酒飲みの矜持
「――われはここに、真なる迷宮都市の誕生を宣言する!」
「「「迷宮都市に乾杯!!」」」
グーラの宣言に皆機嫌よく応えてるけど、『真なる迷宮都市』ってなんだ? 知らないの俺だけ?
メルセデスに「知ってた?」と視線で聞いてみる。
「わかんないけど、きっとおめでたいことだよ!」
「代官とギルド長も嚙んでいるようですわね。立ち位置から見て人と迷宮は対等のようですから、おめでたいことですわ」
おめでたい奴らめ! と思ったが、ロマンの言う通り代官とギルド長はグーラと握手すると横に並び立っている。似てないけど親子に見えた。
てことはまた勝手に迷宮広げちゃった、とかそういう話じゃなさそうだ。
とか考えていたらグーラと目が合った。なんせ俺たちのコンロは最前列だ。
階層主たちがこっちに来る。ウンディーネやアラクネたち補佐とクマガルーもいるな。
巨人以外は知った顔だ。これは始まるな――飲み会が!
「丁度良いところにおったの。この
「よーろーしーくーねぇー。焼肉ーいい匂いー」
「よろしくどうぞ、迷い猫の皆様」
あ、黒服を着込んだクマガルーかと思いきや、ヨートンの補佐だった。
フリムはクマガルーの原型だそうだが動きにキレがあるし、よくしゃべる。しかもバリトンヴォイスだ。
間延びした声は女の巨人だった。
長い黒髪で、目は眠たそうに伏せている。かろうじて隠れる程度の服装に装飾品がたくさんだ。
服は魔物の皮のつぎはぎ。サイズ合うものがないのだろう。背丈はざっと8メートルくらいだ、無理もない。
ターンしたフリムがキメ顔で言った。
「報酬は巨大な羊の毛と皮。このフリム、ようやくヨートン様に見合ったお召し物を作って差し上げられます!」
「報酬?」
「うむ。此度は街の最終防衛線を買って出たのでの、この顔ぶれで控えておった。味方にデカいのがおると士気が上がるであろ?」
災害級に対する最後の備えは、なんと迷宮への避難だったそうだ。代官、ギルド、迷宮の協議で決まったことで、無人になった街を階層主が防衛する段取りまでしていたらしい。
こうして衆目に姿を見せることも、その協議の結果だ。
「焼肉で打ち上げなど最高ではないかっ、酒と肉をもて!」
グーラの声に応じたのかわからないが、大量の酒樽が運び込まれ、コンロも増設された。氷屋も来ていて、先輩に仕事を教わるトマの姿が見える。
あっという間に宴の輪が広がり、階層主たちも肉を焼き始めた。酒飲みはせっかちだ。
しょうがないので秘伝のタレを提供する。
あとは店から炭酸サーバを持ってきたメルセデスに頑張ってもらおう。
ロマンも手伝って飲み物の希望を聞いては手早く作る。中には氷を浮かべたビールなんてのもあった。樽のビールはすぐ温くなるからだ。
最後にヨートンの酒を作るところでメルセデスの手が止まった。
「ヨートンさんはジョッキじゃ小さいよねぇ」
「あー、確かに。そもそもヨートンて酒飲むのか?」
「お酒はー好きー。お酒ならー、なんでもいいーよー」
大酒飲みか、巨人級の。
人の場合だが、酒に限らず摂取する適量は体重で決まるものだ。
ヨートンの身長が普通の人の五倍だとすると、体積はその三乗、125倍。ヒト種と作りが同じなら体重も125倍だ。
「失礼なーことー、考えてる匂いがするー」
「エミール君?」
「う、うまい酒飲んでもらう方法考えてんだよ」
ヨートンの片目が開いて青い瞳が光った。巨人て体重気にすんの? てか匂いってなんだよ。
エール一杯が400mLだとして、ヨートンサイズだと50L。酒樽だと人が担げるギリギリのサイズだ。これより大きいと台車に乗せるか転がす。
ウィスキーダブルだと一杯9L。瓶だと十本くらい。
ここの酒は200Lの
ウィスキー9Lはなぁ。酒精が目にしみて近寄れなさそうだ。
「ヨートンさん、ハイボールはどう? ここにあるウィスキーに向いてる飲み方だし、焼肉にもピッタリだよ!」
「なるほど、巷に溢れる若いウィスキーですな。ご慧眼なお嬢様だ」
フリムがステッキを回した。要するにここのウィスキーは安物なのだ。タダ酒だし。
するとメルセデスの提案が最適解だろう。定番のレモンサワーじゃないのはレモンシロップが足りなくなるからだ。炭酸は水があれば作れる。
だがヨートンの答えは。
「わたしー、薄めたお酒はちょっとー……味がーわーからなくてー」
好みじゃなかったようだ。
それに賛同する者がいた。クマさんだ。まだいたのかよ。
「その通り! 酒は喉を焼く酒精感こそ神髄。酒を薄めるなど塩水でラーメンをすするも同然」
「そうじゃ、そうじゃ!」
木工屋の親父も乗っかった。意外といるな、喉焼き派閥。ドワーフの習性、いや酒飲みの矜持ってやつだろうか?
