残り物

 シドニア卿の襲撃(?)から一夜明けた朝。

 昨日のことでメルセデスも疲れているだろうと、朝飯は豪華に『照り焼きチキン』を作った。甘い卵焼きもある。孤児院に持って行ってもらうのも同じものだ。



「昨日は騒がせて悪かったね」


「これからどうすっかだな」


「とりあえず宿屋取り戻せよ、実家が無いと落ち着かねぇ」



 両親も疲れたのかようやく起きてきた。

 『金獅子亭』を潰したせいで王都の冒険者が騒いでるっていうし。


 『迷宮が世界を神代に回帰させる』――これは千年がかりの計画で、妖精女王を守りたいシドニア卿の暗躍は無意味だとわかった。

 お陰で両親が追われることもなくなるだろうし、王宮がアントレにちょっかいを出す理由もなくなった。後は『大宮殿』に掛けられた『メシマズの呪い』が解ければ解決だ。


 だがシドニア卿が『偽の英雄』だったことと、あれきり元気のないメルセデスが気にかかる。

 シドニア卿の企みが無意味だったということは、メルセデスが母親のためだと言われてやってきた仕事も無意味だったということだ。


 親の顔見てから調子悪そうだったし、思うところもあるだろう。



「にしてもメルセデスのやつ遅いな。様子見てくるわ」


「着替えに出くわしても慌てるんじゃないよ」


「ノックしとけば無罪だぞ」


「うるせぇよ」



 二階に上がり、言われたからというわけではないがノックをする。返事はない。

 寝かせておいてもいいかと思うが、昨日のこともあるので心配だ。部屋で一人、飲みすぎたのかもしれない。



「入るぞ」



 ベッドの枕の上にピンク色を見つけ、寝坊かと安心したのも束の間。違和感に布団を剥いでみると。



「なんだ、こりゃ……」



 ベッドの上にいたのはメルセデスの形をしたピンク色の何か・・だった。




   ***




「これは間違いなく、メルセデス本人です」


「お姉さま……」



 両親に任せ、ロマンと聖女を連れて戻ってきた。孤児院にも声を掛けて差し入れは取りに来てもらう。


 聖女によるとピンク色の物体は『結晶化したメルセデス』らしい。道端のアクセサリー売りで見かける紅水晶に似ていなくもない。でかいことと人型なことを除けばだが。


 よく見るといつもの暢気な顔のままなので、寝ている間にこうなったのだろうか。

 ひょっとしてフィーや他の妖精の仕業か? 戻せるのだろうか? そもそも、生きているのか……?



