鍋に一番合う食べ物
鍋はいい。調理は簡単だし、スープ・タレ・具材・火の通し方などなど、工夫の余地は無限大。
なにより食べてる人が楽しそうなのがいい。
「はふっ、はふっ、これは酒もいいが冷たいエールが欲しくなるのぅ」
「はい、エール」
「おぅ、気が利くの、メルセデスよ。先ほどの殺気が嘘のよう――」
「んは? 殺気って何かな、グーラちゃん?」
「な……なんでも、ないわい……ささ、おひとつ」
「ありがとう! 両手にお酒って贅沢だねぇ」
「店長は飲みすぎんなよ。あと追加の具材置いとくけど、店長にやらせない方がいいぜ。わかんなかったら声かけてくれ」
「しくしくしく……」
なんで客のテーブルで飲んでんだよ……?
残りの具材と合わせ出汁も置いておく。出汁は煮詰まり防止用だ。
あと手羽先の骨入れと灰汁取り用のおたまも置いた。
すっかり大人しくなった階層主の二人はどうだろう。鍋は気に入っただろうか。
「はふっ、はふっ、ニンニクと唐辛子の刺激の奥に強いうまみがあるわ。甘みと辛さが引き立て合って、コクを出してるのね……まぁ、この鶏団子。下味とスープが混ざっておいしいわ!」
そうだろう、そうだろう。甘くて辛い、ご注文通りだ。
テルマは鶏団子にネギを乗せて食べると一息つき、恥ずかしそうに言った。
「その……エミールと言ったかしら? あれよ、ご飯が欲しいのだけど……」
「テルマは酒飲まないもんな。後でシメがあるけど、軽く一杯よそうぜ」
「われも!」
「わたしもー」
「こ、この身も……」
はいはい。
四人分の白飯と、テルマにお茶のお替わりを出した頃、ビャクヤがようやく自分の取り皿に手を付けた。
「ビャクヤは猫舌だからのぅ」
「お子様ねぇ」
「お、お子様とはなんだっ、酒も飲めないくせにっ!」
「まぁゆっくり食ってくれ。取り皿もう一つ使うと冷ますの楽になるぜ。うちでは作法なんていらねぇから」
「なんと。かたじけない、エミール……殿」
やっぱり猫舌だったか。最初に出したお茶に手を付けなかったから、そうじゃないかと思った。
さすがに冷製パスタとか作る気にはならなかったから、今日のところは冷まして食ってもらうことにする。
ただ、この鍋は冷めるとちょっとくどいし魚醤の臭みも出てくる。なので、俺は秘密兵器、薬味皿を取り出した。
「辛いの好きなんだよな? こいつも試してみてくれ」
「これは? 唐辛子にしては随分と小ぶりだが……」
「揚げ焼きにした小指唐辛子だ。辛みが強くてハズレが少ないから薬味に重宝するんだよ。夏に採れたのを生で齧った方が辛くてうまいけど、今は乾物で我慢な」
赤ん坊の小指ほどしかないから小指唐辛子。説明を聞いて目を輝かせたビャクヤが、小指唐辛子をつまんでサクッとやった。目を見開き、無言で冷めた鍋を口に入れる。またサクッとやる。鍋を口に入れる。白い肌に汗が玉を作り、たまに酒を口に含む――
「ハッ、これは高度な時空魔法か!」
少し赤く腫れた唇で言った。ひぃひぃ言わせてやるっつったろ?
まぁ止まんなくなるよな。満腹を感じやすくもなるから、人間ならこんなに食べられないけど。
「汗をかきながら飯を食うビャクヤなど、初めて見たのぅ」
「それ、そんなにおいしいものなの?」
ビャクヤの様子を見て不思議そうに覗き込んだグーラとテルマが、小指唐辛子をかじった。
俺の生涯で
誰かが咄嗟に防御結界を張ったのと、店が迷宮の一部になっていたお陰で被害はなかった。
***
「店長、シメのそばを入れるから、残ってる具材は網ですくっといてくれ」
「はーい」
経験上、これくらいならメルセデスでもできるのだ。これくらいなら。
客と一緒に鍋をつつく非常識店長でも、これくらいならできるのだ!
具材の残り具合を見計らってそばを固めにゆで、冷水でしっかり洗っておく。鍋がきれいになったらそばを入れて卵を落とす。蓋をして火にかけ5分煮立たせ、ねぎを散らして出来上がり。七味唐辛子と針ショウガを薬味に付ける。
めしでもいいけど、底に沈んでるニンニクやスパイスが混ざって風味や口当たりが悪くなる。だからそば。
「かはーっ、スパイシーなスープにそばの香りというのも、意外と合うもんだのぉ」
ずるずるずる。
四人がそばをすすっている間に、俺は最後の一品を仕上げよう。
~ グーラのめしログ 『鶏のピリ辛鍋』 ~
蓋を開けた時のぐつぐつという音、ニンニクの香りと鶏の脂が浮いたスープが食欲をそそる。
肉はもも肉と手羽先とつみれの三種類、野菜やキノコと一緒に取り皿へ盛れば豪勢なミニ鍋が出来上がった。
甘辛いスープは味噌でコクが出ているうえに、ほんのり香る魚醤でさらに深いうまみを持っておる。だがその後味は優しくさっぱりしておった。食べ飽きぬよう薄めの味付けなのであろう。
鶏ももは柔らかく煮込まれておるが、表面には焼き目が見える。お陰で皮がふやけず、しっかりと歯ごたえがあり香ばしい。
同じく焼き目のついたねぎはスープを吸って甘くとろける。
合わせて口に入れると、なお至福であった!
別の取り皿で冷ましておいた手羽先を、手づかみで二つに折る。食らいつけば肉は骨から簡単にほどけた。ももと同じく皮を焼いてあり、そこだけでも優秀な肴であろう。
ビャクヤの小指唐辛子を横取りしてかじる。
じんわりした辛さが脳を突き、箸が進む。特にスープをたっぷり含んだ鶏団子との相性が良い。
鶏団子の中にはごま油の風味とネギの食感がある。スープと別の味付けをするとは、なんと手のかかることであろう。うまいに決まっておる!
また唐辛子をかじり、今度は豆腐と白菜も一緒に口へ運ぶ。この組み合わせが持つ豊かな滋味に、自然と顔がにやけるのぅ。
シメはそばである。小僧がタイミングを計りながら手際よくゆでたそばを入れ、卵を落とす。
そばは醤油とかつおの香りで食うものだと思っておったが、なんとそれは間違いであった。
ショウガやニンニクが香り、脂が浮いた鶏がらスープと、そばの香りやのど越しは不思議と合っておる。あっという間に喉を通り過ぎていきおった。
まさしく、そばは魔法の飲み物であるの。(食べ物だよ by エミール)
~ ごちそうさまであった! ~
さて、ここで今朝の仕込みが役に立つ。
牛乳と生クリーム(1:5)を沸騰させないように鍋で80℃くらいに温め火を止める。卵黄に砂糖を入れて白くなるまで泡立て、鍋の牛乳と生クリームを加えて混ぜ、裏ごしする。
ラム酒とバニラビーンズを入れ、まだ熱いので氷水を当てて冷やしながら混ぜる。室温まで冷めたら蓋をして、保冷庫……いや、保温庫で5℃、5時間以上休ませる。ここまでが今朝やった仕事だ。
厚手の鉄鍋を保温庫で-20℃に冷やし、休ませていたトロトロの液をそこへ投入、木べらで2,30分混ぜる。だんだん凍り付いて重くなるけど、ここは手を止めずに氷粒を砕き、空気を入れる。
混ぜたものを保存用の容器に移して保温庫で冷やす。-20℃から試して好みの固さになる温度と時間にするとよい。今日は-30℃で数秒。
コーンフレークを敷いた小皿に大きなスプーンで盛りつけ、ミントの葉を乗せたら出来上がり。
「デザートは鍋に一番合う食べ物、『手作りアイスクリーム』だ」
***
「辛くてヒリヒリした口に放り込む、アイスの幸福感よのぉ! 濃厚で高級感があるのに後味はさっぱりしておる」
「おう、甘いし柔らかいし、冷たくてさっぱりするだろ?」
「「あ……」」
熱くて冷たくて、甘くて辛くて、さっぱりしてこってりして、柔らかくて歯ごたえがある、鍋も含めてリクエストには全部答えた。やりきったぜ!
二人のドラゴンはふるふる震えたかと思えば、同時に笑い出した。
今日初めて言動が一致したんじゃないだろうか。
「あはっ、熱いものの後の冷たいものっておいしいわね! これ六層でお風呂上りに出したら売れそうだわ」
「生き返るような冷たさだ。それに食後の甘いものがこんなにうまいとは。たまには汗をかくようなものを食べるのも、悪くないものだな」
「うむ。鍋とアイスクリーム、同時に口に含めば食えたものではなかろう。それでも両方揃うとこんなにも幸せに感じる。どちらも欠けてはならぬものよのぅ」
――人の子はすごいのぅ。
グーラはそう言ってくれた。
料理も人も、相性の悪さがすぐにどうにかなるわけじゃないけど。
せっかく長い間一緒に過ごしてきたのだから、つまらないことで傷つけ合わないといいなぁと。鍋とアイスは互いに互いが一番合う料理だと思うから。
「今日は寒いから、鍋も余計においしかったよねぇ。エミール君、わたしのアイスはまだぁ?」
「え、店長も食べるの?」
「しくしくしく……」
「「!!」」
階層主の二人はたまにメルセデスを怖がってるふしがあるな。
怖くないぞ、ただのアホ店長だぞ。
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