世に好みほど他人に理解されないものはない。
俺からして強すぎる酒精感は苦手だけど、好きなものを満喫してほしいとは思う。だが。
「手間をかけるの。ヨートンはちと味覚が鈍いようでの。味の区別はつかぬ故、ウォッカの樽でかまわぬ」
「何ぃ!? ウィスキーの繊細な香りの変化や後味がわからぬだと!?」
「そうじゃ、そうじゃ!」
クマさんは単に強い酒ならいい訳じゃないようだ。料理人だから当たり前か。木工屋の親父は酔っぱらったな?
しかし味覚が鈍いっつってもウォッカがぶ飲みでいいってなるか?
「ヨートンさんはお酒を薄めると味も薄まって感じるんだね? わかったよ、ちょっと待っててね!」
メルセデスは少し考えて店に走る。しばらくすると酒瓶を抱えて戻ってきた。
その中の一本を少しだけ注いでヨートンに渡す。少しと言ってもジョッキ半分くらいの量だ。
「ヨートンさんが普段飲んでるウィスキーってこういうのじゃないかな?」
「……そうそーう、これがお酒だよねー」
「おい、嬢ちゃん……そのボトルは」
店では安いウィスキーしか置いてないが、そいつはメルセデスの私物でお高いやつだ。クマさんも気付いたらしい。
ヨートンは随分いい酒を飲み慣れているようだ。
「これは西の国の海辺で作られるウィスキーで、ヨード臭とピート香があってスモーキーなのが特徴なの」
「そうであったか! ヨートンは西の国の生まれでの。酒はカガチが取り寄せておるが、われには煙っぽくてかなわぬ。てっきりヨートンは味覚が鈍いと思っておったわ!」
グーラからするとどうしてあんなもの飲むのかわからなかったんだろう。
ヨートンも他の酒を知らないから説明できないようだ。匂いに敏感そうだから味がわからないってことはないと思ってたけど。
ピートというのは泥炭のことで、ウィスキー作りでは麦芽の乾燥のためにこれを焚く。このボトルは海藻を含んだピートを大量に焚くことで独特の風味を出しているのだそうだ。
俺も何種類か舐めたことあるけど、癖が強い。ほどほどのやつが好みだった。
「そのままで強い香りが楽しめるお酒だから、割ると薄かったりバランスが崩れたように感じるねぇ。熟成期間が長い他の高級ウィスキーも複雑で変化のある味わいが売りだから、割らない方がおすすめだよ」
「ってことは、ウォッカも口に合わないんじゃねぇか?」
「酒精の匂いしかーしなーいー」
ヨートンがむせると、酒精の匂いが立ち込めた。外でよかったな。
そうするとヨートンには自前のストックを持ってきてもらうしかないじゃないか。
フリムがヨートンに山盛りの焼肉を差し出しながらターンした。
「ヨートン様のお酒は只今品切れでございます」
「あーほら。災害級の警戒で王都の大きな商隊は動いてないんだぞ。元々手に入りやすいものでもないしな」
調達担当のカガチが言った。タイミング悪いな。
でもせっかくのBBQだ。なんとかヨートンも楽しめる方法はないか、とメルセデスを見ると。
にんまりしながらジョッキにいろんな酒を注いでいた。
「ヨートンさん、これ炭酸で割る前と後で飲み比べてみて! はい、まずはこれ」
「これー香りはいいけどー物足りなーい……あ、炭酸で割るとー、香りが強ーい!」
「ふっふっふー。それはリンゴ酒。炭酸で割ると華やかな香りが立つでしょう。次はこれ」
「これはー割るとすごーくー香ばしいねー! 甘みもー増えてる?」
「麦焼酎は炭酸と相性のいいものが多いよ! 次はこれ」
