スペアリブの丸焼き(2)

 昨日の早朝、王都へ帰るロマンは俺にこっそりとメルセデスの誕生日を教えてくれた。さすがに翌日なのは驚いたけど。

 何かしたいと思ってグーラに相談したところ、あっという間に話が大きくなった。


 俺はいつもよりちょっと豪華な料理を出すくらいしか考えてなかったが、みんながノリノリだったのだ。

 具体的にはグーラ、キノミヤとカガチが連絡を取り合い、シモンたちがメルセデスの帰宅を妨害。その間に店の飾り付けや料理の準備をした。

 休みのシモンはともかく、階層主は暇なの?


 結局、考え得る最も派手なパターン、全力でサプライズパーティーとなったわけだ。


 孤児院では子どもたちがメルセデスと顔を合わせるとバレそうだと、授業の時間まで変えていた。

 店には来られないのに協力してくれた子どもたちにも感謝だ。


 ちなみに店内の飾り付けに使った大量のひまわりは孤児院からのプレゼントだった。

 メルセデスの好きな花だと院長が覚えていたのだ。


 さて、いつもなら乾杯して宴が始まるところだが、誕生日ってのはその前に作法があったな。


「じゃあまずは……エルザ、ケーキを頼む」


 ルセットを忠実に守るのが得意なエルザは、やはりお菓子作りがメキメキ上達した。二代目から聞いていたのでケーキを頼んだのだ。

 最初にデザートを出すってのは誕生日独特だな。


「わぁい、大きなケーキだぁ! でもこんなに食べきれないよぉ……」


 ホイップクリームとフルーツで覆われたホールケーキがワゴンで運ばれてくると、メルセデスが歓声を上げる。

 一人分じゃねぇよ。


 エルザはメルセデスに昼飯を届けた脚でうちの店に来た。今日の調理補助もこなしつつケーキを作ってくれたのだ。

 すっかり腕を上げていて、もう普通のオムライスも作れると思う。


「いいんです、あれはあれでうちの看板メニューですから」


 包まない鉄板オムライスはまだしばらく続きそうだ。


 ケーキに立てたローソクに火をつけていると、エルザが言った。


「その……メルセデスさんの歳がわからなくて……見た目で21歳かな……と」


「そういえばっ、俺も知らねぇぞ!?」


 メルセデスは10代にも見えるけど、酒飲み慣れてるから20歳タメかなぁ、くらいに考えていた。


「エルザちゃん惜しいっ、今日で22歳だよ!」


 そう言って自分で一本、ローソクを足した。

 王国は数え15歳で成人だから、飲酒歴7年の貫禄だなぁ。


「迷宮内は地脈と繋がっておる故、霧散した霊湯の残滓が漂っておる。強い冒険者ほどそれを吸収しやすく、ゆっくり老いるし長寿だの」


 そういや前にもそんなこと言ってたな。すると俺もこの店にいれば多少は長生きなんだろうか。


「そんなことより、はよ火を消さぬか。乾杯ぞ!」


「エルザちゃん、みんなありがとう!」


 グーラに急かされたメルセデスがローソクを吹き消し、宴が始まった。


  ***


 テーブルに料理、カウンターに飲み物とミキサー、食器を置いて、ほぼセルフサービスの宴が始まった。


「まず、これはロマンからだ」


 俺は早速ケーキを食べているメルセデスにロマンから預かった包みを渡した。

 メルセデスは開いてにんまりする。中身は王都で人気のハンドクリームだそうだ。


「やっぱり誕生日のことはロマンちゃんから聞いたんだねぇ」


「大事になっちまったけどな。てか教えろよ」


「いやぁ、催促してるみたいで言いにくかったんだよぉ。それで今日のお料理は何?」


 催促してるじゃねぇか。


 言われるまでもなく料理は並べてある。

 鍋に入ったスープは朝、鶏ガラを煮込んで作った『鶏と冬瓜の春雨スープ』だ。


 前菜、というか軽食は『キュウリの一本漬け』、『揚げそば』、『やみつきキャベツ』、『ポテチ』、格子状に切った『ハムとチーズのガレット』、『だし巻き卵』……普段のつまみや賄いと変わらない。


