お好み焼き(2)

 今日のメインは『お好み焼き(ミックス)』、客に自分で焼いてもらうため、鉄板付きのテーブルを用意した。


 渡したお椀の中身は店で作ってきたものだ。

 千切りキャベツを2cmの長さに切る。イカと紅ショウガをみじん切りにし、青ネギは小口切りにする。

 生地は麦とろ飯用のとろろ汁があったから出汁を足して、そこにふるった薄力粉、塩、卵を加えてよく混ぜる。生地を一人分ずつお椀に小分けしたら、切った具とエビ、天かすを乗せてスプーンを刺して完成。


 あとは自由に焼いてくれ!

 案の定、領主は困惑顔だけど代官がフォローしてくれるだろう。



「アドン君、確かに僕は庶民的なものをと言ったが……」


「おや、庶民的過ぎましたかな?」


「どんな味か見当もつかないが、質の悪いものではなさそうだね。だが、これは焼いて出してもらえないものだろうか?」


「エミール君が『自分で焼く趣向』と言った以上、そういう料理なのでしょう。あいにくと我々も誰一人焼き方を知りませんが、ご安心ください。今日はもう一人、ギルドの職員を呼んであります――入りなさい」


「……ご同席、失礼いたします」


「君は……一体!?」


「まぁ……」



 流れるように嘘を吐く代官。そして引き戸を開けて現れた人物に言葉を失う領主夫妻、眉間をもみほぐすギルド長。

 そいつはメリッ……なんとお好み焼きを模した仮面を付けた不審者、いや怪人、いやヒーロー、お好み焼き仮面だっ!



「ソースを父に、マヨネーズを母に持ち!

 お好み焼きの国からやって来たっ!

 お好み焼きの伝道師、お好み焼きぃ仮面っ!!」


「わぁぃ、メリッ……お好み焼き仮面だぁ!」



 妙な設定を作ってやがった。

 メリッ……が領主に合わす顔もないって言うから、メルセデスがお面作ったんだが。



「申し訳ございません。彼女は緊張するほど非常識な行動をとる体質で……」


「いや、斬新というかなんというか……リスキーなファッションだね」



 ギルド長は目を丸める領主夫妻に深々と詫びた。これでも説得して着ぐるみは諦めさせたんだよ。

 芸人が天職としか思えない体質だな。


 メ〇ッサを呼ぶのもホスト側に頼んでおいたことで、領主夫妻以外は皆知っていた。

 お好み焼きは庶民なら誰でも焼けるし、実はメルセデスでも焼ける。

 領主夫妻はそんなの知らないだろうから、いいところを見せるチャンスだ。


 誰かが余計なことを言わないよう根回しもしてある。テーブルの客で焼き方を知ってるのは代官とカガチだけだった。


 鉄板はテルマの権能とやらで適度な火加減になっている。あとは実演と実践あるのみ。

 俺はもう一人分、お椀とヘラをお好み焼き仮面に渡した。



「頼んだぜ、メリッ……お好み焼き仮面!」


「メリッ……お好み焼き仮面、頑張れ~!」


「隠す気ありますの……?」



 ともかく、ようやく焼き始めだ。領主の正面に座ったお好み焼き仮面の動きに、皆が合わせる。



「鉄板に油を引いたら、お椀の生地と具をさっくり混ぜます。混ぜすぎないのがふわっと焼くコツですよー。それを鉄板に乗せて円く成形して、3分焼きましょー」


「「「……」」」



 テーブルが3分間無言になった。

 途中エールを飲もうとしたお好み焼き仮面だが、ジョッキがお面にコツンと当たり、諦める。

 ストローいる? 食べる時はどうすんだろうな?



「豚バラスライスを二枚乗せてひっくり返しますよー。この大きめのヘラ二本ですくいあげたら、腕を突き出して――手前にクルっペタンっと……あ」


「「「あ……」」」



 ちょっと割れた。高く持ち上げすぎなんだよ。

 まぁ多少割れても破片をヘラで寄せて成形し直せば大丈夫。味は同じだ。


 キャーキャー言いながら楽しそうにひっくり返す客たち。慣れもあるけど、これ器用不器用が出るよなぁ。

 ちなみにきれいにひっくり返せたのはカガチと代官、それに領主夫人は初めてにして快挙だ。

 割れたのがメリ〇サ、グーラ、ギルド長。魔法か何かで手を使わずにひっくり返したロアは反則。


 そして領主だが、片面焼き状態で持ち上げたまま、固まってしまった。


 ヘラの持ち方、ヨシ。

 腕の伸び、ヨシ。

 高さ、ヨシ。


 あとは手首をクルっと回すだけだ……そうだ、ゆっくりでいい……親指だ、自分の親指をヘラの柄と一体化させるつもりで……来るか? 来いっ……おいおい、なぜ、ひっくり返さない……。



「どうかしたかの、伯爵よ?」


「んっ、ああ……すまない、これは案外難しいものだな。ハハッ」



 グーラに声を掛けられ領主は我に返ったようだ。

 確か領主は武門貴族で、かなり鍛えてると聞いた。このくらい剣術の延長みたいなもんだろうに。


 そこへ領主の向かいからヘラが二本、領主のお好み焼きを支えに加わった。メリッ好み焼き仮面だ。



「領主様、下はわたしが支えます。もっと傾けていいですよ。奥様は領主様のお背中に回って……そうです、上の方を押さえて下さい。これでもう、逆さまにしても大丈夫……ほら、そのまま鉄板に下ろしましょう」