「まず、死んではいません。そしてこれはメルセデスの意志によるものです」


「どうしてわかりますの?」


「治癒術が通るので生きています。それにこれ、メルセデスが使う【石英化】の魔法です」


「……そういえば、そうですわ。以前、狼藉者をお餅に変えるお姉さまを見て、違和感ありましたの。相手を無力化するなら【石英化】の方が得意なはずですわ」


「アントレ食べ歩きした時か。そんなこともあったな……」


「『大宮殿』討伐後は使えなかったのでしょう。使うとこう・・なるから」


「『以前の半分も力が無い』とは言ってたな。じゃあなんだってこんな……」


「治癒術師として考えられるのは、進行性の症状を抑えるためです。例えば『大宮殿』に掛けられた呪いのような――」


「――少し違うぞ。『なんでも記憶する魔法』、余が授けた加護が弱まっているからだ」



 聖女の診断に割り込んだのはフィーだった。

 確かに今日も来るって言ってたな。そして異変を察知したのかグーラも来た。



「メルセデスに『なんでも記憶する魔法』の才能なぞ無かったはずだがの」



 あったら『記憶したことを再現する魔法』を与えるなんて遠回りなことはしない、というのがグーラの主張だ。結果とんでもないことになったが。



「そうだ。だから余の能力を譲った。そもそもこの子がものを覚えられないのは余のせいなのだから」



 フィーによると、妖精女王は長く近くにいるものから記憶を奪う性質があるという。だから人と子を成せば記憶力に問題が出るのは道理だと。



「じゃあシドニア卿はフィーに記憶を奪われてあんな風になっちまったのか?」


「いや、あれはなぜか平気だ。本人曰く『愛の力』だそうだ」



 ドヤ顔で言われた上に赤面された。

 あの人は妻のために暴走するのが平常運転らしい。シドニア卿には正直幻滅もしたが、妖精女王に好かれる理由はあったんだろう。



「『大宮殿』の呪いがメルセデスの記憶力を蝕んでいるということですか」


「そうだ。その二つは相性がいいからな」


「『味を感じなくなる呪い』と記憶力の相性ですの?」


「エミールらが言っておったであろ、うまさとは旨味成分の量ではない。味覚と記憶はつながっておる」


「きちんと生活できてたということは、この子は味覚を犠牲にして記憶を守っていたようだな。それでも後がなくなって、自分を封印したわけだ」


「味覚を犠牲にしてた? メルセデスが?」


「ここ最近は一切味を感じていなかったはずだ」


「……!」



 フィーの言葉に背筋が凍った。

 メルセデスは俺の料理にマズいと言ったことがない。いつもうまいものばかり出していたわけじゃないが、真っ先に「おいひー」と言ってくれるのを、俺は当然のことのように感じていなかっただろうか。


 味がしないものを食べて、おいしいと言うのはどれほど苦しいだろう。毎日一緒にいて、料理人の俺がそれに気付けなかった。


 だから俺が続くフィーの言葉にキレたのは、単なる八つ当たりだ。



「『大宮殿』に出した料理、あれに呪いを掛けたのは余だ。余には解呪の手段もない。恨んでよい」


「てめぇ、自分の娘に取り返しのつかねぇことをっ!」


「よせ、エミール」



 フィーに詰め寄ろうとした俺を止めたのは、グーラだった。何かの魔法だろう、身体が動かない。もがくことすらできなかった。


 言葉を続ける妖精女王の顔が、窓に冷たく映る。



「長い年月、人類の成長を助けてきた。だが長すぎた。人に忘れられるというのは、寂しいものだ。そこの土地神ならわかるだろう?」


「われも一度忘れられ土地神の力を失ったからの」


「よからぬことに使うだろうとは思っていたが、夫の深い愛情には余も感謝しているのだよ。夫と子を秤に掛けるなら夫を取るほどには」


「旦那のためにメルセデスを切り捨ててもいいってのかよっ!」


「この子にはかわいそうなことをしたと思っているさ。だがこの子は人の世に生きて幸せだろうか? 記憶に問題を抱えて生まれ、力を持てば利用され」


「メルセデスを利用したのはあんたの旦那だろう」


「夫はあれでも娘を愛している。だから後ろ暗いことはさせなかった。だが今後はどうだ? この半年親元を離れたこの子の力を、誰も当てにしなかったか?」


「それは……」



 真っ先に夏の災害級討伐を思い出す。あれはメルセデスがいたからできたことだった。

 俺も巨大な太郎さんから救われたり、キノミヤに拉致された時は心配された。そもそもこの店自体、メルセデスの財力と自家製魔導具で運営されている。俺が安全に暮らせるのもメルセデスの武威と無関係じゃない。



「この子が味覚を犠牲にしてまで記憶を守ったのは、エミール。お前といたいからだ」


「……!」


「余の娘から向けられた愛情に応える覚悟が、お前にあるかエミール?」


「愛情って、そんないきなり……」


「覚悟がないのならこの子はネストに連れて行く。あそこなら呪いも無意味だ、元の姿に戻り妖精たちと――」


「ふざけんなっ、メルセデスは渡さねぇぞっ! 呪いくらい俺がなんとかしてみせる、一生かかってもだっ!」


「「「おぉ……!」」」


「鈍感だと思ってた息子がついに所帯を持つかぁ」


「男らしくなったもんだねぇ」


「あれで気付かない方がどうかしてますわ」


「この場の全員が証人なので。メルセデスが目覚めてもとぼけないように」


「!?」



 勢いで言ってしまったが、顔が熱い。

 あれ、何この『言わされた感』と『おめでとう!』な雰囲気。

 メルセデスのピンチは何も解決してないんだけど!?


 フィーはさっきまでの厳しい表情を和らげ、成し遂げたような顔になった。実は簡単に呪いを解けるとか、さっきまでの難しい話は冗談とか、そういうオチか?