 だがいろんなものをちょっとずつ食べたい派には好評で、エルフの受付嬢(ミーナだっけ)はすべてに箸を付けていた。


 揚げ物は定番化しつつある『味付きラム肉の竜田揚げ』を始め、『鶏のから揚げ』、『長芋とタケノコのから揚げ』、『カツ煮』と種類多めにした。


 これも日頃出してる料理だから、同じものばかりだと飽きるだろう。量は少なめにしたから足りなくなれば追加する。


「エミール君の揚げ物食べると落ち着くよぉ」


「揚げ物あっての居酒屋だよな」


 メルセデスはケーキの後にラム竜田を食べているが、みんな大体そんなもんだ。

 好きな順番に食べればいい。


 ご飯ものもカレーと飯、チャーハン、サンドイッチがあり、腹が減っている人はもう手を付けている。

 チャーハンはエルザに頼まれて教えながら作った。

 サンドイッチはエルザが作ってくれたもので、具は定番のキュウリとハム、それに卵の2種類だ。


 そして今日のメインは刺身、まず『舟盛り』だ。


「エミール君、お刺身すごいよっ! こんなに食べきれないよ!」


「む、今日は貴殿の祝い。刺身といえど譲るべきと思っていたが、余るならば致し方ない。この身も助太刀しよう!」


「一人前じゃねぇから」


 全長1メートルの木製の舟にはマグロ、カンパチ、サーモン、サザエ、ウニ、クルマエビ、タコ、スルメイカの刺身を乗せた。


 木工屋が「プレゼントになんか作ってやる」というから初めて舟盛りにしてみたが、やってみると大変だった。


 まず舟底に氷袋を仕込み、大根のツマ、ワカメ、シソの葉と器や箱を使って適当な段差を付ける。

 そこに刺身を盛り付け、器の脚や隙間を隠すようにキュウリの葉と花、穂ジソ、柚子と山査子の花を飾る。

 これには彩りだけでなく、殺菌効果も期待している。


 船尾・船首が寂しくなりがちなので、カエデの青葉と以前孤児院でもらってアイテムボックスに残っていた『桜の花の塩漬け』を飾った。

 最後にネタごとにすだちを配置して完成。生ものだから時間も掛けられず、ちょっと泣きそうだった。


「貴族の夜会でも見られない、見事なものだよ。今度うちでも舟を頼みたいな」


 代官が揚げ物を食べている木工屋の親父に話しかけると、無愛想なドワーフがしきりに恐縮していた。


「この季節の花はキノミヤが持ってきたのかぁ?」


「市場に売ってるの。全部無害な花なの」


 カガチとキノミヤがマグロの赤身を食べている。いっそ一匹仕入れてビャクヤに解体してもらいたかったけど無理だった。


 代わりにシモンがプレゼントしてくれたのはこれだ。


「『鯛のお造り』はこれしかねぇから、食べるなり分けるなりメルセデスの好きにしてくれ」


「わぁい、尾頭付きだぁ! みんなも食べてよ!」


 これもヒレが立つように細工して、頭と尾をツマで持ち上げるなど手間はあるが、皿ごと冷やしておけるので時間には追われなかった。


 シモンがくれた立派な鯛、尾頭付きは舟盛りの主役にしようと思っていたが、スペースの都合で別の皿になったのだ。


 さて、いろんな料理を一度に出すとみんな何を飲むのか興味があったんだが――。


 やっぱりエールやハイボール、それにサワーが人気だった。

 今日は飲み放題なのに自分のボトルを持ち出している客もいる。

 氷と炭酸は俺かエルザが替えるのだが、キノミヤやカガチなど器用な常連客はすっかり要領を知っていて、手伝ってくれた。


 向こうではテルマがメルセデスに霊湯をプレゼントし、カミラ院長とギルドの課長さんはそれと鯛を振舞われて唸っている。


「庭の花を切って持ってきただけで、こんな贅沢なものを頂くのは気が引けるねぇ……」


 私的な資産を持たない人がプレゼント持ってきただけでもすごいと思う。


 課長さんが持ってきたお高いワインは衛兵隊長とホオズキ二代目が気に入ったらしく、盛り上がっていた。


 と、そろそろ二皿目のメインが焼き上がる。


「さすがに子豚の丸焼きコション・ド・レは無理だったけど、『スペアリブの丸焼き』だ。好きなソースを付けて食ってくれ」


 メルセデスの元パーティー名、子豚の丸焼きは外に焼き台を組まないと作れないし、大きさによるけど焼くだけで6時間はかかるのでやめた。


 こっちは豚の骨付きバラ肉の塊をオーブンで焼いたものだ。ケーキが乗っていたワゴンに乗せ、大ぶりのナイフを添えて出す。


 作り方は単純で、肉は満遍なくフォークを刺し、塩と黒胡椒をすりこんで15分置く。

 にじみ出た水分を拭き取ったら、ハチミツ、粒マスタード、しょうゆ、酒、おろしにんにく、おろしたまねぎと一緒に袋に入れて3時間以上漬け込んでおく。


 これを230℃に余熱したオーブンで1時間焼き、一度外に出す。皿に染み出した脂とソースをかけて250℃で15分焼くと、豚の丸焼きのような照りが出てきて完成だ。


 ソースは以前作ったヴィナグレッチと、粒マスタード・ハチミツ・マヨネーズ・しょうゆを混ぜたハニーマスタードソース、それにケチャップと中濃ソースを混ぜてしょうゆと砂糖で調味したバーベキューソースを作った。


「大きなスペアリブだねぇ、ジューシーでおいしいよぉ! あとパーティー名は忘れてほしいなぁ……」


 メルセデスが両手に肉を持って何か叫んでいる。

 塊ひとつでは全員に行き渡らないので、俺は次の肉をオーブンに入れた。

 こっちはバックリブ、つまり骨付きロースで、俺はこっちの方が好きだ。スペアリブより小さいのでオーブンに二つ入るし。


 と、腹がくちくなった連中が演奏を始め、歓声が上がった。音楽好きからのプレゼントだ。


 ロアが吹くトランペットに、人型だったアラクネが腕を増やしてドラムを叩き、ヴィクトーさんがサックスを鳴らす。二代目はウッドベースを弾いていた――どこからツッコめばいいかわからんが、よくドラム置くスペースあったな。


 ピアノもあればいいんだけど場所がなぁ、と思ったら、ウンディーネが液状の身体の一部を鍵盤に変形させて弾き始めた。

 もうなんでもありでいいよ。


「エミール君も作ってばかりいないで、食べてよ?」


 宴会らしくなってきたな、と思ったらメルセデスにスペアリブを押し込まれる。


 うまい。メルセデスの食いかけだけど、うまい。


 旨味が強くて味が濃く、肉の繊維がフワッとほどける。臭みはなくバターのような香りだ。牛肉に似ていると言えなくもない。

 融点の低い脂はサラッと溶けてべたつかない。

 言われないと豚だと気付かないくらいだ。


 それもそのはず、これは普通の豚ではなく、豚と豚系魔物の混血だ。

 といっても魔物肉のようにどう調理してもうまい訳ではなく、血抜きも必要で普通の動物肉に属する。


 この辺りの畜産家が自然発生した混血の飼育に乗り出し、種を固定させた。これが出荷第一号。肉屋が苦労して手に入れ、プレゼントしてくれた。昨日の今日でよく間に合ったな。

 本人はスペアリブを大事そうに噛みしめているので、バックリブも焼けたら是非食べてもらおう。


 俺も前に牧場を見学したが、見た目は羊のように毛むくじゃらでヤギのような黄色い目をしており、イノシシのような牙を持つ。一見豚には見えない。子豚はかわいかった。

 大人しいがでかくて知能が高いので、脱走対策が大変なのだとか。


「はい、これ飲んで!」


 渡されたレモンサワーを飲む。厨房は暑かったのでうまい。

 ほのかに甘いのはメルセデスの好きな味だ。


 この新種豚がもっと流通するようになったらとんかつにしたい。柔らかいからこれまで豚肉を使わなかった料理にも合うかもしれない――ピザやサンドイッチの具にから揚げ、鍋もの、豚だけでハンバーグも作れないだろうか。


 腸詰やベーコンはどんな味だろう。

 逆に角煮やシチューのような料理はこの肉の良さに合わないんじゃないだろうか。


 火入れの具合も要改善だし、来年の出荷も楽しみだな!


  ***


 焼き上がったバックリブもいい味で、肉屋が雄叫びをあげていた。

 あれだけあった料理もきれいになくなり、俺はエルザと分担してアイスクリームを出す。


 ちなみに今日の貸し切りと料理の費用は代官が持ってくれていて、エルザにはそこから給金を出す。

 俺一人じゃどうにもならなかったからほんと助かったので、俺も蓄えから色を付けた。


 メルセデスは参加者からプレゼントを受け取りつつ、全員と歓談できたようだ。中には俺と初対面の人もいて、メルセデスもこの街で新しい仲間ができてるんだなと当たり前のことを実感した。


 カガチからは『薬カガチ堂』の美容液、ビャクヤからは名刀らしい刀(何に使うの?)、キノミヤからは何かの苗(世界樹じゃないよね?)、他にもあれこれともらっては大事そうに自室へ運んでいた。


 演奏はとうに終わり、もうすぐ9時半。みないい具合に酔っ払い、お開きになった。まだ早いから、二軒目を目指す人もいるだろう。

 ドラムセットはいつの間にか消えていたので、アラクネが持ってきたようだ。


「こんなすごい誕生日は初めてだよぉ、みんなありがとう!」


 少し赤くなったメルセデスが二割増しでにんまりすると、グーラが手を叩いて言った。


「われからも贈り物がある故、みな外に出て見上げるがよい!」


 迷宮広場はまだそれなりに人通りがあり、居酒屋から出てきた俺たちも一見すると普通の宴会グループだ。

 俺も今日は宴会客になった気分で楽しい。


「なになに? 空に何かあるの?」


 今日は朝からいい天気で、今も星が見えるけど。

 上空からドラゴンが降りてきてプレゼントされたら、さすがにお断りしないとなぁ……。


「うむ!」


 天空を指差すグーラの目が金色に光り、空に光の花が咲いた。遅れてドンっという爆発音と、チリチリと何かが焦げるような音が地上に届く。


「わぁ、花火だ!」


 三つ、四つと重なる花火は赤や青へと色を変えながら夜空に広がり、じんわりと消えていった。


 ガキの頃、王都の祭典で見たことはあるが、今のは球を打ち上げるひゅるひゅるとした音が聞こえない。煙も出ていないようだ。


「魔法でやるの難しいんだよねぇ。ありがとう、グーラちゃん」


 グーラの魔法は3分ほどで終わり、辺りが闇に戻ると大歓声が起きた。

 どこかのイベントだと思ったのだろう。うちのイベントです。


 アントレでは初めての花火(?)だ、騒ぎにもなるだろう。

 メルセデスの誕生日がアントレの新しい祭日にならないか心配だ。


 実はグーラがギルドと衛兵隊へ事前に通知していたそうだ。どっちの責任者もここにいるし。

 そうでなくともここは冒険者の街。誰かしら花火を知っている人がいるだろう。


  ***


 みんなが帰り、店を閉めて洗い物を始める――の前に、忘れていた。


「これは俺からな」


 俺は道具屋で買った包みからマグカップを取り出して、洗い物に加えた。

 三毛猫の絵が付いていて、しっぽは絵から飛び出して持ち手になっている。


 毎朝使うマグカップだが、いつも適当に店の食器を使っていたのだ。

 衛生的にも気分的にも、営業用とは分けた方がいいだろう。


「そしてこっちは俺の」


 こっちは黒猫だ。

 隣で洗い物をするメルセデスは、二つのマグカップを洗いながらしげしげと眺め、にんまりする。


「素敵なペアカップだねぇ。ありがとう! エミール君の誕生日にはすっごいお返しするねっ、期待しててねっ……そういえば、いつだっけ?」


 そう言われると恥ずかしいけど、他に白猫とかあったからペアって訳じゃないよ?


「ああ、言ってなかったっけ。葉の月の27日――だから、来年だな」


「!?」


「いやほら、迷宮化の公認とかでバタバタしてたし……催促してるみたいで言いにくいじゃねぇか……」


「もーっ、なんで言わないの!?」


 メルセデスのふくれっ面に付いた泡をそっと拭った。

 洗い物が済んだらいつもの猫にご飯を作ろう。

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