A20RU4:幕間『千年妖姫の眼』

 ガンコーシュ帝国の外れにある、薄暗い路地の奥深く。ここには秘密の歓楽街が広がっている。暗闇に明かりを漏らし、潮風にドラッグの煙を混ぜて、静寂で嬌声と罵声を引き立てる。屋外を指して肥溜めと呼ぶ。


 マコが望む情報はこういう場所にある。ここには三通りの人間が集まっている。ひとつはマコと同じ情報屋、次におこぼれが欲しい奴ら。最後がこの地で幅を利かせる、泡銭で頬を叩きたい連中。言い換えるなら、自分に降りかかる火の粉を探しては鎮火したがる奴だ。情報の仕入れ先であり、売り先でもある。


 マコは自分の脚で歩く。この一帯の言い回しでは貧者を指す。例えば「自分の脚で歩きたいか」と言ったら「お前の権威を取り上げるぞ」と脅す意味になる。持ち去っても誰も気に留めない人間の仲間入りだ。相手は荒事も辞さない右腕を抱えている。勝ち目はない。


 故に情報屋にとっては、商売相手が向こうから現れる。顔が通る数人なら、出会い頭に金を放り込む者さえいる。マコは彼らを横目に、建物のひとつで地蜘蛛のように構えている。他よりも等級が低い、お上りさんが迷い込むような酒場に。


「そこゆく殿方、ラダクーン様で」

「なんだい姉ちゃん。と、壁の裏からか」


 ラダクーンが言う壁の裏とは、この酒場の設備だ。女は裏の台座に寝て、壁の穴に透明なシートを取り付けて、股間部だけを出す。男女が互いの顔を隠したままで性的接触だけをする。


 マコは何も見せずに裏から話しかけている。情報屋には最適な施設だ。顔を伏せるのはもちろん、髪や肌の色まで明かさずに、必要ならば膣も使って秘密の情報を搾り取る。


「話題の新気鋭ですもの。当然、注目していますよ」

「嬉しいね。もちろん期待に応えてやるよ。今すぐでもいいぞ」

「さすが、話が早いお方ですこと。お言葉に甘えて、話を買わせてくださいませ」


 マコはまず口で気持ちよくさせる。成功し始めた輩は自らの価値を理解してくれる相手を無条件に好む。これほど乗せやすい相手はない。


「いま調べてるのは二人の名前で、まずはカナという女。どんな些細でも、噂だけでも欲しいのです」


 ラダクーンは戯けた唸り声で受け止めた。


「聞いたことがあるにはあるが、目当ての奴とはたぶん別人で、ほとんど知らないも同然だ」

「それでもいい。もしその人を挙げる人が多かったら、それが情報になる」

「なるほどなあ。俺から見たら、娘の友人の友人で、お茶会の計画をしてたよ。遠くで聞いたくらいだが、その時は『カナも誘わない?』って言われた側だよ」

「娘さん。お歳は?」

「十五だが、カナって名前を出した子はそれより歳上だ。娘は直接の面識がまだないらしい。俺が知ってるカナはそいつだけだ」


 薄い壁を隔ててメモの音を聞かせる。価値ある譲歩を提示したと実感させる。マコは手を動かしながら、次の話も始めた。


「どうも。次にもう一人。ミカという女について、こっちも少しでいいから教えて」

「そっちは全く知らん。役に立てなくてすまんね」

「気になさらず。私としても、必要な結果は得られました。こちら謝礼です。お役立てください」


 マコは札束をその場に置いた。穴へ手を伸ばし掴ませたら、別れの挨拶をする。


「もしどちらかの名前を見かけたら、ぜひ教えてくださいね。これと同額以上で買います」

「覚えとくよ。にしても、これでこんなに貰えるなんてな。本気でヤバい奴なのか? その二人」

「私からはまだ情報不足ゆえ何も。ただ、十分に集まったら払った額以上に帰ってきます。あとは私用なので内緒ですが、情報料の体で先行投資をしたかったんですよ。情報は狭い範囲に集中して集まりますからね」


 成功体験は与えた。ラダクーンはこれでカナとミカに対して耳がよくなる。マコはこの手で現地の目と耳を増やしてきた。


 今日の用が済んだ。自分の脚に力を込めて、常人の生身では不可能な跳躍で、屋根の上を跳び、受け渡し場所へ向かう。誰と出会うはずもない。人は上を見ない。ここに星空はない。


 白の長髪が風をうけて広がり、肌は黒で、服が赤。高く跳び去る姿はまるで、空中で開いた一ツ目が一帯を見下ろすように見えた。

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