野戦料理(3)

 接敵までカウントダウンに入り、料理人は待機を命じられた。次の食事の仕込みすらなしだ。

 というのも、今から始まる戦闘で本陣が襲われた時、調理していると逃げ遅れるからだ。

 あと前回食材の消費バランスを取れなかった反省から、次作る時は指定のメニューを全員で作るそうだ。もっと早く気付け。


 それもこの戦闘で決着が付けば、次の食事も不要で帰還となる。

 メルセデスの肩にかかっていた。



「……」


「メルセデス嬢なら前線の後ろに控えているよ、エミール君」


「ああ、いや……落ち着かなくて」



 そして俺は本陣、代官の横にいた。衛兵隊長は前線指揮に出たので、まるで軍師のようなポジションだ。ぶっちゃけ暇でウロウロしてたら代官に呼び止められてお茶に付き合ってるだけだった。



「君は自分のことを戦いに向かないと思っているだろう」


「まぁ、そうですね。俺だって負けず嫌いだし、こういうのも見るだけならいいんだけど……」



 俺も代官同様、冒険小説ファンなので、このシチュエーションに心躍らないはずがない。だが知った顔が命張ってるなら話は別だ。心配が先立って落ち着かない。

 うまい飯を食うことと命を懸けて戦うことは、謂わば対極にあるのだ。


 代官はサーベルで500メートル先の冒険者たちを示しながら言った。



「軍記物語の盤面のようだろう? それが見えるように本陣は高所に作る。前線の兵はこれから湖を左手に横列のまま前進だ。君はどう思う?」


「接敵したら徐々に包囲する作戦ですね。あからさまだし穴が開いたら即崩壊するけど、魔物相手だからですかね?」



 お互い冒険小説好きだとわかっているから、その知識で答えた。

 敵がこちらの狙いを読んで一点突破してきたら、本陣が危なくなる陣形だ。



「それもあるが、僕らは寄せ集めだ。作戦はシンプルなほどいい、予想外が減る。まずは黙示録の羊に追い立てられたハティウルフの群れを抑え込むんだ……始まるぞ」


「……!」



 代官の言葉の通り、冒険者たちと灰色がかった犬のような魔物の群れが草原で衝突した。

 装備も色もバラバラな冒険者の中に、『筋肉婦人会』やさっき俺の料理を食ってくれた人もいるのだ。



「冒険者にとってハティウルフは星ひとつ獲るための壁と言われる。前線にいるのはほとんどが二つ星以上、一対複数でも犠牲は出ない」


「あ、ほんとだ。さすがベテラン、手際いいなぁ」


「あれもうまいらしいがね、この辺にいるのは常時狩られているから受肉していないはずだ」



 そもそも、迷宮やらなんやらで魔物は豊富なのに魔物肉が希少な理由がそれだ。

 ハティウルフでも1,2年は生きていないと肉が獲れず、死ねば霧散する。魔物は獣ではなく、不思議生物なのだ。


 すると肉が獲れる個体=それなりに生きた個体=強い個体となる。養殖じゃないからな。

 余計に希少性と価格が上がるわけだ。



「そろそろ来るぞ、狼を追い立てる羊が」



 ハティウルフの群れが消滅すると、前線の冒険者たちは散開し警戒にあたった。戦場だった草原にぽっかりスペースができる。


 それまで遠くに見えていた白金色の綿毛のような小山は、湖の北側に迫っていた。大きすぎて距離感がつかめないのか、あっという間だ。

 足音が地響きとなってここまで伝わる。


 正面から迎え撃つのはメルセデス一人。

 そういやソロでやりたいって言ってたな。



「援護不要と言ったのはメルセデス嬢だ。我々でも相手の邪魔くらいのことはできるが、巻き込むかもしれないと」



 メルセデスがエプロンを脱いだ。不思議な光沢をもつ白の軽鎧が露わになる。

 ……どうしてエプロン着てきたんだろうな?



「あの鎧は、アメノハゴロモ……!」



 代官が興奮気味に言った。迷宮で発掘された逸品らしく、なんと木製。軽量で不壊の魔術がかかっているそうだ。


 メルセデスは闘争心むき出し――というわけでもなく、自然体で両腕を下げている。

 しかし黙示録の羊は敵と認識したようだ。七つの目がメルセデスを見る。足は止めない。

 温厚とはいえ、人に配慮することもなければ敵対するものを許すわけでもないのだ。


 メルセデスはその目を見上げ、にこにこしている。

 まだ剣は抜かない。

 よじ登るつもりか、ゆっくり近付いた。木製の鎧なのに鈴のような金属音が響く。

 その足元、時間異常の領域に入った。今は大体胴体が落とす影の中がそうだ。緩慢な動作を強いられる。


 メルセデスの頭上に、巨大な蹄が迫る。

 認識も遅れているのか、にこにこしたままだ。



「これはまずいな」


「……!」



 代官の危惧に返事もできない。喉が詰まる。

 何もできない、何も考えられない――その時。

 メルセデスの笑顔が消え、言葉を紡いだ。



「――【アラヤシキ】」



 離れているのにその呟きはここまで届いた。

 次の瞬間、メルセデスは自身より大きな頭上の蹄を蹴り飛ばす。



「今、脚の動き見えなかったぜ……」



 時間異常、どうした?

