第288話 迫る魔の手

セルファム伯爵は自分で薬を振りまきながらその治療を行うというマルチポンプを行うだけではなく、実際には治療などとは言えないような環境に患者を置き、その家族から治療という名の名目でいつまでも、いつまでも資金を回収する算段だったのだ。


これこそが有限である全能薬から無限の財を生み出す方法だった。対外的にはこの治療院とセルファム伯爵の間には何の関係もない。だからこそ、彼は誰にも疑われることなくこのような方法を取ることが出来るのだ。


「くくっ、褒めたところで何も出ないぞ。それにしても最近はあの王妃が今回の事件は薬のせいだと騒ぎ始めてかなわん。まったく、いつの間に気づいていたのだ。


今はその二点に因果関係があるとは考えづらいと言って時間を稼いでいるがあまり持たんかもしれんな。あの薬の危険性が民衆共に知れ渡る前にさっさと売りさばいてしまわねば。」


伯爵は王妃が王城にて全能薬の危険性を訴えていることからいつまでも薬を売りさばけるものではないと考えていた。あまり薬の危険性が民衆に知れ渡ってしまうと購入者がいなくなってしまうため、彼としてもその前に在庫をすべて売りさばいてしまいたかったのだ。


むろん、その危険性が知れ渡ったところで薬の快楽に興味があるものなどは買うかもしれないが今よりもその数が減ってしまうのは間違いないだろう。


伯爵がそのように考えていると院長がそう言えばと最近聞いた話を伯爵に話し出す。


「薬の規制と言えば最近、ビオミカ男爵領にて薬の規制を始めたというのは知っていますか?」


伯爵はその話を聞いたことがなかったのか、とても驚いている様子だった。未だに王城では薬と暴力事件の因果関係が結論付けられていないにもかかわらず規制を始める貴族がいるなど信じられなかったからだ。


「何だと、いつだ。一体いつ、規制など始めたんだ。その領主は薬の副作用を確信しているのか?」


「詳しいことは分かりませんが薬の危険性を領民に広めるとともに規制を行うという徹底ぶりです。もしかすればその領主は今回の騒ぎの原因が薬によるものだと気が付いて規制を行っているのかもしれません。


そうでなければ国の動きよりも早くに自身の領内で規制を行うことなど通常は思いつきませんよ。いかがいたしましょうか?正直言って薬の規制は早すぎます。治療院のベッドはまだまだ空きがありますからこの時点で患者の数が増加しないのは困ります。」


院長や伯爵にとって最も危惧すべき出来事は薬がすべて売りさばけないうちに規制が始まってしまい治療院に運ばれる患者が少なくなってしまうことだった。


実際に領内で規制を行っているという前例が有るのと無いのとでは国全体で規制に向けての動きが全く異なってくる。


そう言った意味でも国の規制が始まる前に自身の領内で規制を始めたビオミカ男爵の存在は二人にとっては邪魔でしかなかったのだ。


「そうか、それでは仕方ないな。その男爵には悪いが邪魔者は消させてもらおう。なに、ただの男爵一人が表舞台から消えた程度で誰も気にはせん。


そんなちんけなものよりも我々の利益こそが最も重要だ。院長、私はあのうるさい王妃の動きを抑えねばならんから例の男爵に関しては任せたぞ。お前の好きなように対処してくれればよい。」


「かしこまりました、早急にその者には表舞台から消えてもらいます。」


こうして、彼らの勝手な利益の保守のためにクレハに魔の手が迫ってしまうのであった。

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