「言っておくが余に解呪できないのは本当だぞ」


「なんだよ……」


「余には【未来視】の権能があってな。ずっと昔にに見えたのだ。余が人と子を成すこと、妖精と人とのハーフである我が子はいずれ破綻を迎えることが」


「む、やはりぬしは未来を見るか。ならばメシマズの呪いなぞ作らねばよかったではないかの?」


「それじゃあこの子の迎える結末は変わらなかった。未来は可能性だ。遠い未来ほど多くの枝分かれが存在する。その中から見つけた今のこの状況とエミールだけが、我が子を救えるかもしれないのだ」


「それで確かめようと、先頃エミールをさらったか」


「余にとっては250年も前のことだがね。以来、今日この場に役者・・を揃えるため、すべてを費やしてきた」



 壮大な話、というか難しい話にクラクラするが、メルセデスの顔を見て気を取り直す。


 そういやシドニア卿の企みが無ければ、今アントレに両親がいることもなかったな。特に母さんは関係者だし、この先なにか役割があると思っていいんだろうか。


 しかしせめて自分で解呪できるような呪いにしておいて欲しかったよなぁ。それじゃダメなんだろうけど。



「さて、ここからが本番だが――」



 未来を視ていたということは、ここからどうすればメルセデスが助かるのか、フィーは知っているということだ。

 そのために俺が恥ずかしい思いをさせられたのはちと解せんが。



「――『迷宮・メルセデス』を攻略せよ。余にわかるのはこれだけだ。英雄詩が如く、花嫁は実力で奪っていくがよい」




   ***




「へっくちっ!」


「起きましたわね。エミールがあんなに怒っているところは初めて見ましたわ」



 もう夕方だった。

 主を失ったメルセデスのベッドに座って、フィーの言葉の意味を考えていたら居眠りしていた。


 メルセデスは折れないように布団にくるんで、迷宮内のカガチの研究室に運ばれていった。迷宮なら安全だし、異変があればすぐに対処できる。


 『迷宮・メルセデス』は文字通り結晶化したメルセデスの中にある異界らしい。俺たちがそれを攻略することでメルセデスは助かる。

 だが肝心の『どうやって迷宮に入るか』、『どうやって攻略するか』はフィーにも見えなかったそうだ。



「メルセデスが避けてただけあって、とんでもねぇ両親だが……怒ったのはまずかったな」



 飲食店をやっていると冒険者みたいに力じゃ絶対に敵わない客も来る。俺みたいな常人がそいつらと渡り合うには怒っちゃいけない。他の方法で自分の意見を通せなきゃ、店は荒れるし長生きもできないのだ。


 だから嫁をかっさらうとか柄じゃねぇんだよ。



「てかお前らこそ随分冷静だよな。メルセデスのピンチなのに」


「こうなる予感はありましたのよ」



 なんでも聖女は『大宮殿』から戻ったメルセデスを一目見て異常を察知、以来情報を集めてはいたらしい。ロマンの場合は。



「女の勘ですわ!」


「腹減ったな……そういや朝飯食い損ねたわ」


「なんですの!? お腹は空きましたわね」


「朝飯の残りがあるから、それでいいか?」


「――それ、ボクにももらえるかな」



 この声は聞き覚えがあるように感じる。

 今日は開けていない店に入ってきたのは、割と気になっていた奴だ。



「マゼンタですの!?」



 金髪に深い緑色の瞳の、やや小柄なエルフ。

 最初は男装の吟遊詩人だったから、その姿を見るのは初めてだ。



「久しぶり……でいいのか? 弁当にするから外で食おう。椅子を出しておいてくれ」



 店の前からは迷宮の入り口が見える。

 その奥にはメルセデスがいる。

 だから外なら、メルセデスにも話が聞こえるような気がした。


 俺は『照り焼きチキン』と『甘い卵焼き』をアイテムボックスから出し、レタスを敷いた弁当箱に詰める。


 ついでに鮭の切り身を焼いて、たこさんソーセージを炒め、カレーコロッケを揚げた。作り置きのポテサラとキュウリの酢の物も添えて、ご飯には梅干しを乗せてゴマを散らす。

 他にも朝飯に用意したものがあった気がするけど、腹も減ったしこんなもんでいいだろう。


 『照り焼きチキン弁当』の完成だ。



「エミール君の弁当を食べるのは久しぶりだなぁ」


「そうですわね」



 夕日を浴びる迷宮入り口を眺めながら弁当を広げる。小さい樽も持ってきてお茶を置いた。

 吟遊詩人の時はクールな印象だったけど、改めて会ったマゼンタは随分と人懐っこい視線を向けてくるものだ。


 ロマンはともかく、マゼンタは俺の弁当なんて食ったことあったっけ?

 まぁネストで作ったのも弁当の延長みたいなもんだったか。まずはそれを確認したかった。



「まさか生まれて初めて見た人間・・と今更再会するとは思ってなかったけど……ようやく会えたね、お兄ちゃん!」



 マゼンタに飛びつかれた俺は地面に倒れ、宙を舞った俺の箸と弁当はロマンがキャッチした。

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