 地響きなど比べ物にならない轟音と悲鳴を残し、黙示録の羊がぶっ飛ぶ。悲鳴は羊と周囲の人が発したものだ。

 数百メートル飛んだ黙示録の羊は湖へ落下し、干上がらせる勢いで水柱をあげる。虹がでた。


 メルセデスはゆっくり歩きながら、追い討ちをかけるように言葉を紡ぐ。



「【ヒョウテン】」



 湖全体が凍り付いた。この炎天下に冷気がここまで届く。足元は霧に覆われた。

 身じろぎする黙示録の羊は横倒しのまま動けない。魔法によるダメージは防げても、羊毛を氷が縫い付けたのだ。


 氷の上を歩いたメルセデスは、相手の首元で立ち止まる。

 腰の片手用直剣を抜いた。



「【サクイカヅチ】」



 身長より太いはずの首が切れ、羊の頭が落ちた。

 代官によるとダインなんとかいう魔剣らしい。今日は本当に完全武装だ。

 噴き出した血を浴びたメルセデスは、いつものにんまり顔に戻っていた。




   ***




「メルセデス嬢が黙示録の羊を討ち取った! 我々アントレの勝利だっ!!」


「「「BBQだ!」」」



 討伐の成功に代官と冒険者たちが湧きたつ。今日のブーム、BBQコールも起きた。


 黙示録の羊の死体は霧散しない。十分受肉しているのだ。

 獲物の解体と運搬のため、道具を持った冒険者たちが集まっていく。


 だが代官が異変に気付いた。



「いかん、まだ近付くな! 衛兵隊長、防衛ラインを再構築急げ!」


「なんだ、ありゃ……?」


「バロメッツの群れだ。黙示録の羊が連れてきたのだろう」



 バロメッツは一見普通の羊に見えるが、植物系魔物だ。土地に定着すると周囲の草を食べつくして根付く。葉を茂らせ、一年後にはバロメッツが実り次の土地を目指す。


 災害級魔物は小物の群れをを従えているケースがあり、こいつらもそれだ。

 黙示録の羊の巨体に気を取られ、警戒を怠った。脚が遅い魔物で距離が開いていたせいもあるだろう。


 奴らが殺到するのは主である黙示録の羊、それを倒したメルセデス。

 それほど強い魔物ではない。逃げ切れるはずだった。しかし。



「あいつ、動かねぇな」


「足元だ。返り血が凍り付いて動けないようだな……武器を持ったものから突撃! カバーしろ!」



 自分の魔法で動けなくなるとか自爆じゃねぇか!?

 騎乗した衛兵隊長たちが先行して向かってるけど、バロメッツの群れはすぐそこまで来ている。間に合うのか?


 一方メルセデスは顔の血を拭うと、にこにこしながらこちらに手を振っていた。何か叫んでいる。

 「大丈夫ー」という声に続き、別人の声が聞こえた。この聞こえ方は魔法を紡ぐ声だ。



「【アイギス】」



 横500メートルに渡るバロメッツの群れが壁に突っ込んだように止まった。後続に押しつぶされた個体の悲鳴が響く。

 そこに「ふんっ!」と気合のこもった声が続いた。バロメッツの群れは何かに押しつぶされ、今度は声ひとつ上げずに壊滅した。



「防壁魔法か。盾が無くてもできるシールドバッシュ、間違いない、あの方は――」



 そいつは黙示録の羊の死体を乗り越えてメルセデスの元に参じた。

 身長よりも大きな盾を担いだチビで金髪の女。

 ――『竜鱗』ロマンだ。



「そろそろ来る頃だったなぁ」




   ***




 料理人総出で解体を手伝った後、俺は代官の馬車に乗っていた。

 撤収作業は続いているが、安全を確認したので先に戻るそうだ。今回の英雄、メルセデスとロマンを代官が街へ送り届けるので、俺も便乗することになった。


 今はお高いワインが振舞われ、くつろいでいる。揺れる車内で注いでくれるのはヴィクトーさんだ。

 大して働いてない俺もかなり疲れていた。


 なお、残っている冒険者たちも持ち込んだ酒を飲み始めていた。BBQまでに帰って来れるのだろうか。



「両名のお陰で街は守られた。領主に代わり感謝する。して、ロマン殿はどうしてこちらに?」


「ポアソンで受けた依頼が終わったらこちらでお世話になる予定だったのですわ。丁度災害級が上陸したようなので後を追ってみれば」


「さすがロマンちゃん、いいタイミングだったねぇ。じゃあポアソンから走ってきたんだ?」


「無論ですわ。遠くにお姉さまが見えたので群れを飛び越えて――あとはご存知の通りですわね」



 ロマンがアントレに来たのはポアソンで再会した時、『迷い猫』で働くことが決まったからだ。


 ちなみにロマンなど高位の冒険者が走ると馬車より速いらしい。

 あと視力も人間離れしている。メルセデスもバロメッツの群れの向こうにロマンを見つけていたのだ。


 メルセデスは強いのだと思うが、今回は危ないところだったなぁ。



「まったく、冷や冷やしたぜ」


「あら、エミール。バロメッツの群れくらいお姉さまなら軽く消し飛ばせましてよ?」


「それじゃあ食べるところなくなっちゃうよぉ。鎧の破魔の効果が、足元の時間異常に負けた時は困っちゃったけど」


「あれは僕も肝が冷えたよ。バロメッツもそうだ。今日は肝が冷えっぱなしだな」



 そう言って笑う代官は、メルセデスの黙示録攻略法を事前に聞いていたらしい。そりゃそうか。

 なんでもメルセデスの鎧『アメノハゴロモ』が鳴らす金属音には破魔――不思議なもの全般を無効化する力があるとか。恐ろしいのはそれを上回った黙示録の羊だ。


 結局知覚を拡張する魔法で時間異常の隙を突いて蹴ったそうな。凄まじい奴。


 浄化魔術で返り血もすっかりきれいになったメルセデスは、ワインを口に含んで伸びをした。

 さすがに疲れたのだろう。



「お腹空いたね?」


「そうですわね、わたくしも一昼夜走り通しでしたし」


「勝利のワインにつまみが無いのも寂しいところだね」



 メルセデスとロマン、それに代官がこっちを見る。なぜかヴィクトーさんも。

 ……まぁ腹ペコだよな。


 帰ったらBBQが待ってるからと、結局二度目の炊き出しは作らなかったのだ。

 撤収作業班は今頃何か食べてると思うけど。



「しょうがねぇなぁ」



 俺はメルセデスに手を浄化・殺菌してもらうと、アイテムバッグを漁る。

 まずごま油と塩を人数分、小皿に取る。

 包丁とまな板を出して小ねぎを刻む。続いてレンガほどの大きさの、赤黒い肉塊を取り出した。黙示録の羊のレバーだ。


 解体を手伝った時に分けてもらったもので、大きな塊から少し切り出した。

 薄皮もないのでそのまま薄くスライスし皿に並べる。そこに小ねぎとゴマをふりかけて針ショウガを添えれば完成。『黙示録のレバ刺し』だ。


 生食については青空焼肉の店主とシズルさんのお墨付き。

 撤収作業班もこれを食べている頃だろう。解体者の特権だ。


 ロマンにはおにぎりの残りも進呈した。具は梅とおかかだ。



「いい食感だ。このワインにも実に合う」


「濃厚な味ですわ。お腹に溜まらないのに満足感がありますの」


「マンティコアじゃなくてよかったよぉ。あれもおいしいけど毒があるからね」



 魔物肉の味はイメージによって変わるけど、全員普通のレバ刺しを食べたことはありそうだ。ならこれも極上の牛レバーの味に感じているだろう。

 見た目そのまんまだし、俺の舌にもそう感じる。本来羊のレバーは味が薄いんだけど。


 マンティコアって獅子の胴体にひげ面の人面付いてるんだっけ。食べたの?

 てか毒があるけどおいしいってフグかよ。


 腹が落ち着いたらしいメルセデスは、窓の外を眺めながら言った。



「無理やり連れてきちゃったけど、エミール君はやっぱり戦場は苦手?」


「うーん……料理に関してもそうだけど、俺には闘争心みたいのが欠けてるかもな。メルセデスは一瞬で切り替えできてすげぇと思った」


「エミール君もお料理には熱いと思うけどねぇ。向かい合った相手と殴り合うより、隣り合った人と同じ方を向いて戦うタイプだよね」


「それはあるな。50食作って勝負するよか、みんなで1000食作る方が俺向きだわ」


「うんうん、討伐クエストより迷宮探索向きだよねぇ。あ、もうすぐ街だよ! BBQだぁ!」



 メルセデスは歓声を上げた。楽しみにしてたもんな。

 あと迷宮探索もしねぇよ。


 さて、街に付いたら迷宮広場でBBQだ! ちょうどいいからロマンの歓迎会にしよう。

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