「んー、これはーそのままーでも強い香りー……うへぇー、割るとちょっと渋いーよー」
「それは芋焼酎だよ。じゃあこっちの水割り飲んでみて!」
「あーっ、渋くなーい。後味がーあまーい。同じーお酒ー?」
「そう、蒸留酒は割ると表情が変わるんだけど、炭酸か水かは銘柄によって違うの。割らない方がおいしいお酒もあるし、それにも一滴加水する人もいるね。片っ端から試していっぱい失敗して、自分だけの飲み方を探すのも楽しいよ!」
メルセデスはそう言って50Lの樽にハイボールを作り、ひょいとヨートンに渡した。
黙示録の羊の巨大なラムチョップを齧ったヨートンはそれを受け取り、ゴクゴクやる。
「ぷはぁー。こういう飲み方ーなら、炭酸割りもーいいかもー」
「最後にウィスキーを少し足したから、パンチがあったでしょう!」
ヨートンも飲み物確保できたところで、再度乾杯だ。
さっぱりしたものが欲しくなってきたので、馴染みの製麺所が振舞う『ラーメンサラダ』をもらった。歯ごたえのいい縮れ麵がうまい。
改めてロマンを紹介した後、『真なる迷宮都市』についてグーラに聞いた。同じくラーメンサラダをすすっている。
「簡単に言うとの、今後は迷宮関係者が堂々と街を歩けるようになった。最低限の人化はするがの。見返りにわれらは独立戦力として街の防衛に協力する。そのような緊急時は本性も見せようぞ」
「防衛ってのは迷宮が避難所になったりか?」
「今後は前線に出ることもあろう。いわば街と迷宮の合併だの」
「合併って商会同士一緒になるあれか? そんなの聞いたことないぜ」
「王都の迷宮は一部で済ませておる。迷宮跡地である王宮で迷宮の機能が一部生きておるのはそのためだの」
マジかよ。住んでたのに知らなかったぜ。
グーラは今後の展望を語った。当面裏町までの地表を迷宮化することで代官、ギルドと合意したそうだ。
人間にとって迷宮化のメリットは多い。うちの店のように出入り管理ができる。魔力チャージなしで魔道具を使える。建物が丈夫になる。これはグーラの操作で不壊まで調整できるそうだ。
究極的には異界化して空間容積を無視できる。建物一つに街全体を収めることも不可能じゃない。
一方デメリットは単純で、迷宮と仲違いしたら詰む。生殺与奪を握られるのだ。代官たちも良好な関係を続けられると踏んで決断したのだろう。
「じゃあ迷宮側のメリットってなんだ? 人間の要望をあれこれ聞いて面倒ばかりじゃねぇか?」
「こちらは人流を操作しやすくなるの。さすれば地脈を集めやすくもなろう。なにより――」
グーラはジョッキに氷とレモンシロップ、ウォッカを足して炭酸水で満たし、コクコクと飲んだ。
今日の氷は氷屋のかちわり氷でデカい。これはこれでいいな。
「――ぷはぁー。迷宮が広がればわれもお出掛けスポットが増えるからの! すでに『ホオズキ』と『薪のクマさん』、それに代官の屋敷まではつなげておる」
「また勝手に迷宮広げたから事後承諾欲しかったわけだ」
「ぎくり」
口で言うな、口で。
今後はグーラや眷属であるテルマとビャクヤの姿を、あちこちで見掛けることになりそうだ。
残留組もちらほら帰ってきて、BBQ会場はいっそう盛り上がっている。
難しい話が終わったからか、子どもの姿も増えた。孤児院の子どもたちがテュカとコンロを囲んでいるのが見える。
肉と酒はいくらでもある。日没の遅い季節だ、BBQ大会はまだまだ続いた。
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