑する穂織。


「――ちょっと待ちやがれぇぇええぇッ! とうッ!」


 和奏は、京史郎の腕を断ち切るように払いのける。穂織は和奏の背後へと隠れた。


「スカウトの邪魔すんじゃねえよ」


「オーディションにきたのはあたし! こいつはただの付き添い!」


「石コロとダイヤモンドが落ちてたら、どっちを拾うよ? どう考えてもダイヤモンドだろうが。石コロは野良犬にぶつけて遊ぶもんだ」


「野良犬にはぶつけねえよ! 昨日の歌に関しては、いろいろと誤解があったようだけど、今日は違う! ――実は、踊りの方が得意なんだ。見てさえもらえば、あんたの気も変わる」


 掌と拳をパシッぶつけあって、気合いを入れる和奏。


「やめろ。オチが見えてる。踊りとか言って、空手の型を始めるんだろ?」


「ふぇええっ?」


 まさか読まれているとは思わなかった。和奏撃沈。もはや万策尽きた。


「――で、おまえ、名前は?」


 和奏に興味の失せた京史郎は、穂織に問いかける。


「名乗るほどの者じゃない。和奏ちゃんがオーディションに行くって言うから、ついてきただけなんだ。アイドルになる気はないよ」


 このままだと穂織に立場を奪われてしまうので、和奏は強引に会話へと割り込む。


「そういうことっすよ。――なあ、頼む。歌は練習する。身体を動かすのは得意だ。ダンスだってすぐにできるようになる」


「いらねえモンはいらねえ。こっちはビジネスなんだ。使えねえ奴を雇う余裕はねえ」


「しばらくは無給でもいい」


「わかってねえな。ガキを育成するってのは、こっちも金がかかるんだよ。さらにいえば、信頼も必要だ。おまえらガキ共の価値観じゃわからねえかもしれねえが、商売に一番大事なのは信頼関係だ。遊び半分でやるってのは迷惑なんだよ」


 雇い、育てる。それらは、京史郎の投資だ。しかし、育ったところで、別の事務所に移籍されたら、それまでの経費は霧散する。だからこそ、京史郎は人間を見ているらしい。


 ふと、穂織が問いかける。


「はっきりさせておきたいんだけどさ。あなたは、元ヤクザの榊原京史郎さんで間違いないよね?」


「俺の質問には答えないのに答えろってか?」


「名前のことかな? 私の名前は夏川穂織。――さ、質問には答えたよ。そっちも答えてもらえるかな?」


「そうだよ。元城島組の若衆したっぱだ」


「なんでヤクザをやめて芸能事務所を始めたんだい?」


「ウチの親父が古いタイプの極道だったんでな。仁義だの人情だのを優先した、お優しい経営方針に従ってたら、ライバルの柄乃組に潰された。んで、解散」


「なんだ、親子揃ってヤクザだったのか」と、和奏が口を挟む。


「親父ってのは組長のことだ。あと、ヤクザっていうのは軽蔑の意味が入ってる。俺はともかく、本職の前で言わねえ方がいい。極道って言っとけ」


 退職金てぎれきんとして、このビルをもらったらしい。よくよく考えれば、テーブルやデスク、ソファの配置など、ドラマに出てくる極道の事務所みたいな感じがあった。


「学はねえし、資格もねえ。元手もねえから、モノ以外の何かを売るしかねえよな」


「だから、人間アイドルっすか」


「レッスン費用はともかく、元手は安く済む。そっち系の衣装はわんさとあるし、上等な撮影機材も揃ってる。裏ビデオの撮影に使ってた奴だ」


 いまの時代、裏ビデオは儲からない。パソコンを使いこなせる奴もいない。安易に儲かると考えたバカが、一式揃えてしまったそうなので、まるっともらってきたようだ。


「う、裏ビデオっすか」


 馴染みのない単語に、さすがの和奏も怯んでしまう。


「安心しろ。そういうピンク系の商売はやらねえ。枕をやれとも言わねえし、脱げとも言わねえよ」


 それが信用できるかは別の話だ。なにせ初対面の和奏に対し、ちんちんちんちん連呼できるような奴である。


「俺がヤクザになったのは、稼げるって聞いたからだ。けど、蓋を開けてみれば、甘い汁を吸えるのは上の連中だけ。俺らみたいな末端は、バイトしてでも金を集めなきゃならねえ。詐欺に遭った気分だぜ」


 金のために悪党をやっていただけ。現在では、悪党が儲からないと京史郎は判断している。リスクと秤にかければ割に合わないビジネスらしい。


「ま、アイドルに手をあげたり、危険な目にあわせる気はねえよ。その点に関しちゃ安心していい。うちのアイドルは俺が守る。言っとくが、おまえじゃなくて、そっちのダイヤモンドに言ってるんだからな」


「だから、こいつはただの付き添いだって言ってんじゃないっすか――」


 その時だった。廊下の方から、ドタバタと足音が迫ってくる。バンッと、勢いよく扉が開いた。


「京史郎ォォォオァァァァァッ!」


 穂織が身体をビクつかせ、稲妻の如き速さでテーブルの下へと避難する。


 現れたのは特攻服姿の男衆。部屋に入りきらないほどのそれらが現れた。


「クヘヘヘヘッ……ヤクザやめたんだってなぁ。今まで好き放題してくれたが、バックがいなけりゃ怖くはねえ。てめえにボコボコにされた恨み、晴らさせてもらうぜ!」

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