勇気のコップ【バカンス/コップ/絶体絶命】

 ジョンと息子のマークがハワイへバカンスに向かう途中のこと、乗っていた飛行機が3人の男にハイジャックされた。

 ジョンは野球選手で、シーズン中は忙しいからマークの相手もできていなかったのだ。その罪滅ぼしのハワイへのバカンスだったのに……。機内は一瞬で恐怖へ染まる。


 乗客は全員目隠しをされて、両手を座席の背もたれに乗せてうつむかされている。何も見えない。

「立ち上がると、撃つぞ!」脅されて全員が下を向く中、隣のマークがふるえているのがわかる。

 マークはさっきまで機内食を食べてはしゃいでいたのに。なんてことだ。


 機内でハイジャック犯の男が何かをわめいている。どうやら人質を手元において、NYへ引き返せとのことだった。

 乗客に緊張が走った。隣で悲鳴が聞こえる。マークだ。

 マークがハイジャック犯に連れて行かれてしまった。「パパー!」叫び声が聞こえる。絶体絶命だ。息子が銃を突きつけられている。前の方へ連れて行かれた事しかわからない。どうする? そのときだった。


 ゴンゴン、ゴンゴン、と音がした。

 突然の大きな音に乗客もハイジャック犯も、一瞬、すべてが止まったように思えた。

 その瞬間、ジョンはすべてを察して、顔を上げると、目隠しの状態で機内食の時に置かれていた自分のコップを鷲掴みにすると、音がした方向で全力で投げた。

「いてぇ!!」ビンゴだ。投げた瞬間、目隠しをはずして、両隣のコップを掴むと、それぞれを周囲のハイジャック犯へ向かって投げた。

 ジョンは投手だ。まるで投内連携の美しい流れのように、残りのハイジャック犯の頭へコップの剛速球を投げ込む。

 2つのコップはすこーんとハイジャック犯の頭を撃つ。

「今だ!!」乗客の1人がハイジャック犯へ飛びかかると、たちまち何人かがハイジャック犯へのしかかり、ハイジャック犯はすぐに取り押さえられてしまった。


 そこでジョンは気づいた。音の正体は、テーブルへと打ち付けられたコップだ。プラスチックだから割れることなく音が鳴ったのだ。しかし、音を出したのは一体誰だったのか。

 自分の席へ戻ってくるマークが教えてくれたのは、勇気を出したジョンのファンの一人だという。


 ジョンがあらためてお礼をいいにその人の席へと向かうと、ジョンのチームのキャップをかぶった人がうれしそうに握手を求めてきた。

 そして彼ははにかみながら、こう言った。


「サインをくれないかい。いや、大好きな選手にそれを言い出すのが恥ずかしくてね。これがいいきっかけになったよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る