希死念慮課・オーヴァードーズ
「はぁ?
背中の開いた制服に着替えを済ませ、ロッカーを出た途端、課長に呼び止められた。
「貴女、ここんところ
フィーナは腰までのびた黒髪をかきあげながら、物憂げに告げた。いきなり、そんなことを言われても困る。確かにナーロッパ教団の児童虐待死事件は猖獗を極めた。しかし、最期は教団幹部全員が自殺するという悲劇で幕を閉じた。亡者は煉獄で捕縛したが、本格的な取調べが始まる前に閻魔省から横やりが入った。被疑者を
天魔庁と閻魔省は上下関係にある。天使は関係性を管理するが閻魔省は六道輪廻を総括する。普段は天魔庁の大幅な裁量に任されてるが、フリーハンドは許されない。
監督省庁にノーと言われては天魔庁としてもそれ以上の抵抗はできない。不服申し立ても却下された。それで事件関係者は忘却の川で清められ、無垢の魂として転生した。
「ええ、とにかく疲れる事件だったわ。大山鳴動して幽子数粒じゃねぇ」
追撃天使は深淵よりも深い吐息をついた。それでも彼女が休暇を申請しなかったのは持ち前の負けず嫌いゆえである。
「だから貴女にうってつけの仕事をお願いしたいの」
「はぁ。でも希死念慮支援って…」
要するにメンヘラのケアである。死にたい死にたいとボヤキながら、自殺する覚悟の無い軟弱者は天界にとって頭痛の種だ。彼らは神が定めた寿命を踏み外そうと躍起になっている。
「役不足と言いたいんでしょ。だからこそ貴女にお願いしたいのよ!」
めずらしくフィーナの語気が強い。大人しい彼女が熱量を発しているということは、尋常ならざる何かがあるのだ。
追撃天使の好奇心に火が付いた。彼女らは獲物に飢えた野獣である。常に仮想敵を探している。
「屠るべき悪を嗅ぎ出し、探し出して、追いつめ、かならず処罰する」
「そう! その意気込みよ」
こくこくと頷く
「あ…」
つい、考えを口に出してしまうのがアドニスの悪い癖だ。追撃の心得…アドニスがこしらえたオリジナルの座右銘だ。
「いいのよ。そのピュアな貴女がすき」
追撃捜査一課の美女天使は「じゃあね」とファイルを手渡して優雅に飛び去った。
「参ったわね」
アドニスはずしりと重たい資料を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます