2 ミニマップも見えるので魔王のもとに向かいます
聖カトミアル王国は、前世の記憶の中にある世界地図にたとえるなら、ヨーロッパ大陸のような場所の西寄りにある。
ローテルン大陸と呼ばれる、大きな大陸だ。
聖カトミアル王国は、ローテルン大陸の西側の大部分、ヨーロッパ大陸にたとえるなら、フランスからドイツ、スイス、オーストリア辺り一帯を領土に収めるような広い国土を持つ大国である。
一方、アヴァロニア王国は聖カトミアル王国から見て北西に位置する小さな島国だ。
ゲーム内のマップは、大まかながらも、あらかじめ頭に入っていたので、移動も何とかなるだろうと居館から出た私は、自身の視界を見て驚いた。
(ミニマップが見える!)
視界の左上に、常にミニマップが浮かんでいるのである。
自分が今いる位置は、点滅する赤い点で表示されているようだ。
意識を集中させれば、マップの拡大縮小も可能だった。
(これ、ファスト・トラベルもいけるんじゃ……?)
ファスト・トラベルとは、広大なマップ内を移動しなければならないオープン・ワールドのRPGで採用されることの多いシステムである。
マップの中にある任意のワープ・ポイントを選ぶと100kmだろうが1000kmだろうが、一瞬のうちに移動できるという便利なシステムだ。
これが使えれば、一瞬でアヴァロニア王国まで移動することも可能なのだが……。
そう思って試してみたが、これはさすがに無理だった。
次に、ステータス画面やミニマップが見える以外に、何らかのスキルを出すことができないかどうかを確かめてみる。
自身のステータス画面を見れば、当然自分の現在の状態も確認できる。
これは既に確認済みだったが、ストーリーが進んだことで、何か変化があるかもしれないと淡い期待を抱きながら、確認してみることにした。
しかし、何度見てもやはりMPは1だし、スキル欄は空のままだ。
魔女として断罪されたのに、MPが1とは……おかしいではないか。
戦闘スキルも回復スキルも、私は何も持っていない。
これがRPGであれば、途中でサブクエストを受注しつつ、アイテムを拾得しながら、道中で少しずつ強くなっていくということも期待できる。
しかし、私は乙女ゲームの中の悪役である。
ゲームのシステム上、他のキャラとの好感度を上げることぐらいしか、できないのではないかと思う。
また、好感度を上げるのも、ヒロインのヴァレリーと比べれば、かなりシビアに設定されていると覚悟しておいた方がよいだろう。
つまりは、魔法も武術も習得していない、戦う術を何も知らないただのか弱い少女として、一人、異国までの長旅をしなればならない、ということだ。
とはいえ、地道に徒歩で移動するにしても、現在地がわかるのとわからないのとでは、大違いである。
中世ヨーロッパ的な世界を舞台にしたゲームだから、当然、治安も悪いことだろう。
私は、これまでの人生、首都ラロシューと領地のサンレンヌでしか暮らしたことがなかった。それも、
また、前世で暮らしていた「日本」という国は、世界の中でもかなり治安が良いと言われる国だったように思う。
だから、中世ヨーロッパ的な世界の治安の悪さというものを実際に体感したことは、これまでになかった。
しかし、前世の歴史知識や、使用人から漏れ聞いた話を総合してみると、ここは場所によっては「人を見たら泥棒と思え」的な治安の地域もある世界のようだ。
それ相応の覚悟を持って、旅に臨んだ方がよさそうである。
街道を離れてしまえば、どこに盗賊や追い剥ぎが潜んでいるかわからない。
村以外の場所で夜を過ごすのは、危険を伴うことだろう。
警戒する相手は、人間だけにとどまらない。
街道をはずれて、森に足を踏み入れれば、狼や熊などの肉食獣と遭遇する危険もあるはずだ。
また、間違って
街道からはずれることなく、次の宿がある村までの距離感を把握しながら旅することができなければ、私は途中で命を落としてしまうかもしれない。
そんな、これからの厳しい道中を考えれば、ミニマップを確認できる能力は大いに役に立つはずだ。
また、ステータス画面が見えるという能力も、女の一人旅では大いに役立つことだろう。
何しろ、職業や称号が見えるのだから、「盗賊」「スリ」などと書かれた人物を見かけたら、すぐに身を隠せばよい。
道中は、危険のないよう、庶民に紛れることのできる簡素な巡礼服に着替えることにした。
ファシシュ教の聖地を巡る巡礼者の振りをして、旅をすることにしたのだ。
これなら、女性の一人旅でも怪しまれることがないだろう。
ただの信心深い乙女に見えるに違いない。
とはいえ、ゲームの中で魔王という通称で呼ばれてはいるものの、ヴィネ様はれっきとした一国の君主である。
巡礼者のようなみすぼらしい服装で謁見など許されるはずもない。
元公爵令嬢エレインとしての“はったり”をきかせられるだけのドレスとアクセサリーも、こっそりとトランクの奥底に詰め込んだ。
断罪されることはシナリオから想定済みだったし、そうなれば財産は没収されるとわかっていたので、処断の通達を受ける前に、私はあらかじめ貴金属類を隠せるだけ隠して、旅の準備を整えていた。
巡礼服の懐、服の裏側に、隠しポケットを縫い付けて、二重の布袋に入れた貴金属類を隠す。
これを道中で、怪しまれないように少しずつ使うことにしよう。
私は、準備万端整えてアヴァロニア王国を目指すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます