海辺のエイリアン【ロウソク/挨拶/エイリアン】

 常葉 大師郎と袖師 葉子は違う中学校に通っていて、近所の公民館で行われる週に一度の英会話教室で会って挨拶を交わす程度の関係だったが、2人とも周囲と浮いた感じがしていた。

 大師郎はSFがとても好きだった。同様に、葉子も哲学が非常に好きで社交的な性格ではなかったから、2人とも自然と友達はすくなかった。

 大師郎は葉子のことをエイリアンと密かに心の中で呼んでいた。何を考えているか分からないところが、この間観たSF映画のエイリアンそっくりだったからだ。


 ある日、葉子が英語教室へこなかった。大師郎は宿題を渡すよう講師のトムに頼まれたため、渡されたメモから葉子の家へと自転車で向かう。

 スマホも携帯も持っていなかったから、必然と紙のメモが必要となる。電柱の明かりにメモを近づけてトムのつたない字を見ていると、海辺のほうから小さな明かりがついているのが見える。

 なんだろうか。大師郎はちょっと寄り道のつもりで海辺へと向かう。

 砂浜には真っ暗な海辺をランタンで照らしている葉子がいた。中のろうそくの炎がちらちらと揺れている。

「その、葉子さん。何をしているの?」

 葉子は振り向く。

「ああ、なんだ。君か。海を見ていてね」「海?」

「そう。いつもはさ、日の光がきらめくエメラルドブルーの海も、ほら、夜になるとこうだ」

 そういって、葉子は真っ黒な海をランタンを掲げて見せる。

「不思議だろう。あんなに美しかったものが、こんなにおぞましい姿になる。たった数時間で」

 やっぱり葉子はエイリアンだ。大師郎は思う。映画みたく、中身はエイリアンなのに、きっと人間に擬態して生きているんだ。

 葉子はつづける。

「この海にあがる花火だって、この空に上る月だって、美しかったり美しくなかったり、所詮は脳に送られる電気信号の違いだけなのにね。君もそうは思わないかい?」

「水槽の中の脳理論だっけ?」

「そう。それだ」

「マトリックス、好きなんだ。葉子さんもSF好きなんだね」

「いや、違う。あの主題は哲学の領域の話だ」

 葉子は苦い顔をした。

 大師郎はふと湧いた疑問をぶつける。

「ねえ、葉子さんは生きていて、どうにもなんない行き詰まりを感じたことはある?」

「元々、そこから私は哲学を学び始めた」

「何か分かったことはある?」

「どんな形であれ、人は死ぬ。どんな言葉や概念で飾ったってそこは変わらない」

 大師郎もどうしようもない息苦しさからAIとか宇宙とか途方もないものを空想することで虚無を紛らわしていた。「エイリアン、か……」大師郎はぽつりと漏らす。

 葉子はランタンを掲げて言う。

「君、このろうそくの長さが人の寿命に思えることはないか。人の一生はろうそくと同じで、途中で消えるものもあれば、最後まで燃えて役目を全うするものもある」

「それは、哲学じゃなくてロマンの話じゃないかな」

「どちらでもいいさ。私にとっては同じだ。君がSFの話をするのとそう変わらんさ」   

 確かに、同じなのかもしれない。

 大師郎がぼんやり炎を眺めていると、葉子は続ける。

「さっき君はエイリアンと言った。いいじゃないか、異星人。大いに結構。誰からも理解されないくらいでちょうどいい。君だってそうだろう?」

 浮いていることを指摘されて、大師郎はことばに詰まる。

「友人がいないことが全てではないよ」

「言われればそうかもね」

 似たもの同士の僕らはきっと歪な歯車のひとつひとつで、きっと、だから、こんな感じでかっちりとはまるのかもしれない。

 水曜日だけ会う、挨拶だけの関係だったけれど、大師郎はなんだか葉子ともう少しだけわかりあえるような気がした。

「なあ、我々はどこへ来て、どこへ行くんだろうか」

 ランタンを何もない海へとかざしながら、葉子は哲学的な問いを述べる。

「それよりもまず、英語の宿題を始めるところからじゃない?」

 大師郎が渡した英語のプリントを眺めながら「哲学より現実か」と葉子はひとりごちた。ろうそくはゆるやかに燃え続け、2人をあたたかく照らしていた。

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