そのピエロは、カレーを食べる【一生/ピエロ/カレー】
ピエロはいつも出番の前にカレーを食べている。メイクの前、ルーティンとして。
一緒に働いている軽業師が気になって、それを聞く。「どうしていつもカレーなんだい?」ピエロは言う。
「はは、これは一生つづけなきゃいけない、僕の戒めなんだ」
きょとんとする軽業師にピエロは言う。
「まあ、開演まで時間があるし、ちょうどいい。手慰みに聞いていってくれよ」
時は大正の真ん中。第一次世界大戦の特需で、景気が良いときだ。
ピエロをやっていた男は、ある令嬢と懇意になる。惹かれあう二人。デートはいつも、この頃にできた三井のデパートでライスカレーを食べることだった。
そんなある日、いつもの時間に三井のデパートへ行くと、そこには、令嬢と別の男がいた。ショックを受けるピエロ。令嬢は悲しそうな表情をする。
そんなある日、関東大震災が起こった。関東大震災が終わって、復興に明け暮れているさなか、ピエロは、令嬢が頭につけていたリボンを見つけてしまう。
その日から、ピエロは2人の思い出のカレーを出番前に食べて、現担ぎにしていたのだった。そして、いつの日か再び出会える日を信じていたのだった。
その話に軽業師は感動する。ピエロは仰々しく手を腰に当ててお辞儀をする。
しかし、ピエロはその話をした日、カレーを残してしまった。
そしてピエロは、その日の講演で、綱渡りの途中に落っこちてしまう。あたりどころが悪く、ピエロは死んでしまった。
軽業師はピエロの表情をみる。
死に顔は穏やかでも苦悶の表情でもなくて、軽業師は複雑な気持ちになった。
実は軽業師は令嬢がデートをしていた、ピエロではない男の弟だ。
令嬢は、許嫁の別な男と結婚する予定だったが、駆け落ちをしてピエロの元へと行こうとしていた。しかし、その日に関東大震災が起こり、嫉妬に狂ったピエロが、震災のどさくさで彼女を殺してしまっていたのだ。
許嫁の男は関東大震災で瓦礫の下でなくなった。男の弟はそのすべてを見ていた。
震災後、ピエロのいるサーカスに入って、自分が好きだった兄と、姉になる予定の令嬢を殺した男に復讐をするつもりだったのだ。
サーカスの幕が降りたその日の夜、軽業師はカレーを食べる。
食べながら、考える。ピエロは令嬢に許されたのかどうか、その表情からはわからなかった。
けれど、死んだその日にカレーを食べきれなかった事は、彼にとっていちばんの罰だったんだろうな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます