オマカセ海の幸

 港町ポアソンへの仕入れ旅行から帰ったものの、街はいまだ閑散期。世界樹転移のお陰で二泊三日で帰ってこれたのだから当然か。


 今日は金曜日だが店は休みにして、転移を貸してくれたキノミヤにお礼のカレーを持っていくことにした。


 カレーの鍋とご飯のお櫃を持って迷宮の入り口に立つ俺たちはシュールだ。

 閑散期だけあって出入りする冒険者はいないようだが、衛兵にすごい見られてる。さて。



「一昨日キノミヤに転移のこと頼んだろ? どうやったんだ?」


「二層の奥まで走って攻略したよ」


「力技かよ……」


「今日は他の冒険者も少ないし、わたしがエミール君を守るから大丈夫! あ、お鍋とお櫃はアイテムバッグに入れようよ」


「持ってきてたのかよ……」



 なら店を出る前に収納すればよかったのに。

 俺は言われるがまま、無人のロビーを抜けて奥の階段を降りた。


 地下一層は『石迷宮』と呼ばれ、文字通り石造りの迷路だ。

 ところどころに分岐があり、微妙な坂道やカーブが方向感覚を狂わせる。薄暗く視界も通らない。

 この迷宮で道に迷うような作りなのはここだけらしい。



「一層にしては難易度高めかなぁ。その代わりここは魔物が少ないんだよ。罠も無いしね」



 と言ったそばから現れたんだが。

 豚くらいの大きさの蜘蛛とダンゴムシが一匹ずつ。

 鳴き声などあげないが、大きいせいか足音がカチカチと響く。足がたくさんある虫特有のぞわぞわっとする音だ。


 王都からアントレまで旅をする間に魔物は数回見たし、先月魔物化した太郎さんもいたけど。



「虫ってデカいとめちゃくちゃキモイな!?」



 細部や模様がくっきり見えると目に毒でしかない。どうしよう、もう帰りたい。

 ちなみにカレーとご飯をメルセデスのカバンに入れた俺は、手ぶらだ。武器持っててもしょうがねぇし。


 そしてメルセデスは……肩掛けカバンひとつだった!

 素手でやるのか!? と思ったら、ごそごそカバンを探って――小石を取り出した。武器はどうした?



「ほい、ほいっと」



 魔物たちはメルセデスが投げた小石が当たり、動かなくなった。小石は貫通した。



「ここは剣を振るには狭いし、投擲なら近付かなくて済むから楽だよね」


「そういうもんか……あれ、虫、苦手じゃなかったか?」


「ゴキ……花子さんは別だよぉ。あれくらいの大きさでも素早くて動きを読みにくいし、急に飛ぶんだよぅ!」



 メルセデスによると、急所の分かりにくい虫型でも頭から尻まで正中線を貫通してしまえば倒せるらしい。

 花子さんはその隙をなかなか見せない高等な魔物だそうだ。


 などと長閑に駄弁っていると、魔物の死体は透けるように薄くなり霧散した。なんだこりゃ。

 ここの魔物は肉が獲れないのか? いや、蜘蛛とかダンゴムシの肉はいらないけどさ。



「魔物は発生して数年経たないと受肉しないからね。オープンしてしばらく経った迷宮だと、受肉した魔物は滅多にいないよ」



 なるほど、迷宮に魔物がひしめいているのに魔物肉が貴重なわけだ。

 外でも魔物が出るような場所は人里から数日はかかる場所だし、そこでも生まれたてからは肉が獲れないのだから、新鮮な魔物肉を供給できるケースなんて滅多になさそうだな。


 代わりに霧散したあとには素材が残ることがあるそうだ。どういう仕組みかわからないが、人類に有用でギルドが買い取るようなものが多い。


 この階層で貴重なものは手に入らないので、俺たちはそのドロップ品をスルーしていく。

 いらないだろ、蜘蛛の糸玉とか。


 降りてから二十分ほど歩いたところで大きな扉の前に出た。

 冒険小説では、この先に階層主がいると相場が決まっているが。そういえば一層の階層主って会ったことないな。



「ここの階層主はお話できない、ただの大きな魔物だよ。大蠍だったかなぁ」



 前回は記憶に残らないほど瞬殺したらしい。

 ここまであっさり到着したのは道に迷わなかったからだが、これもメルセデスの魔法かなんかだろう。


 これ以上教わっても理解しきれないので、黙って付いて行くことにする。

 扉の向こうで待ち構えていたのは――



「よく来たの。キノミヤは不在故、カレーはわれが預かっておこう」



 グーラだった。

 てか不在って。いや、冒険者に倒された後とかならあり得るのか? ビャクヤが復活まで時間を空けるのが作法とか言ってたな。


 メルセデスは気にならないのか、にこにこしながらカレーとご飯を渡した。



「ちゃんとアイテムボックスに入れておいてね。キノミヤちゃんに転移のお礼言いたかったんだけど、どこか行ったの?」


「うむ、まぁバカンスだの」



 バカンスかよ。

 カレーとご飯はグーラが受け取るなりどこかへ消えた。これもアイテムボックス的な何かだろうか。



「港町でうまいものを仕入れてきたのであろ? 月曜にはみなで顔を出す故、楽しみにしておるぞ!」


「おう、じゃあ店は月曜から再開するか」


「じゃあそれまでたくさん遊べるね!」


「とりあえず大掃除しようぜ」


「しくしくしく……」



 掃除なんて一日で終わるって。




   ***




 日曜まで店の大掃除や仕入れをしつつ、買い物に行ったり郊外の牧場を見学してバーベキューをしたりと、こっちでも休暇を楽しんだ。


 王都には閑散期が無いからまとまった休暇は初めてだったけど、いいもんだな。

 そういえばビアガーデンも行った。

 閑散期に開いてる店は少ないが、メルセデスおすすめの焼き鳥屋には行列ができていた。あれはうまい。


 そして迎えた月曜日。

 ポアソンで仕入れた新鮮な魚を大放出する。四日間アイテムボックスに入ってたのに新鮮ってのも違和感あるが、実際新鮮だ。

 それにシモンの店で買う魚も二、三日はアイテムボックスの中なので同じことなのだ。



「お、来たな。いらっしゃい」



 店を開けるとすぐにグーラとビャクヤ、テルマが来た。他の面々もそのうち来てくれるそうだ。

 カウンター越しにおしぼりとお通しを渡すのも久しぶりに感じるな。



「今日はポアソンの魚介をじゃんじゃん出すぜ!」


「エミールも海と温泉でお楽しみであったの。ならばオマカセでなんぞうまいものをもて!」


「刺身だな、エミール殿!」


「海鮮丼もあるかしらっ?」


「はいよっ」


「お土産の清酒もあるよ!」



 メルセデスはポアソンの地酒を早速封切した。今日はご飯ものも出すから、米の味が強い酒はよく合うだろう。

 さて、最初に出す刺身はこれだ。



「『夫婦めおとホタテの刺身』お待ちっ」


「立派なホタテが二つ並んでおるの。このプルプルしたものはなんぞ?」


「そいつは白子と卵巣だ。白い方が白子で赤みがかったのは卵巣」



 よほど新鮮じゃないとできないが、スライスしたホタテの白子と卵巣はうまいし癖もない。そしてこの二つは食べ比べると、ちょっと面白いのだ。

 これはビャクヤが最初に箸を付けた。



「なるほど、それで夫婦か……む、これはうまいぞ、テルマも好きそうな上質な甘みだ」


「そう? ……あら、おいしいじゃない。ウニのようで、舌触りはもっと滑らかで……でも、これ……」


「うむ、白子も卵巣も同じような味であるの。形も色以外変わらぬ……む、この酒もうまいのぅ」


「ある意味正反対の臓器なのに同じ味がするって不思議だぞっ!」



 いつの間にかカガチが増えていた。

 この二つはほとんど同じ味がする。強いて言えば卵巣の方がやや味が濃くて柔らかい気もするが、個体差かもしれないので俺も目隠しで区別できる自信はない。



「む~、違いを探るうちに食い終わってしまったの!」



 そう、首を傾げながら食べ比べるうちに無くなってしまうのだ。

 ポアソンの市場で俺とメルセデスもそうなった。



「『マグロとカワハギの寿司』お待ちっ」


「いなり寿司ではないがうまそうだの! マグロはたくさん種類があって豪勢である!」


「うまいなぁ、これは刺身だとご飯が欲しくなる味だぞ。この変わった味の清酒も負けてないな!」


「はぁぁ……この脂、癖になるわねぇ……」



 テルマが艶っぽい声を出した。唇は魚油に濡れている。


 マグロは船長の口利きのお陰で、本当にいいところばかり手に入った。

 赤身、せなか(背の中の方)から取った中トロ、はらかみ(腹の前の方)から取った大トロを握り、炙った脳天を軍艦にしている。

 うまいに決まっているのだ。



「カワハギというのはこの白身か? 上に乗せたのは肝だな」



 パクリと一貫丸ごといったビャクヤは、ゆっくり咀嚼して飲み込むと、泣いた。



「こんなにうまい魚があったのか……」



 カワハギは強い旨味と歯ごたえを持っていて、大きな肝の味は特濃だ。刺身なら肝醤油だが、寿司にするなら蒸した肝を乗せるとトロにも負けない強い味になる。

 うまいに決まっているのだ。



「これ全部お刺身だと、ちょっとくどかったよね。お寿司もお米のお酒に合うし、幸せな味だよぉ!」



 メルセデスも飲み始めて、通常運転に戻った気分になる。


 刺身でまとめて出すには主張の強いネタばかりで味に強弱がつかない。

 でもやっぱり収穫したものはドンと出したかったので、寿司にしたというわけだ。



 その後も迷宮の面々が一人二人と加わり、旅の土産話を挟みつつ魚祭りは遅くまで続いた。

 一刻、先日の港町に戻ったような気分になる。

 いい町だったなぁ、また行きたい。



  ~ グーラのめしログ 『オマカセ海の幸』 ~


 港町、われも行きたかったのぅ。を出歩ける依り代でも作ってみようかの?


 さて、エミールめがその目で選んできた魚介である。刺身は……まずはホタテとな。

 大きな貝殻に盛り付けられた肉厚の身は甘く、豊かな味である。

 そして一緒に盛られた白子と卵巣、これは不思議なうまさであったの。

 オスとメスの違いがあるような……ないような……やっぱりあるような……であった。


 寿司は一見、強い味ばかり並べたように見えた。いつも一歩引いたような素朴なものを好んで作るエミールにして、珍しく攻めておる。


 しかして、奴めの狙いはメルセデスの持ってきた清酒を飲んでわかった。

 薄く濁ったこの酒、甘みは少ないが米の味が濃く、芯の太い酒である。吟醸香とは違う嗅ぎ慣れぬ芳香も持っておる。


 これがどの魚介にも負けず舌をリセットしてくれる故、寿司がうまい。そして酢飯の酸味はこの酒をさらに進ませる。

 荒々しくも豊かな海の恵みを感じるの。


 エミールめ、港町でも腕を揮ってなんぞ見えたものでもあったのであろう。


 そうかこの酒は酢の物が合うのか、と思ったら。

 本日のお通しは『太刀魚の酢の物』であった……おかわりをもて。


 何、『ホッケの一夜干し』と『マグロの中落ち丼』もあるとな!? われも食うぞっ!


  ~ ごちそうさまであった! ~


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