「まぁ、あなた。できましたね」


「できたっ……! ありがとう、ありがとう。メリッ……好み焼き……仮面?」



 ヘラ六本使って力技でひっくり返しやがった。

 できてよかったけど、こっからだな。

 領主以外のお好み焼きはそろそろ焼き上がりだ。


 メリッ好み焼き仮面もそれを察したのか、他のお好み焼きを火の弱い端に寄せた。焼き上がり時間の調整だ。

 だが足りない。なぜなら。



「腹が減ったのぅ。メルセデスよ、エールをもて」


「鉄板のせいか、暑いですね……」


「あっ、食べる直前まで触らずじっくりですよ」



 領主の焼き上がりまであと10分近くかかる。正直自分の分が焼けるまでももどかしかったはず。他人の分まで待たせるのはちょっと酷なのだ。

 そこでコレだ。



「『いなり寿司』、『夏カブの冷やし煮びたし』、『真鯛の刺身』お待ちっ」


「あら、お好み焼きだけじゃなかったのですか?」



 ギルド長がそれ言うのは心外だな。

 この食事処にもうちの店と同じものがあるだろ。



「壁のメニューがあったので、勝手に注文しちゃいました。焼ける前にお腹空きますからね」


「『いなり寿司』とは気が利くの、メリッ子仮面よ」


「あらぁ、このカブ。お出汁に氷が入っているのね。良く冷えていておいしいわ」


「身の締まったいい真鯛だな」


「食べたいものを食べたい時に注文するのが庶民の楽しみ方だよぉ! エミール君がなんでも作るからねっ」



 お好み焼きだけじゃつまらないので、普段の営業と同じくらいの仕込みをして壁にメニューを貼った。片面焼いてる間にロマンが注文を取ったのだ。


 『冷やし煮びたし』ってのは追いがつおつゆで煮て粗熱を取った後、半日冷やしたものだ。領主夫妻が気に入ったようでなにより。


 さぁ、食べてるうちに領主の分も焼けただろう。

 各々お好み焼きをひっくり返す。焼き上がれば簡単だ。豚バラがカリカリに焼けてうまそうに出来てるじゃねぇか。

 自分で注文した料理が来てもお面を外さず我慢したメリッ子仮面は、自分の役割を忘れていない。



「まずソースを塗って、マヨネーズを格子状にかけて……あ、これがわたしの両親です」


「「「……」」」


「……カツオ節と青のりを乗せて出来上がり。全部たっぷりにするのがコツですよー」


「む、このうねうねとしたカツオ節の動き。ロアよ、また何かしておるな?」


「とんでもない濡れ衣であります。自然現象であります!」



 なんでロアが疑われてんだ?

 ソースが焦げてうまそうな匂いがぐんっと広がった。テルマの手も借りてヘラを小さめのものに交換し、空いた皿を片付ける。エールの足りない人はいないな?



「よっし、熱いうちに食って下さいよ!」



  ~ グーラのめしログ 『お好み焼き(ミックス)』 ~



 此度はなんと、エミールの奴め料理をしておらぬではないか!


 しかしてこの自分で焼くという趣向、なかなかに面白い。手ずから焼き上げた分、余計にうまく感じるということであるな。


 しかしこれは少々ハードルが高くないかの?焼肉のように気安く焼き加減を確かめることもかなわぬ。

 ギルドの愉快な娘に教わった通りひっくり返してみれば……二回転半回って割れおった。ひっくり返したい気持ちがちと強すぎたようであるが、味は変わらぬ。


 左を見ればカガチは涼しい顔でひっくり返しおった。さてはお好み焼き経験者であるな?

 かと思えばお好み焼き仮面とやらに叱られておる。なんと、お好み焼きにヘラを押し付けると味が落ちるとな。ポンポン叩きたくなる形しておるに。


 右のロアはやけに真剣な顔で……お好み焼きが浮いておる!?

 死霊術で死骸を操るなど、反則ではないか! (食材を死骸って言うな by エミール)


 さて、難儀しておった領主も焼き上げたところで、ソースとマヨネーズをたっぷりかけて、カツオ節と青のりを乗せる。なんとも食欲をそそる香りであるの!

 カツオ節がうねうねと動き始めたのはまたロアの死霊術か? なんと、自然現象であったか! そういえば『ゴーヤチャンプルー』でも同じであったの。


 ではお好み焼きの生きの良いうちに、と小さめのヘラで切り出す。


 多くの食材の味が混ざり合っておるが、一際強いソースが鋭い味でそれらをまとめ上げ、まろやかなマヨネーズがその切っ先を丸めておる。

 父はソース、母はマヨネーズとはよく言ったもの。これは見事な夫婦愛であるの!


 ならばお好み焼きとはソースとマヨネーズの味か、と言えばそうではない。

 熱々の湯気とともに鼻を抜ける、カツオ節の香りだの。これが風味を引き上げ、お好み焼きを調味料の味に留めておらぬ。


 大きな具はカリカリの豚とプリプリのエビ、どちらもよい食感をしておる。ふわとろ生地とのコントラストに幸福が訪れるのぅ。

 その生地にはうっすら下味が付けられ、イカの旨味、薬味の刺激、キャベツの甘みなど多様な味を包み込んでおる。


 なるほど、濃い味で飽きてしまわぬかと思うたが。

 ソースとマヨネーズの強い味を具の食感と生地の複雑な味が支えることで、飽きの来ない仕組みになっておるわ。


 そしてこの味には当然――シュワシュワする喉ごしの良い酒が合うに決まっておるの!

 ウィスキーのハイボールでもよかろう!



  ~ ごちそうさまであった! ~



 お好み焼き仮面の活躍はもうちょっと続くぜ!


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